アメリカ新古典派を代表する経済学者フランク・ナイトの主著。
ナイトはシカゴ大学で30年代「ナイト・サークル」を形成して、後にノーベル経済学賞を受賞することとなるミルトン・フリードマンやジョージ・スティグラーの師として有名。
ナイトは、元々哲学を特に専攻としていたけれど、「懐疑主義者で哲学をダメにする」と言われ、経済学を専攻することに。
転向後、数年で書き上げた博士論文を元に、書かれたのがこのRUP。
翻訳が、文雅堂銀行研究社の、近代経済学翻訳シリーズの一つとして出版されているけれども、ちょっと訳文に難が…。
もちろん、原文自体もかなり読みにくい文なので、仕方のないことなんだろうけれど、ちょっと参考にはできない感じだった。
この本の、一般的なプロジェクトは利潤の発生源の探究にある。
有名なリスク、不確実性もまさにそれで、確率計算可能(保険可能)なリスク、一切の計算が不可能な不確実性というように、従来曖昧だった用語を明確に定義しなおして、不確実性に利潤の原因があるとナイトは考察した。
(追加)
もうちょっと厳密に言うと、確率的状況に用いられる方法を、①ア・プリオリな確率 ②統計的確率 ③推定(estimate)の3つに分類分けして
①、②が測定可能な「リスク」、③が測定不可能な不確実性状態だとナイトはした。
けれどもシュムペーターが『経済分析の歴史』で評した通り、このようなナイトの議論はそこまで新しいものというわけではない。
このことはナイト自身も十分に自覚的で、実際RUPの序文は、「新しいものは何もない」、という文句で始まる。
それではRUPの重要な貢献はどこにあるのかというと、
個人的には、完全競争の条件を明示化したことがその本質的な貢献だと思う。
完全競争という理念型を演繹するには、いくつかの仮定が必要とされる。
現代的な議論で言えば、例えば、多数の市場参加者、合理的経済人、完全情報、製品の分割可能性などなど。
こんなふうに、せいぜい4から5くらいの仮定で表現されることが多いけれども、ナイトは仮定をなんと11個も設定してそこから完全競争を演繹している。
この点はとても興味深い。
それまで議論で暗示的・明示的にされていた仮定をはっきりと記述し、そこから完全知識の問題を取り上げ、利潤が存在しない完全競争の分析から正にせよ負にせよ利潤が存在する不完全な競争の分析に進む、という明快な論法は(文章は明快ではないけど)、RUPの骨格となっている。
つまり有名なリスク・不確実性アプローチもその前段階として仮定を明示化するという作業の延長線上にあるのだ。
そう考えると、完全競争の成立条件の明示化こそが、RUPの重要性のキモなんじゃないかと思う。
ところで、現代でナイトのRUPでの議論から得るものはなにか、を考えると、不確実性問題のアプローチ以上に、理論と現実の違いについての考察じゃないだろうか。
完全競争は現実に存在しない理論のハリボテにすぎない。だけれど、それを、研究者も一般人も十分に知り、一つの有効なツールとして理解して「知的に」理論と現実の差異を考察する…。
そんな当たり前に聞こえる話だけれど、この本が出版されておおよそ80年近くたった現代でも、解決できていない問題がたしかにある。
上で述べた仮定の明示化という一見地味なRUPの貢献だけれども、仮定が明らかになってこそ、理論家も、理論を受けとる人も、経済理論とはなにかということをしっかり考えられるようになるのではないか。
そんなことを考えながら読むと、読みにくさが少し薄れる古典だと考えています。