こんにちは、ブクログ通信です。
吉田篤弘さんは、2001年に『フィンガーボウルの話のつづき』でデビュー。翌年刊行された『つむじ風食堂の夜』は、2009年に映画化されました。また、単独名義での著作を発表する以前から、妻・吉田浩美さんとの共同名義「クラフト・エヴィング商會」としても著作やブックデザインなどを手がけています。
吉田さんの作品の特徴は、夜に読みたくなるようなしっとりとしていて温かな物語。短編が多いことも、眠る前に読みたくなる理由の一つかもしれません。ブックデザイナーだからこその装丁の美しさに対する評価や、「あとがき」が好きという声が多いのも特色の一つと言えるでしょう。今回は吉田さんの作品の中から、特におすすめの5作品を選びました。ぜひこの機会に、気になったものを手に取ってみてくださいね。
『吉田篤弘(よしだ あつひろ)さんの経歴を見る』
1.吉田篤弘『それからはスープのことばかり考えて暮らした』緩やかな時間と余韻が広がる
あらすじ
無職の青年・大里は、月舟町に引っ越してきた。隣町にある映画館「月舟シネマ」に通うのが主な理由だが、アパートの窓から見える教会の白い十字架も気に入っている。大里は「トロワ」というサンドイッチ屋の味に感動し、店主の安藤とその息子リツとも懇意になる。しかしある時、安藤から「お客さんをやめてほしい」と言われ、大里は動揺する……。ミニマルな世界の中で、ちょっとした幸運や不運を繰り返しながら生きてゆく温かな物語。
おすすめのポイント!
元々、雑誌『暮しの手帖』に連載されていたため、一節が短く、読みやすいのも魅力の一つ。「月舟町シリーズ」の2作目という位置付けではありますが、単独で読んでも楽しめるようになっています。温かなスープを飲めば、悩んだり行き詰まったりした心をほぐしてくれる。不器用だからこそ優しくありたいと願う多くの人々に安心感を与え、「大丈夫だよ」とエールを送ってくれるような作品です。無性にスープと手作りのサンドイッチが食べたくなるというレビューも多数見られました。
読むだけで、いい匂いに包まれて満たされるような優しさが詰まった本!手の込んだでも単純で名前のないスープが飲みたいなと思ったけどその日のお昼はチキンジャンバラヤを食べてました。
2.吉田篤弘『つむじ風食堂の夜』夜、一つ星のような灯りの下で
あらすじ
その食堂は、月舟町の十字路の角にあった。あちらからこちらから、風が吹いてきて、十字路でくるりと回り、つむじ風になる。いつからか「つむじ風食堂」と呼ばれるようになったその店を切り盛りしているのは、無口な「あるじ」。風変わりなのは店主だけではない。雨を降らせる研究をしている先生、口の悪い舞台女優・奈々津さん、古本屋のデ・ニーロの親方、果物屋店主・イルクーツクの彼など、集まる常連客達も一癖ある者ばかり。蜃気楼のように儚げ、それでいて懐かしい、「月舟町シリーズ」第1作。
おすすめのポイント!
つむじ風食堂でのやり取りを主軸に書かれたストーリーで、常連客達の哲学的な会話が心に響きます。月舟町は、吉田さんが少年時代を過ごした世田谷区赤堤がモデルになっているそうですが、どこか異国情緒漂う不思議な世界観が構築されています。小さな町でゆっくりと刻まれていく夜のひと時は、自分の住まう町のどこかにもあるのではないかと探してみたくなります。五感を刺激され、ゆったりとした物語に心が落ち着き、自然と呼吸が深くなるような作品です。
ふわっとした不思議な感覚を味わえる、まさに頭をここから少し切り離した感覚を味わえる読書ができました。あまりしんどくなく読める、気分転換になる小説とのお題にぴったりで。勧めてくれた方に感謝。
3.吉田篤弘『月とコーヒー』ベッドタイムにぴったり!24のショートストーリー
あらすじ
「生きていくのに必要ではなくても、日常を繰り返していくために、なくてはならないものたち」を題材にしたショートストーリー。「甘くないケーキ」「白い星と眠る人の彫刻」「青いインク」「三人の年老いた泥棒」「セーターの袖の小さな穴」など、吉田篤弘が腕によりをかけて紡いだ24の短編は、全て原稿用紙十枚程度の掌編です。短い物語は、一日の終わりに5分間あれば読めるものばかり。決して入眠のお邪魔にはなりません。
おすすめのポイント!
忙しい一日の終わりに、明るい月を眺めながら、温かい物を飲む。そのお供に最適な本が本作かもしれません。物語はどれも続きを想像したくなるような終わり方になっていて、そのまま夢の世界の門を開き、心地良い眠りへと誘われます。独特の世界観、温かみやシュールさを味わうことができるため、吉田作品を初めて読む方にもおすすめです。サクサク読み進めるよりも、一編ずつ惜しむように読みたい珠玉の短編集になっています。
とても優しい、心温まる物語の詰め合わせです。できれば、月夜の晩に、コーヒーを飲みながら1話ずつ読みたいと思っていましたが、夜にカフェインは良くないし、何より本を閉じるのが惜しまれて、一気に読んでしまいました。
4.吉田篤弘『フィンガーボウルの話のつづき』五感で楽しみインスピレーションを受ける物語
あらすじ
吉田君は書きあぐねていた。「世界の果てにある食堂」というイメージは持っているものの、小説としてまとまらず悩んでいた彼は、謎の英作家であるジュールズ・バーンを知る。バーンが遺した連作から、ビートルズの「ホワイト・アルバム」を連想した吉田君は、いつしか物語の世界に迷い込み——。「ホワイト・アルバム」を主軸に、16+1の短編が時空を超えてリンクする。物語の深部へと引き込まれてゆく、吉田篤弘単独名義でのデビュー作。
おすすめのポイント!
違う話に移行しているように見せかけて、全てが少しずつひと繋がりになっているような技巧的な作品です。この作品に、他の吉田作品のエッセンスが全て詰まっていると感じる方もいる程、大きな意味を持つ連作短編集。これまでに吉田作品を読んで来られた方も、原点回帰的に本書を読むことで、既読の作品についての理解も深まりそうです。BGMに「ホワイト・アルバム」をかけながらの読書で、ぜひ空想の世界を楽しんでみてください。
落ち着いて、洒落ていて、いかにもクラフトエヴィング商會らしい作品でした。毎日1〜2話ずつ、大切に読んで満足です。
5.吉田篤弘『中庭のオレンジ』子供のような心で楽しみたい短編集
あらすじ
戦禍を逃れ、オレンジの種と共に土に埋められた本。やがて芽吹いた種は一本のオレンジとなり、その実には物語が宿っている……。表題にまつわる「中庭のオレンジ」「オレンジの実る中庭」「オレンジ・スピリッツの作り方」の3つのショートストーリーの他、様々な個性を持つ果実のような短編集。「中」でもあり「外」でもある。不思議な「中庭」に、ひっそりと立つ一本のオレンジの木を思い浮かべ、その果実をどうぞご賞味ください。
おすすめのポイント!
吉田さんはこの作品を、「何かが終わるのではなく、何かが始まっていく物語」と語られています。果実の中の種から新しい命が芽吹くように、この作品を読んだ人の中にも新しい何かがひっそりと芽を出すことを期待されているのかもしれません。大人向けの童話集のように、眠る前に少しずつ読み進めたい本作。本のページをめくり終わった後も、心の中にぽっとオレンジ色の光が灯り、物語の余韻は想像の中で果てしなく続いてゆくのでしょう。
子供の頃に読んだ物語を思い浮かべた。大人向けの、嫌な事の起きない可愛らしい物語が沢山並んでいる。寝る前に読んで、ほっこりした気分になって、安眠できる本。
夜の闇に光る月や星のように、吉田さんの物語は心を明るく灯してくれます。一日の終わりに吉田作品をめくれば、健やかな眠りが、希望の朝をもたらしてくれるでしょう。ぜひ気になる作品からチェックしてみてくださいね。