読書のデモクラシー

著者 : 長田弘
  • 岩波書店 (1992年1月27日発売)
4.25
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  • Amazon.co.jp ・本 (234ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000015097

作品紹介

書物と出会う。書物と友達になる。書物と読み手のあいだには親密な空間が醸成される。詩人であって読むことの達人が、この世界に溢れる書物群から、心を打ち記憶に残る言葉を厳選して贈る読書探検。

読書のデモクラシーの感想・レビュー・書評

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  • p54
    作家のクリストファー・イシャーウッドにいわせれば、評価されすぎなのはジークムント・フロイト、評価されなさすぎはC・G・ユングだ。歴史家のE・J・ホブズボームによれば、課題に評価されているのはアンドレ・ジッドとエズラ・パウンド、過少に評価されているのはアナトール・フランス、ジャン・ジルドゥー、そしてイタロ・カルヴィーノ。哲学者のロラン・バルトは、過大に評価されているアンドレ・マルローに腹を立てて、十九世紀のユーゴーに比せられるがとんでもない、ユーゴーにあつけったいなところがマルローにはない、という。それより、なぜレイモン・クノーがもっと評価されないのか。

    p60
    転回点は、やはり一九六八年の、いわゆる五月革命だったろう。物語のくれる興奮がフランスからとどくことがなくなったのは、ふりかえると五月革命の興奮が去ってからだった。モーリス・ブランショの見通しはまちがっていなかったのだとおもう。五月革命の直後に、ブランショはむしろ淡々といいきっている。

    p62
    ・・・・・・私は人類について、きわめて楽観的だ。人間的浪費にたいする姿勢の判断に、私はネガティブな立場をとってきたとはおもっていない。なんらかの真実を追究して放浪することは、今日ある種の価値がある。

    p63
    私立探偵フィリップ・マーロウ。物語の名手レイモンド・チャンドラーのつくりだしたハードボイルド・ミステリーの透明な世界を、ゆっくり横切っていった一人の男。マーロウは、チェスが好きだった。しなければならない仕事を終えて、真夜中の部屋にかえると。かれは冷たいハイボールをつくって、名人の棋譜をひろげて、しばしのあいだ、一人でチェスに熱中する。

    p65
     探偵という仕事は、たった一人行動しなければならない稼業だ。けれども、その行動の一々は、どんなときも犯人や依頼人や警察といやおうなしにむすびついているし、いつでも社会的な有償性のうえに投げ出されている。真夜中のチェスは、ちがう。それはたった一人のわたしのための、無償の孤独へのささげものにすぎない。じぶんがいま、ここに一人のじぶんであることを、留保なしに受け入れること。チェスが探偵にくれるのは、その必要な孤独だ。
     ★マーロウの真夜中のチェスは、どんな意味もない遊びなのだ。ただの無駄な一人遊びなのだが、いいチェスを指すと、背すじがぞくぞくしてくるというのは、孤独がたのしくかんじられるということだ。だが、どうなのか。いまは、仕事と遊びが、ともにまちがってかんがえられていうのではないか。仕事は競争のなかの孤独を生むと考えられ、そのために遊びが仲間のなかでの回復の機会のようにかんがえられ、遊びがあたかもきびしい仕事の補償作用であるかのようにかんがえられている。しかしほんとうは、それはまったく逆だ。
     ―p67まで

    p68
    探偵小説は最良の睡眠剤だといい、「核の脅威にたいして服用するには、私は一日にすくなくとも一冊、探偵小説を読まなければならない」といった。ひいきはアガサ・クリスティとマイケル・イネスで、探偵小説が普通の小説よりも好きなのは、「誰がそれをしたか」のほうが「いかにそれをするか」よりもずっと現実的だからだ。探偵小説のなかの人物は講堂するだけだが、普通の小説の主人公、女主人公は物事についてまずかんがえる。・・・

    p75
    なにより本を読むたのしみをくれるのが汽車の旅と、当然のようにいったのは、汽車の文化をもつイギリスの、グレアム・グリーンやアラン・シリトーだが、「公共の乗りもの」においては本を読むことができ、車のように私有化された乗りものにおいては本を読むことができないというのは、ただ実際にそうだからというのではなく、じつはそれは、本を読むという行為そのものの本来の性質に、より深くかかわっていることなのではないか。・・・

    p91

    p101
    法治国家という考え方は、戦前のドイツの法治国家観にもとづく。国家は秩序以外のものではありえず、すべての国家は法治国家であるとする考えかただ。・・・

    p144
    一九世紀半ば、近代的な製紙技術でつくられてきた今日の洋紙は、紙自体のなかに、紙をほろぼしてしまう物質をふくんでいる。紙のおもてをすべすべにしたり、インクが滲まないようにしたりするために、紙をつくる過程で添加される硫酸アルミニウムだ。・・・


    p130
    今日の支配的なカテゴリーの下では、ひとは人として孤立している。物も色も状態も、それぞれに孤立している。けれども、八掛にあっては、ひとは人として孤立していない。人も物も色も状態も、さらに抽象的な性質までも、それぞれのシンボルの元で一緒のものとしてかんがえられている。この世界が、人や物や色や状態や抽象的な性質が一緒に共生している世界としてとらえられている。占いが占いをとおして指しだしてきたのは、じつは、八掛の下にあるその共生の世界の微かな感覚だったのではないか。

    p141
    街のリズムということをかんがえる。街のリズムというのは、街を歩く人の「歩く」リズムだ。その街がどんな街か。そのことをもっともよく語るのは、歩く人の「歩く」リズムだ。賑やかな街には、賑やかな街のリズムがある。静かな街には静かな街のリズムがある。街に歩く人がいなくなったら、街のリズムは廃れて、街はさびれてしまう。

    p143
    幸田露伴は、どんな紙でも、紙をぞんざいにあつかうことをきらった。紙をつくれといわれてもじぶんにはできないのだからといい、出来のわるい文章に棒を引くのは紙一枚つくる苦労にくらべれば何もないといって反古を惜しみ、紙はかならずじぶんで庭にでて燃して灰にした。

    p146
    文化発展の最後に現われる「末人たち」にとtっては、次の言葉が真理となるのではなかろうか。「精神のない専門人、心情のない享楽人。この無のもの(ニヒツ)は、人間性のかつて達したことのない段階にまですでに登りつめた、と自惚れるだろう」と。・・・・・・

    p147
    百年単位の物差しをとりもどすために、あらためて、二十世紀への贈りものとして百年前の十年にのこされ、この百年の時代の光景をつくった本のいくつかをおもいだしたい。
    ウィリアム・モリス『ユートピアだより』
    オスカー・ワイルド『ドリアン・グレイの画像』
    コナン・ドイル『シャーロック・ホームズの冒険』
    森鴎外『即興詩人』
    ルナール『にんじん』
    ムンク『叫び』
    キップリング『ジャングル・ブック』
    ドヴォルザーク「新世界より」
    H・G・ウェルズ『タイム・マシン』
    シェンキェヴィチ『クォヴァディス』
    ヴァレリー『テスト氏との一夜』
    ジャリ『ユビュ王』
    ロスタン『シラノ・ド・ベルジュラック』
    シートン『動物記』
    国木田独歩『武蔵野』
    正岡子規『歌よみに与ふる書』
    ブルクハルト『ギリシア文化史』
    福沢諭吉『福翁自伝』
    横山源之助『日本の下層社会』
    クロポトキン『ある革命家の手記』
    ヴェブレン『有閑階級の理論』
    トルストイ『復活』
    チェホフ『犬を連れた奥さん』
    コンラッド『ロード・ジム』
    ロダン「考える人」
    ベルクソン『笑い』
    フロイト『夢判断』

    p154
    表現を組織するのは、体験ではない。その逆に、表現が体験を組織し、それに形式と方向性をあたえるのだ。そういったのは、ロシアの文芸学者ミハイル・バフチンだった。

    p179
    ・・・・・・われわれには、位置づけられた意識しかない。その意識は、みずからじぶんが引きうける位置とじぶんとを同一視するものであって、じぶんがそのように同一視され、内心の汚れなく潔癖さを無視されても、われわれは文句をいうことはできないのだ。歴史というものがあるということの意味するところは、まさに各人がじぶんの為すことのなかで、単にじぶんの名において行動しているのでもなく、単にじぶんだけを処置しているのでもなく、他人を巻きぞえにし、他人を処置しているのだということであり、したがって、生をうけるやいなや、われわれは善き意図というアリバイをうしなうものであるということである。(モーリス・メルロ=ポンティ)

    p180
    ヨーロッパと、一口にいう。そのヨーロッパとは、生活様式としてのヨーロッパということだ。生活様式というのは、人びとの生活に関する観念をかたちづくる、基本的で、持続的なものをつくりだす日々の生活のしかた、生活の流儀のことだ。歴史とよばれるものの実質をなすのはいつだって、人びとがその時代の日々にもった生活様式なのだ。

    p181
    歴史家のジェラルド・ブレナンは、普仏戦争の三年後の一八七三年に、ヨーロッパでもっとも無秩序で分裂した国といわれたスペインに、奇跡のようにつくられた連合共和国について書きのこしている。(『スペインの迷路』)

  • ◆きっかけ
    俵万智『本をよむ日曜日』で以下のように紹介されていて。「はっとした。本来、読書とは(中略)ただ内容を受け入れ、理解するだけでは半分なのだ。そこから自分が何を思い、何を考えるのか。その一つの実践のあとを鮮やかに見せながら、さらに読者を挑発してくるのが、この本の心憎いところ。」2017/1/21

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