魔女の法廷―ルネサンス・デモノロジーへの誘い

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  • 岩波書店
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レビュー : 2
  • Amazon.co.jp ・本 (356ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000021579

作品紹介・あらすじ

あなたの隣りに、悪魔と魔女がいる。この信念を支えた言葉の戦略とは何だったのか。魔女を召喚し断罪した、法廷としての書物。その告発と弁論に浮かび上がる、知られざるルネサンスの闇の顔とは何か。火刑台と共にあった中世末期からルネサンス期にかけての、三つのベストセラーを読む。異端審問官の手になる『魔女への鉄槌』、世紀最大の人文主義者ジャン・ボダンによる魔女弾劾の書『魔女の悪魔狂』、そしてプロテスタントの医師ヨーハン・ヴァイヤーの魔女狩りへの異議申し立ての書『悪魔による幻惑』。これらの書物は「いかに」して悪魔と魔女を語ったのか。その論理とレトリックを丹念にたどり、背後に潜む中世神学的な、あるいは近代法学的・医学的な発想の枠組みを明るみに出す。デモノロジーの書物が織り上げた魔女像から、時代の世界観が浮かび上がる。

感想・レビュー・書評

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  •  ルネサンス期において魔女は間違いなく存在した。しかし、物語にでてくる魔術、奇跡のような技を自在に操る魔法使いといった一般にイメージされるような生易しいものではない。現代においては、あくまでも括弧付の存在として容認されていることは自明のことである。とはいえ、当時においては、人々の頭の中には魔女の、あるいは悪魔の存在が容認されていた。法律にその存在が記述されることによって、世間の中で実体性をもつものにもなった。  
     ちょうど「セクハラ」という概念が「セクハラは罪である」と法的に根拠付けられることによって人々に認識されることになるように。
     
     歴史家のミシュレがその著書『魔女』の中でこう綴っている。

      魔女はどこから始まったのか。私は躊躇することなく言おう、「絶望の時代からだ」と。教会世界が生んだ、深き絶望からだと。私は躊躇することなく言おう、「魔女は教会の犯した犯罪である」と。

     教会制度にみられる社会的制度による抑圧の結果として、人間の生態としての、身体的、精神的歪みがある種の幻惑を、悲劇を生み、物語となっていったこと、それが広く世間に知られ、事実をして受け入れられたことは、印刷術の発達と無縁ではなかったであろう。グーテンベルグの印刷術が1455年頃、ちょうど、魔女が裁判のコンテクストに埋めこめられるようになった15世紀と一致するのである。

  • 魔女狩りといえば『魔女への鉄槌』、それを書いたのはシュプレンガ―とインスティトーリス……までは良いとして、『魔女への鉄槌』を筆頭とする悪魔学の受容・実践等に焦点を当てている。
    日本語で書かれたもので類書はあるのだろうか。寡聞にして知らないものの、非常に読みやすい印象を受けた。

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著者プロフィール

1961年生まれ。パリ第10 大学博士前期課程修了(D.E.A.)。東京大学大学院博士課程修了(文学博士)。主要著訳書:『魔女の法廷―ルネサンス・デモノロジーへの誘い』(岩波書店)、M.-A. スクリーチ『ラブレー 笑いと叡智のルネサンス』(白水社)、G. ミノワ『悪魔の文化誌』(白水社)、M. パストゥロー『熊の歴史』(筑摩書房)など。

「2016年 『フランス・ルネサンス文学集 2』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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