ソヴィエト政治史: 権力と農民

著者 :
  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (583ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000012362

作品紹介・あらすじ

スターリン時代を、現代史のなかで位置づけ、その特質を追求した本書は、1962年に出版され、日本で初めての本格的なソヴィエト政治史の研究書として高い評価を得た。「上からの革命」を体系的に解明した『スターリン政治体制の成立』全4巻の完結を機に刊行する。

感想・レビュー・書評

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  •  ロシア革命によって誕生したソヴェト政権は、労働者・勤労者の政権であったが、資本主義的に十分な発展をしていない欧州の後進国ロシアは、むしろ農民の国家であった。勤労者の代表たる政権がどのように国家の大部分を占める農民と対峙し、そして国家行政機構の形成と運営を行ったのか、高い理想と大いなる妥協や挫折、ソ連初期における主要な政治学的テーマを、実証主義的観点から研究した古典的名著。

     ゼミで学部生が選定した本がこれだったので、速読しました(今時、めずらしい変わり者です 笑)。本書の特徴は、上記記載した通りですが、それ以外にも大きく以下の3点は指摘しておく必要があるでしょう。

    1)非イデオロギー的ソ連研究
     一時期まで、ソ連研究は、マルクス主義を擁護するか批判するかというイデオロギー的な主張を伴って行われる事が多く、その意味において、こういった研究は、学術的な価値よりも「どうあるべきか」という主体的な思惑や利害が、議論に反映されていた側面がある。言うまでもなく、こうした教条主義的な議論は、それ自体が非生産的であり、また多くの読者にとって、冷戦が終結し、ソ連が解体した今、読むべき価値がなくなっている。

     他方で、本書はそうしたイデオロギー的な評価とは離れて、政治学的な事象としてソ連初期の政治を捉えようという姿勢を打ち出しており、初版が出た当時(1962年)には、こうした試みは決して多くなかった。歴史を著者の価値判断から切り離すという作業は、そう簡単な事ではなく、そのためには、当時の膨大な量の文書や資料と格闘し、それらを吸収し、また整理する事で、一般化しようとする地道な活動の跡が見られる。本書の内容それ自体は、多くの読者にとって、今や興味を持つ対象ではないソ連の小さな歴史の一局面に過ぎないが、他方で、これを広く一般化して、政治的な事象として捉えた場合、掲げた目標と矛盾する政策を往々にして政治指導者や現場の指導者がとらざるをえなかったり、ともすれば、自分たちが痛烈に批判して来た制度を、むしろ率先して活用したりするという政治的矛盾やディレンマを見出せるだろう。これは、ソ連を考えない読者にとっても興味深い問題である。

    2)安易な既存の理論を事例研究に導入しない
     いまやグローバル化の時代である。世界の出来事は即座に我々の机上にあるパソコンや持ち歩いている携帯などで入手できる。エジプトなどの動きや中国での暴動など、ある種、世界の事象が連動しているように我々は強く実感するところが多くなっている。こうした思いを抱くと、ある地域や国家で生じた事は、他の地域や国家でも生じるのではないかとか、ある制度の問題点は、表面上似たような制度を有する地域でも当てはまるのではないかという思いを強くする。

     実は、このような思いは、研究においても非常に大切で、よく言われる方法として、「前提条件が同じように思えるのに結果が違う事例」、「前提条件が違うように見えるのに結果は同じ事例」は、比較検討し、理論的に明らかにする価値があるとされる。他方で、よくある問題が、その対象国について門外漢である人々が、きちんとした典拠論文にも当たらずに、比較や理論の適用を行ってしまうという事である。地域研究者は、少なからずその地域の特徴を、ある意味で他の地域との相違の中に見出している。こうした点に配慮せず、特定の地域や国では通説となっていて受入れられる概念や理論を他地域に安易にあてはまてしまう事は――表面上は、期待した結果を得られたとしても――、優れた地域研究に批判の対象とされる事がままある。特に、ソ連やユーゴ、あるいは中国などの社会主義圏は、少なくとも資本主義圏と全てを同列に扱えない事は自明であり、そうした事に対する配慮は必要である(例えば、欧米で指摘されるものと同様の市民社会や民主主義は、これらの地域にはない〔なかった〕が、だからといって、全くこれに類するものがない〔なかった〕わけでもない――ちなみに、市民社会があるないで批判/肯定しようとする意図は、少なくともこの文章には含んでいない)。

     この本では、こうした問題意識を持ち、あえて西側で一般的に受入れられている理論的概念的枠組みを用いてソヴェト政治を理解する事を放棄している。

    3)ソ連・欧米からも評価を得た本
     著者の溪内譲は、日本を代表するソヴェト政治史研究者であり、上述したイデオロギーを排した研究姿勢、特に一次資料を活用した綿密な歴史実証主義によって、日本のロシア研究者たちの先人として名声を得ていたが、実は、E.H.カーとも非常に親しくしており、溪内の業績は、欧米からも高く評価を得ていた(英語での単著や論文もある)。また、イデオロギー的な研究から決して逃れる事が出来なかったソヴェト研究者からも「ブルジュア研究者の中では」溪内らの研究が一定の評価が出来ると、言われる程、高い評価を得ていた(勿論、「溪内の研究も反ソ連的要素を含んでいるが」という前提的な挿入文があっての話だが)。

     溪内は、後年に、ペレストロイカからソ連解体の一連の動きの中で、多くの研究者(日本や欧米、そして何よりもソ連自身も)が時流に流された(ある勢力を徹底的に批判し、ある勢力を全面的に擁護するような)発言や対応、そして研究をしている事に深い失望を感じ、主観を出来る限り排し、自らの意見の表出には禁欲的であった彼らしくなく、新書や評論を行う事になる。こうした彼のささやかな異論の表出が、時代的には、ソ連への愛着と評価され、晩年の一般的評価を下げた面は拭いきれないが、それでも彼が、日本を代表し、欧米の時代をリードした研究者と同じレヴェルにいたソ連政治史研究者である事も、否定の使用のない事実である。

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