老いの楽しみ

著者 :
  • 岩波書店
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感想 : 6
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  • Amazon.co.jp ・本 (220ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000002509

作品紹介・あらすじ

長生きの幸運が明日も明後日も、来年も再来年も、ずっとつづくはずはない。毎日がもったいないような気がして、夫婦たがいに言葉をかわす。「お早う」には「さあ今日も元気で」という心、「お休み」には「明日も楽しく」の願いがこもる…。女優嫁業をすっぱりやめ、東京の住いにも別れをつげて湘南のマンション暮しの筆者が、その日その日の思いをあたたかく綴ります。暮しの楽しさ、人間への愛に溢れた待望の書き下ろしエッセイ。

感想・レビュー・書評

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    ── 沢村 貞子《老いの楽しみ 19930908 岩波書店》岩波現代文庫
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4000002503
     
    ♀沢村 貞子 女優 19081111 東京 横須賀 19960816 87 /沢村 国太郎の妹/大橋 恭彦の妻
     大橋 恭彦 評論 1910‥‥ 京都 横須賀 19940717 84 /1946 沢村 貞子の三度目の夫
    /1970以前《映画芸術》編集長/共立通信社社長/19960828 相模灘に夫婦散骨
    http://d.hatena.ne.jp/adlib/19400102 カツドウヤ三世
     
    …… 夫の大橋 恭彦さんは元京都新聞の記者から雑誌『映画芸術』の
    発行・編集に携わり、のちに沢村さんの「屈強な」マネージャーとなる。
    「人前には決して出たがらなかった夫が、以後いっさいを仕切り、おか
    げで五十年間、家事以外のことは何一つ私は知りませんでした。年賀状
    も主人が見事な筆跡で書くんです。私は見ているだけ」だったという。
     そんな大橋さんが一冊の日記帳を残していた。沢村さんはそんなもの
    があるとは知らなかったそうだが、大橋さんの遺品を片付けていて発見
    した。ふだん沢村さんには決して、「ありがとう」などとは言わなかっ
    た大橋さんだったそうだが、その日記帳の冒頭に「ありがとう」と書い
    てあったそうだ。
    http://bunko.shueisha.co.jp/yomi/0410_9.html
     
    (20180520)
     

  • 図書館。トットちゃん!で沢村さんが出てきて、執筆シーンがあったので、彼女の著作を読みたくなって。

    p120あたりの、沢村さんのお母様の「恥ずかしい」に対する考え方に、ドキリとした。私は恥ずかしいという気持ちを、何に対してもつのか。

    ◆引用
    p20…人それぞれ、みんな、どこかいいところがあるんだからね。先生にちょっとほめられたくらいで、特別だなんて、いい気になるんじゃないよ、みっともない」 母は本気で怒っているようにみえた(中略)特別という言葉が嫌いになったのは、あの時からのような気がする。

    p53…気をつけなければいけないのは、お互いに相手の弱点に触れないことー-例えば、齢とともに見苦しくなる顔かたち、とか、日ごとにふえるもの忘れなど、気がついても口にしない。うっかりすると、つまらないことで、大切な相棒を傷つけてしまうことがあるから……。
    →大切な相棒を、身近だからこそうっかりにも気をつけて、大切に。私も心したい。

    p97…お互いにたすけあう人間の愛情を、シュニッツラーの『盲目のジェロニモとその兄』やO・ヘンリーの『最後の一葉』など、たくさんの本が教えてくれた。西鶴・一葉・緑雨から、ドフトエフスキー、チェーホフ、ゾラなど……文字通りの乱読だったけれど、おかげで、一生懸命、考えたり悩んだりして、どうにか自分なりに生きてきた私に、すこしも悔いはない。 若いときから、読書の習慣が身についたことを、いまも、何よりの幸せ、と思っている。
    →私はそこまで読書にのめりこんではこなかった。第一子出産前から、少しずつ、読書量が増え始めた。育児や生活の合間をぬって、これから悔いはないと思えるよう読んでいきたい。そして、幼少時代によく読み聞かせをしてくれた母に改めて感謝。娘らにも、本との豊かな出会いがあるよう、さりげなくサポートしていけたらと思う。2017/12/15

  • 1993年夏の作品。

    エッセイストとしても有名な女優の沢村貞子さん。
    根っからの江戸っ子。粋で、気っ風がいい
    進んで脇役がいいと言って、生意気だと言われたとか。
    浅草の芝居ものの家に生まれ、兄達ははみんな俳優に
    女は半端者だと父に言われ、
    知りたいことを知るためにと、勉学に励み
    授業料を自分で稼ぐならと、条件付きで進学。
    高等学校から日本女子大へ。
    自分で授業料を捻出するために15歳から家庭教師を。
    稼いだお金で、好きだった本を買い求め。
    尊敬してた先生が自分の保身のための裏切りを見、
    大学を中退。
    兄の劇団へ。

    そんな沢村貞子さん。
    エッセイの中の気になった文を紹介。
    健康、健康と思いつめて「健康病」にならないように
    気をつけながら、あと、ほんの少しだけ、
    保ってもらうために、躾をしたり、いたわったり、
    挙げ句の果てはお願いして、、、、、超高齢者は
    毎日結構忙しい日を送っている。(当時85歳)
    自分の思いをとことんまで言う代わりに、
    相手の意見もよく聞いて、その方が正しいと思えば、すぐ、
    それに従うのが、たった一つの取り柄。
    おかげで、ちょっとした口喧嘩も、単純な暮らしの中の
    香辛料の一つ、、、と、顔を見合わせ笑っていられる。
    「その話、もう何十回も聞きましたよ」
    などとは決して言わない。
    心を開いての我が家のおしゃべりは、話し手も聴き手も
    円熟している、などとおたがいうぬぼれている。
    今私の大切な話し相手は、朝夕変わりばえもしない
    顔をつきあわせている相棒である。
    いつでも取りとめもないおしゃべりができるのは
    何よりしあわせ。ただ、
    どんな時にも、相手が呼吸ができないほど、
    寄り添いすぎないように、、、、。
    お互いに多少のゆとりを持つことが、
    茶飲友達のエチケット、と心得ている。



    ご主人は当時83歳、沢村貞子さんは85歳。
    80歳を過ぎて海が見える場所で暮らしたいと、
    身の回りを整理してのお引越し。
    そこでの暮らしの中で紡ぐエッセイは中高年の夫婦にも
    素敵に響いてくる。

  • 久しぶりに心洗れる本にぶつかった。

    なんでもない光景の中に、
    素敵な情感が 流れる。

    こんな風に淡々と生きていけるならば
    本当に死んでも悔いはない。

    何もしないことは 悪いことではない。
    自分の楽しいと思うことをして、心を慰める。

    あとは もって生まれたその人の 運しだい。
    つまりは それだけの福分ということ。

    ヒトそれぞれ みんな どこかいいところがあるんだからね。

    おまえのしたことは決して悪いことじゃないよ。
    口運 つまり食べ物についての運

    「あんまり 長く 続きすぎた 男性社会は
    互いの激しい争いのために だんだんと歪められ、
    生き残るために 平気で 他人を傷つけるようになってきた。
    よいことは自分のせい。
    悪いことは他人のせい。
    と、己を甘やかすその浅ましさを、
    女の人たちは じっと見ていた。」

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著者プロフィール

1908年(明治41年)東京・浅草生まれ。俳優・エッセイスト。本名大橋貞子。日本女子大学在学中に新築地劇団に参加。前衛演劇運動に加わって投獄を経験する。34年、日活太秦現代劇部に入社、映画俳優としてデビュー。小津安二郎監督作品をはじめとした映画、舞台、テレビで名脇役として活躍した。生涯で出演した映画は100本以上。78年には、半生をとりあげたNHK連続テレビ小説「おていちゃん」が放送された。89年に俳優を引退。文筆にも長け、77年『私の浅草』で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。ほか『貝のうた』『わたしの台所』『わたしの献立日記』など著書多数。96年(平成8年)没。

「2023年 『沢村貞子の献立 料理・飯島奈美3』 で使われていた紹介文から引用しています。」

沢村貞子の作品

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