【あらすじ】
舞台は1985年のアイルランドの田舎町。40歳になろうとするBill Furlongは石炭と木材を販売・配達して生計を立て、大黒柱として妻と5人の娘達との生活を支えている。Furlongの商売において一年で最も忙しい時期となるクリスマス目前になり、娘達がサンタクロースに宛てて書いたプレゼントのお願いの手紙の内容をチェックしたり、イレギュラーな量の注文をさばいたりして、忙しい毎日を送っていた。そんなある日、予定していた配達時間よりも随分早く到着してしまった早朝の女子修道院で、まだ幼い母親である少女Sarahが石炭用の納屋に一晩閉じ込められた結果、凍え切って衰弱している姿を偶然発見することになる。修道女達のもとにSarahを連れていくも、彼女はなぜ自分が納屋に閉じ込められることになったのかをFurlongの前で語ろうとせず、修道女達の様子も不自然。そして数日前、同じ修道院を訪れた際に、汚れた格好をした別の少女が「ここから連れ出して欲しい。それが叶わないのなら、せめて川に連れて行って欲しい。ここでは溺死することすら出来やしない」とFurlongに訴えかけていたことを思い出す。修道院で何か良からぬことが起こっているに違いないと悟ったFurlongは妻に相談するが、「自分達には関係のない事。首を突っ込まないほうが良い」とFurlongを相手にしない。町でも、人々は修道院で起こっている事には目をつぶり、見て見ぬふりをしている様子。Furlongは自分の父親が誰かも知らない生い立ちから、「昔、未婚で自分を身籠った母親が善良な人から恩恵を受けなかったら、あの少女達と同じ運命に遭っていたかもしれない。そうなっていたら、今の自分はどんな運命を辿っていたのか…」と、少女達を想うと他人事では思えなくなるFurlongだったが…。
2022年ブッカー賞のショートリストにノミネートされた作品。ショートストーリーなので短いんだけど、昔アイルランド各地で運営されていた、未婚の母親とその赤ん坊を支援する為の施設の一つから大量の子ども達の遺体が発見された実際の事件を彷彿とさせる内容(これは、当時は未婚の親から生まれた子どもは洗礼を受けることが出来ず、そのため神聖な場所に埋葬することも許されなかったという背景があるらしい、が)。作中では、未婚の少女達が生んだ赤ん坊を売り飛ばし、そのお金をせしめている教会というニュアンスも表現されている。今は亡き母親を保護してくれた、これまた今は亡き恩人の存在や、自分を息子のように可愛がってくれた父親的人物の存在(そして恐らく本当は自分の父親だが、Furlongの父親はもっと地位の高い男性であったと周囲に思わせる為に自分の素性を黙っていた可能性大という人物)、そしてホリデーシーズンでひと際輝く近所の人々の親切さに対して感謝の気持ちを抱く一方、自分達はクリスチャンだと言い張りながら修道院にいる少女達の苦境を見て見ぬふりをする人々に疑問を抱き始めたFurlongは、妻の忠告に背き、納屋に閉じ込められていた少女Sarahを家に連れて帰ることにする。「人生を生きる意味とは、お互いに助け合うということなのではないのだろうか?」と悟った彼は、自分のこの行動がどんな結果を招くのかを想像し、恐れを抱くと同時に、『一番最悪な出来事』(後でこの日を思い返して後悔すること)はもう過ぎ去ったと確信し、Sarahを横に連れて家へと歩いている瞬間に人生で最も強い幸せを胸に感じることになる。そしてそこでストーリーは終わる。自分の社会的地位や評判を犠牲にしてまで他者に親切にするというのは、理想的な姿ではあるけれど、実際に実行するには途轍もなくハードルが高い。それでも、Furlongはそれまでの人生においてそんな自己犠牲を払ってまで彼に優しくしてくれた人達を身近にしてきたし、自分もそうありたいと思って行動に出たんだろう。そして、その行動から最高の喜びを感じ取ることになる。クリスマスシーズンにピッタリの心温まるストーリー、という一言では片づけられない痛ましい歴史的背景に基づいた話だけど、それでも「人間って捨てたもんじゃないな」とじんわりと心が温かくなる話だったし、自分が正しいと思うことの為に立ち上がる勇気を持つ大切さ、そしてその難しさを改めて気付かせてくれる本だった。