日本思想という問題 翻訳と主体

  • 岩波書店 (1997年1月1日発売)
3.75
  • (2)
  • (2)
  • (4)
  • (0)
  • (0)
本棚登録 : 35
感想 : 1
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 (320ページ) / ISBN・EAN: 9784000017350

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 著者の論文6編を収録しています。

    「日本思想という問題」「西洋への回帰/東洋への回帰―和辻哲郎の人間学と天皇制」「文化的差異の分析論と日本という内部性―主体そして/あるいはシュタイと国民文化の刻印」の三論文は、いずれも「日本思想」という制度的枠組みを駆動させている「主体」についての批判的考察がなされています。「「日本の思想とは何か」という問いを設定することによって、その問いに対する答えを知りたいという欲望が生じるとき、言説の領域としての日本思想史は始まる」と著者は述べます。この欲望が、「日本思想」の領域をつくり出しているのであり、それによってなにが排除されているのかということに著者は目を向けており、とりわけ和辻哲郎の日本文化論に対する批判がおこなわれます。

    「文化的差異の分析論と日本という内部性」において、著者は文化的差異はけっして知覚されることがないと主張しています。それはあたかもラカンの「現実的なるもの」のように、われわれにとって出会うことのできないものの位置を占めることになります。こうした著者の発想は、「翻訳」というテーマについて論じた「序論 翻訳と主体」および「「文学」の区別、そして翻訳という仕事―テレサ・ハッ・キュン・チャの『ディクテ』と回帰なき反復」の二論文にもうかがうことができるように思います。翻訳とは、一つの言語がその外部の言語と出会う場所であり、翻訳はみずからの言語とは異なる言語を語る他者へと向かう欲望を喚起します。それにもかかわらず、われわれのこの欲望は「象徴的なるもの」としてのみずからの言語に絡めとられてしまい、それによってわれわれの「主体」が成立していると考えることができるでしょう。

    また「戦後日本における死と詩的言語」では、田村隆一や鮎川信夫といった戦後の詩人たちの仕事に、表象不可能な「死」というテーマが発見されています。

全1件中 1 - 1件を表示

著者プロフィール

シカゴ大学およびコーネル大学でアジア学・比較文学・歴史学の教鞭をとる。現在、コーネル大学名誉教授。比較文学、思想史、翻訳研究、人種主義やナショナリズムについて研究し、その著作は様々な言語で出版されている。韓国語、中国語、英語、日本語の四つの言語による雑誌『TRACES』を主導したほか、世界各地のジャーナルの編集委員を務める。日本語で刊行された主著に『過去の声――18 世紀日本の言説における言語の地位』(以文社、2002年)、『死産される日本語・日本人――「日本」の歴史--地政的配置』(新曜社、1996年/講談社学術文庫、2015年)、『日本思想という問題――翻訳と主体』(岩 波書店、1997年/岩波モダンクラシックス、2007年) 、『ひきこもりの国民主義』(岩波書店、2017年)などがある。

「2025年 『二十一世紀の荒地へ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

酒井直樹の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×