津波の後の第一講

制作 : 今福 龍太  鵜飼 哲 
  • 岩波書店
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感想 : 5
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  • Amazon.co.jp ・本 (264ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000014052

作品紹介・あらすじ

大震災のあと、新年度最初の授業では何が語られたのか。学びはじめる若者たちへの大学講義をまとめたアンソロジー。

感想・レビュー・書評

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  • 東日本大震災
    教育

  • 教師は大災害に関して何が語れるのか?各々の専門分野の視点から各大学で様々な講義が行われていた事を実感するが、震災直後1回目の講義という事で、良くも悪くもナマナマしいドキュメンタリーになっており、知の現場における混乱状況も垣間見える。
    一番印象に残ったのは一橋の町村敬志先生の講義「出来事の重みから考える」
    ・「断絶」への二重の態度の必要性(「すべてが変わった」へのスタンスと現実直視の姿勢)
    ・不条理回避のための出来事(現実)の物語化とそれに伴う隠蔽作用。
    ・構造重視と出来事重視の二面性と両者の衝突の繰り返しによる社会の構築

    他には、
    「ディスアポラに生きる」における国家との距離の視点
    「宙吊りを生きる知のあり方」における「ひとり学際」の必要性
    「傷跡の彼方に」における記録への欲望(個別体験の所有)
    も印象的。

  • 回送先:府中市立押立図書館

    あの震災のあと、新年度を迎えた大学(あるいは大学院)の第一回目の講義に際して、人文科学は何をかたることができたのかをまとめた一冊である。編者らとしては人文科学のみならず、生物科学や中等教育、あるいは予備校での第一講についてもまとめたかったとしているが、当初の目的である「津波というメランコリーから生まれる学問のあり方とは何かについてを模索する記録」は果たせたと認識しているようである。

    評者としても、この「津波というメランコリーから生まれる学問のあり方」についてはいまだに答えの出ない問いとなって向き合っているのが現状であるが、そうした評者同様、ここで述べている先人たちもまた答えが出ないがゆえに、単純な仮説を立てることすらままならず、かといって自らのフィールドでまとめる手段は封じられたなかで言葉と思考を搾り出そうとしている痕跡がまざまざと読み取れる。

    あえて1年置くことで、表面化してきたこと、もしくは気づきなおすこともあるだろう。私自身は「わたしたちはみなディアスポラになってしまう時代になったのだ」という早尾早紀の弁がいまだに響いている。彼自身もディアスポラにならざるを得なくなるという「研究対象であったものに自分が陥る」現象で今なお生き続けている。そこにはただただ凍えるような現実しかないのは言うまでもないだろう。そしてそういう時代だからこそ言葉と思考を搾り出すことの重要性が認識されるのだ。

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