六ヶ所村の記録 上

著者 :
  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (270ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000025768

作品紹介・あらすじ

下北半島六ヶ所村は冷害・兇作相次ぐ不毛の土地だった。戦後入植した開拓農民が耕し広げたその農地に次々と「開発」が訪れる。砂鉄製鉄所、精糖工場、石油コンビナート、夢の工業地帯計画はすべて中央大企業の土地ころがしに終った。そして1984年、人類の生存に最も危険な核燃料廃棄物処理場建設計画がふってわいた…。一つの地域に展開する資本の収奪と農民の闘いを、20年を費した取材をもとに描く、鎌田慧渾身の書下し大河ルポルタージュ。

感想・レビュー・書評

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  • (1991.05.22読了)(1991.03.28購入)

  • 六ヶ所村再処理工場のアクティブ稼働をめぐる人々の姿を描いたドキュメンタリー映画「六ヶ所村ラプソディー」の前史ともいえる鎌田慧さんによるノンフィクション。残念ながら、絶版のようで、入手は難しいようだ。

    六ヶ所村は青森県の下北半島の東側に位置する。ここは隣接する三沢市などの人たちからも「鳥も通わぬ村」「青森の満州」などと言われているという。そんな六ヶ所村がいかにして核施設が集中することになったのかを描いていく。

    この村は元々、土壌も豊かではなく、満州から帰国した人々が開拓民としてやってきた。しかし、人口は伸びようもない。70年の村の歳入を見ると、村税はわずか5%ほど。低所得者層が約半分を占める。

    そんな村に工業化の話が持ち上がる。貧しい人々は開発の話に飛びついた。工業化されれば、出稼ぎに行くこともない。安定した収入が望める。

    しかし、やってきたのは石油の備蓄基地だった。しかも、その詳細は明らかにされない。県知事は県民のための開発というが、県は六ヶ所村になんの説明もない。

    著者は「この開発の本質を物語っている。計画が明らかにされないのを理由に『計画発表を待ってから態度を決める』とするのは日和見というものであって、開発の俎に載せられてなお無抵抗と同じである。発表されたときは、事態は半ば終わっていよう」と書く。

    寺下村長は石油の備蓄基地建設に反対の立場を取った。再選をかけた73年の選挙は惜敗。79票差だった。この選挙では「銭」が飛び交った、という。

    上巻は原子力施設が来る前までの話。馴染みのない固有名詞が多いので、登場人物を覚えるのが大変だが、貴重な記録である。

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著者プロフィール

鎌田 慧(かまた さとし)
1938年青森県生まれ。ルポライター。
県立弘前高校卒業後に東京で機械工見習い、印刷工として働いたあと、早稲田大学文学部露文科で学ぶ。30歳からフリーのルポライターとして、労働、公害、原発、沖縄、教育、冤罪などの社会問題を幅広く取材。「『さよなら原発』一千万署名市民の会」「戦争をさせない1000人委員会」「狭山事件の再審を求める市民の会」などの呼びかけ人として市民運動も続けている。
著書は『自動車絶望工場―ある季節工の日記』『去るも地獄 残るも地獄―三池炭鉱労働者の二十年』『日本の原発地帯』『六ケ所村の記録』(1991年度毎日出版文化賞)『ドキュメント 屠場』『大杉榮―自由への疾走』『狭山事件 石川一雄―四一年目の真実』『戦争はさせない―デモと言論の力』ほか多数。

「2016年 『ドキュメント 水平をもとめて』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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