古本屋で安かったので何気なく手に取った。
佐賀から福岡までの往復で読めた短いおはなし。
ただ、今まで見たことのないような単語も多くて、数パッセージ、理解に苦労した。例えば、rigmaroleとか。
主人公はロシアからドイツに渡ったémigré。舞台はベルリン。ほとんどの登場人物がロシア人なので、1人のキャラクターに複数呼び名があって面白い。
このおはなしは、はっきりと前半と後半の世界が切れる瞬間が早い段階にあり、そこからアイデンティティの危うさ、現実と夢の真ん中、見ること・見られることのはっきりしているようで、実は曖昧な境界をさぐる物語へ発展する。
それは、主人公が拳銃自殺を図り、失敗し、そこを起点にして新しいアイデンティティの自分の仮面を作り上げ、真の自分は「死んだ」ままで、現実の世界で振舞う自分を観察する形を取り、進行する。
自分の観察をする上で、この人物がとる方法は、他人の目を介して写る自分を知ること。日記を盗み見たり、手紙を勝手に読んだり、会話を盗聴したり。とにかく、他の誰かが「仮面の自分」をどのように見ているのかを知ろうとする。
だけど、1人の女性に恋することで、その境界が危うくなる。客観的に観察できる「仮面の自分」と、真に生きたくない夢の中の自分が、切り離せなくなり、どうにも居場所がなくなってくる。
このおはなしは、detective storyと形容されることが多いけど、冒頭で筆者はその要素をやんわり否定しつつも、謎解きを筆者に勧めている。私にとって、語り手のIと、「仮面」として観察されるSmurovはどう考えても同一人物なのだけど、読み手によってはSmurovは違う人物だともとれるらしい。帰りの電車の中で、自分がSmurovとIが同一人物だと信じる根拠となるところを読み返してみたけど、やっぱり同じ人だと思うんだけどな。
Nabokovの作品を読むのは初めてだったけど、表現がとてもスムーズで、どきどきする場面ではなんだか心臓の音のリズムに合わせて、ことばも動いてくれているようにテンポ良く話が進んだ。ストーリーの切れ目が少しconfusingだったけど、わかってくると、するする絡まった糸が解ける感じで快感。
最後に引用。
"There is titillating pleasure in looking back at the past and asking oneself, 'what would have happened if..' and substituting one chance occurrence for another, observing how, from a gray, barren, humdrum moment in one's life, there grows forth a marvelous rosy event that in reality had failed to flower. A mysterious thing, this branching structure of life: one senses in every past instant a parting ways, a 'thus' and an 'otherwise,' with innumerable dazzling zigzags bifurcating and trifurcating against the dark background of the past. (p. 28)"