だれのための仕事―労働VS余暇を超えて (21世紀問題群ブックス (9))

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著者 : 鷲田清一
  • 岩波書店 (1996年3月16日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (181ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000044295

だれのための仕事―労働VS余暇を超えて (21世紀問題群ブックス (9))の感想・レビュー・書評

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  • 21世紀という時代を迎えるにあたり、労働とは何かという問題を、余暇との対比、そしてそれを超えた視点で問うている。
    大学生になって急に浮上してきた、「働く」という近い将来の問題を、すこし考えてみたいなと思って手にとった。

    近現代の産業社会・労働社会に潜む「前のめりの時間感覚」を始点として、「労働」を軸とした生産性・効率性の概念を、そしてそれらの概念による「余暇」の創出と浸食を説く。
    しかし、本来「労働」と「余暇=遊び」の領域は必ずしもはっきり分かれているものではなく、「労働」の中の「遊び」や、「遊び」の中の「労働≒まじめさ」こそが重要であり、それらが喪失されているゆえに、「労働」と「遊び」の両者の中にわれわれが「意味」を見出すことは難しくなっている、とする。
    このような論議を経たのち、最終章では、「労働」と「余暇=遊び」のクロスオーバーを論じて「家事」と「ボランティア」を取り上げ、「自己」と「他者」という視点を以前の章よりも強力に導入する。
    そして、「前のめりの時間感覚=未来」のための労働ではなく、「自己」と「他者」の共同/共働地点としての「現在」のための労働こそが理想であり、そしてその過程で「自己」は自らの物語を紡ぎ、仕事にやりがいや「意味」を見出すことができるのだ、と結ぶ。

    単なる労働論かとも思われる表題であるが、やはり鷲田さんであるがゆえ、哲学の視点から「自己-他者」の問題にも深く切り込んでおり、働くことの意義をどこに見出すか、その本質を見据えた論を展開している。
    とはいえ、私は鷲田さんはすごく好きだということを前置きしたうえで、ひとつ気がかりな点をあげるならば、いろいろなところで展開している「自己-他者」論の、単なる労働論への応用バージョンだな、という印象も持った。まあ、好きだからいいんだけど(笑

  • 西村さん「仕事を考える3日間」から。

    すごくおもしろかった。
    いろんな名文が入ってた。

    「ぼくは20歳だった。それが人の一生で一番美しい年齢だなどとだれにも言わせまい」ポールニザン『アデンアラビア』

    「もっともやりがいのある仕事に美をゆだねている人々には、レジャーがきわめて少なく、退屈な仕事に従事している人々は、もてあますほどのレジャーに身をゆだねているという傾向」がある リースマン


    それに仕事に対する余暇で行われる消費についても様々な表現がされていておもしろかった。
    あとこの前に読んだ松岡さんのほんでもあった「遊びの4分類」がまた出てきてシンクロニシティ。
    「遊び」にますます興味が湧いてきた。

  • 労働と余暇か〜。働いてないから、あんま関係ない、とかいったらダメなんだろうな。現代文で読んだ気がする域を出れない。

  • 烏兎の庭 第一部 書評 7.21.02
    http://www5e.biglobe.ne.jp/~utouto/uto01/yoko/darenoy.html

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