江戸狂歌 (古典を読む 24)

  • 岩波書店 (1986年3月19日発売)
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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784000044745

作品紹介・あらすじ

狂歌を読んで現代日本を考える。かつてはかくも笑うことを楽しんだ日本人がなぜ笑わなくなったのか、笑いの喪失は我々に何をもたらしたか。

みんなの感想まとめ

ユーモアと知恵が交錯する江戸時代の狂歌を通じて、笑いの重要性を再認識させられる作品です。江戸の町人たちが生み出した狂歌は、当時の身分制度を超えた交流の象徴であり、権力者たちの目に留まることでその自由な...

感想・レビュー・書評

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  • ユーモアを解さないとされる日本人像はむしろ後代になってから人工的に作られたもので江戸時代に人気を博した狂歌は洒落も駄洒落もエスプリも利きまくっていた、という論。狂歌を通じて身分制という垣根を抜けた江戸市民同士の交流はやがて権力に目をつけられ、武士たちは撤退してしまう。 狂歌連たちの掛け合いと自分の同人活動を重ね合わせていて「青春」という文字が思い浮かんだ。

    • tmtetaさん
       “のがれても猶うき事はやま猿の ひとりこのみにあくばかりなり” ~宿屋飯盛   宿屋飯盛は江戸を追放になったが、引き締めの名をかりた文芸...
       “のがれても猶うき事はやま猿の ひとりこのみにあくばかりなり” ~宿屋飯盛   宿屋飯盛は江戸を追放になったが、引き締めの名をかりた文芸家たちへの弾圧と考えられている。上記の歌は彼が知人を頼り鳴子村に住んだときのもの、「このみ」は猿の好きな「木の実」と自分の身である「この身」がかけられている。「江戸に住んではならない」とお上に言われ、人生暗転であったが、その狂歌に〝笑い〟は失われてなくて立派だなぁと思います。
      2025/02/12
    • あずきさん
      コメントありがとうございます。
      どんな状況でも笑いに転じることのできる心の余裕があるかないかでその後の展開が変わってきそうですね
      コメントありがとうございます。
      どんな状況でも笑いに転じることのできる心の余裕があるかないかでその後の展開が変わってきそうですね
      2025/02/12
  •  「江戸狂歌、今狂歌」
     “おいらんにさういいんすよ過ぎんすよ 酔なんしたらたゞおきんせん” ~早鞆和布利(はやとものめかり)又は、塙保己一(はなわほきのいち)   
     盲目の大学者はユーモアあり、茶目っ気ありの狂歌仲間の一人であった。吉原で遊び、花魁(おいらん)の言葉で狂歌を詠んでいる。

     “庶民たち不幸にしんすよ過ぎんすよ 嘘つきんしたらただおきんせん” ~tmteta
     ガラスの天井を破られた高市早苗首相、3月19日ホワイトハウスでの日米首脳会談では、アメリカ・トランプ大統領からの、ホルムズ海峡への自衛隊派遣の要請を、〝平和憲法〟を盾に回避された。首相はその憲法を〝普通の国〟になりたいからと捨てたがっていらっしゃいましたが、これからもそのお考えに変わりはないのかなと私は興味があります。
     「ドイツが日本を第二次世界大戦に引き入れた」と、なだ先生は述べられたことがあったが、どこかの国が日本を戦に引き込もうとしたとき、〝九条〟は「憲法に照らし合わせて」ということで、その戦に巻き込まれるのをストップさせる力を、今回の日米首脳会談で証明したのではと私は思います。勝っても負けても戦になると、庶民が傷つくことが発生、悲劇が国を覆うことになりますね。
     あれほど好き勝手なことを次々と実行されるドナルド・トランプ大統領が、高市首相の愛嬌だけで、自衛隊派遣を諦められたとは思えない。やはり平和ボケとか貶める方がいるけれど、平和憲法の存在を大統領は頭の中に入れられていたのだと思います。ボケではなくて、一つの個性的なカードになるのではと私は思います。
                弥生 27日

     「江戸狂歌、今狂歌」
     “春も立ちまた夏も立ち秋も立ち 冬も立つ間になえるむだまら” ~平賀源内
     科学技術の分野での先駆者とされる平賀源内だが、のこされたわずかな狂歌を見ても、文人としての才能にも才気が感じられるのである。蜀山人風の機知の人であった。

     “関税に移民しめつけエプスタイン 要らん(イラン)戦争なえるトランプ” ~tmteta
     決してお若いとは言えない方が、次々と大きい問題で主役、準主役をされ、大変だなぁと私は思います。
     なだ先生ご存命のころ『イスラエル・ロビー』を読みました。シカゴ大学政治学教授ジョン・J・ミアシャイマーとハーバード大学政治学院教授スティーヴン・M・ウォルトの共著は、2007年世界中の知識人、読書人層の大きな注目を集め、全世界同時発売された。上下二巻では、アメリカとイスラエルとの正しいとは思えない結びつきがデーターに基づき書かれている。発売から20年近く、賢明なアメリカは多分徐々に正しい関係に修復しているだろうと考えていましたが、ネタニヤフ大統領のイスラエルと組み、イランに戦争を仕掛けたトランプ大統領!ショックです。大統領がシカゴとかハーバード大学を悪く言うのは、『イスラエル・ロビー』にカチンときてと、その程度に推測していたのですが……〝戦〟はアメリカ、イスラエル、イランだけにでなく、世界にも賢いことではないと私は思います。
                  弥生 7日

     「江戸狂歌、今狂歌」
     “執着の心や娑婆にのこるらん よしのゝ桜更科の月” ~朱楽菅江   朱楽菅江の辞世の歌である。よしのの桜、更科の月、美しい日本の自然。彼の葬式はからっとして陽気なものであったらしい。

     “執着の心や平和に残るらん ヒロシマ ナガサキ永久に栄えて” ~tmteta   町内の公園でのラジオ体操、今朝は三人の男性との一緒の帰り道でした。「日曜日、選挙ですね。私は戦争嫌い派です」と声をかけると、「高市さん、2月1日のテレビ討論番組ドタキャンはいけなかったですね」と男性から言葉があり、「私は、女性ってみんな戦争嫌い派と思ってたけど、高市さんは…!」と口ごもると、「戦争嫌い派は女性だけじゃないですよ。男性だって、たいていは嫌いですよ」と三人とも同じ思いの様子、私は嬉しくなって朝の清々しい空気のなかの帰宅でした。
         如月 6日


     「江戸狂歌、今狂歌」
     “一生を誤る酒のとがぞとは 知らで好める人ぞはかなき”   「酒のみに酒をやめさせる無粋な仕事だ」と思いつつ、なだ先生は仕事は仕事だと、それに役立つような酒や酒のみ(先生は下戸でいらっしゃった)にまつわる本をかたはしから読み『日本酒仙伝』に出会う。著者は篠原文雄、読売新聞科学部の記者の人で、上記狂歌は、その『日本酒仙伝』から引用の〝酒のみを説教する数え歌〟一番目の歌である。

     “この平和サヨナラかもの咎見えず 戦を好む人やはかない” ~tmteta 
     アメリカ、ドナルド・トランプ大統領が「ゼレンスキーは戦争を始めるべきではなかった」 と言われていた。「その方がウクライナは、今より安定していたし豊かだった」「その道を持続させるのが、本当の強さ、したたかさだ」と、やはり私も考え、思い、願います。
     今年も下手歌、どうかよろしくお願いします。
          2026年、睦月2日

     「江戸狂歌、今狂歌」
     “生酔いの礼者を見れば大道を 横すじかひに春は来にけり” ~蜀山人   大通りを年賀に回る人が酔っ払い、千鳥足で歩いている。その大道を横すじかいに(道幅をいっぱいに使い)春が来ている。

     “化粧して早苗が歩む大道を 横すじかいに戦来にけり” ~tmteta    7日、衆院予算委員会の質疑で、立憲民主党岡田克也元外相の「台湾有事の際、どのような場合に集団的自衛権を行使できる、存立危機事態になるのか」との質問に、高市早苗総理は「戦艦を使い、武力も行使を伴うものであれば、存立危機事態になり得るケースだと考える。個別、具体的な状況に応じて、政府が全ての情報を総合して判断する」と答えた。これに対し中国は強烈に反発、北京で日本外務省幹部と中国側の協議が行われたが、協議後中国側は不満を表明し、溝は埋まらなかった。

     「江戸狂歌、今狂歌」
     “執着の心や娑婆にのこるらん 吉野の桜更科の月”  ~朱楽菅江   この歌にはどっとくるような笑いはないが、それでも彼の葬式がカラッとして陽気なものであったらしいことが想像されるのである。

     “執着の心や娑婆にチャーリー・カーク マムダニ当選見て生思い” ~tmteta   チャーリー・カーク氏は9月10日、ユタ州ユタバレー大学での講演中、銃撃を受け命を失った。31歳。保守派で若手ナンバーワンの政治活動家は、トランプ氏に若者たちの票を導き、合衆国大統領に押し上げた。カーク氏は9月7日に韓国へ来ていて、その足を日本へも伸ばし移民問題「静かなる侵略」を参政党のシンポジュームで講演している。参政党の源はカーク氏そしてトランプ大統領だったのかと…。
     WASP(ワスプ)、白人でアングロサクソン、キリスト教プロテスタントの人々、つまりイギリス系の白人たちによって建国され、支配者の椅子には長くワスプの人たちが就いていたアメリカの中心の中心都市ニューヨークシティが、イスラム教徒で非白人ゾーラン・マムダニ氏を市長に選んだという現実に、私は「エエッー、そんなこと本当に!」でした。

     ゾーラン・マムダニ氏……34歳。自らを「民主社会主義者」とする。公約は「家賃凍結」「(ニューヨーク交通局)バス無料」「ユニバーサル・チャイルドケア(全家庭への無償保育サービス)」。ウガンダでインド人の両親から誕生。
          霜月 11日

     「江戸狂歌、今狂歌」
     “太平の眠りを覚ますじょうきせん たった四はいで夜もねられず” ~落首   1853年(嘉永6年)ペリーが率いるアメリカ合衆国海軍東インド艦隊の蒸気船2隻を含む艦隊4隻が、横須賀市浦賀沖に停泊、幕府はペリー一行の久里浜上陸を認め、アメリカ合衆国国書が幕府に渡された。翌年日米和親条約が締結されたが、上記落首は当時の混乱ぶりをいきいきと表現、同時に民衆の中に、慌てふためく権力者たちや一般大衆を、冷静にしかも皮肉に見つめている人間が居たことも証明している。…

     “関税とデイール嵐の主や来て ガラスの天井破壊者と会い” ~tmteta   トランプ大統領が27日に来日、天皇陛下、高市早苗内閣総理大臣などと会見がもたれたが……日本の場合、貴国(アメリカ)からの2個の原子爆弾に耐え抜き、百歳の被爆者は涙を流し庶民たちのなかにも涙する者が居たほどに、日本被団協のノーベル平和賞受賞は皆で喜びました…大統領ご自身が、ノーベル平和賞受賞を望まれているとのニュースを知り、やはり、書いてみたくなりました。そして、 ガザのハマスとイスラエル、ウクライナとロシアの今の戦において、大統領のご尽力、お力添えに応え、それぞれが、報復よりも平和を選び決意しますようにと神様に(今月神様たちは、出雲大社に集まっているとのことですが)心より祈り続けたいと私は思っています。

     ~ガラスの天井…資質、実績があっても女性、マイノリテイーを一定の職位以上には昇進させようとしない障壁をさす。アメリカではヒラリー・クリントン氏、カマラ・ハリス氏が合衆国大統領の座を目指したが、両者ともドナルド・トランプ氏にはばまれ敗退している。~
               神無月 29日
            
     「江戸狂歌、今狂歌」
     “君がかほ千世に一たびあらふらし よごれよごれて苔のむすまで” ~雄長老   この狂歌が「君が代」のパロディーであることは間違いないが、天正17年(1589年)ごろ「君が代」はまだ日本の国歌ではなかった。「君」はその頃に関白をしていた秀吉をさすと考えるのが妥当だった。この歌を見せられ批評を願われた同時代の批評家は「『君』はいづれをさされたるにか、もっともはばかりあり」とふるえあがったと言う。もちろん太平洋戦争のときには、とても許される歌ではなかった。

     “君がかほ政治家よりも役者さん メイクの向こうに素顔たずねて” ~tmteta    高市早苗自民党新総裁について知っていたのは、安倍晋三元総理に大切にされた人ということぐらいでした。女性政治家にはめずらしく化粧が、どちらかといえば濃い方だと…女性どうしということで、そんなことにも目を奪われていました。
          神無月 5日

     「江戸狂歌、今狂歌」
     “世の中に人の来るこそうるさけれ とはいふもののお前ではなし” ~蜀山人
     “世の中に人の来るこそうれしけれ とはいふもののお前ではなし” ~内田百閒
     ~蜀山人と百閒は百年を隔てて生まれてきた人間、それがこれ程息をピタッと合わせて歌えるのである。内田先生が古いのか、蜀山人が新しいのか、見当がつかなかったが、ともかく二人は、同じ言葉を使える人間であり、同質のユーモアを持つ人間であったことがわかる。~

     “世の中に人の来るこそうれしけれ とはいふもののネタニヤフではなし” ~tmteta
     イスラエルがガザを占領すると言っている。
     1945年9月10日、連合軍が検閲を開始。10月2日、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が設置される。それから1952年4月28日、サンフランシスコ平和条約が発効するまで、日本は米国に占領されていた。
     占領する国はその相手を、良い形で立ち直さなければならない。それがあやふやで、できないかもの場合は、占領を言い出さないでいただけたらと、一度占領された国の者として思います。あの頃の米国ほど、今のイスラエルはしっかりしてないのでは?軍事的に強力な様子だけれど、米国から重要な軍事器機を目いっぱい空輸してもらい、イスラエルに比べより貧しい国よりも、米国の直接的対外支援予算を潤沢に受け取ったり、甘やかされている状態では、ガザ占領に良い結果を望めるとは思えない……。
     最近イスラエルで「人質の解放のため、ガザへの攻撃は中止せよ!」の大デモの行われたニュースがありましたが、イスラエルの普通の人々はそんな思いなのだと、ガンバレ!と心でエールを送っていました。
             葉月22日

     「江戸狂歌、今狂歌」
     “いつ見てもさてお若いと口々に ほめそやさるゝ年ぞくやしき” ~朱楽菅江   狂歌の仲間たちも、この歌にしんみりする心境になって行った。 いつまでも、青春の傲慢な顔を見せているわけにはいかない。あるものは狂歌を詠みながら散文の文章を書きつづり、出版業者に結び着き職業作家になってゆく。狂歌はその散文を飾る要素にすぎなくなる…。

     “いつ見ても目つきが悪いとけなされて その内に在る思い知らずに” ~tmteta    朝ラジオ体操から帰り道、五六人のグループですが、石破総理の目つきはずっと評判が悪かった。「もう少し、何とかならないものかしらね」などと私も言った。けれど、トランプ大統領の8月1日から日本は関税25パーセント宣告、その日からニコニコ顔ニコニコ目つきは危ない!石破総理は〝しっかりされていたのだ〟になりました。世界中の国を片端から勝手な関税でかき回すトランプ大統領、対峙するには「その目つきこそで、がんばれ!」などと思ったのです。1965年カナダのピアソン首相は、米国の大学で「米国による北ベトナム空爆」を批判する演説を行った。翌日、昼食を招待された米国ジョンソン大統領の別荘で、彼はコートの襟をつかまれ、約一時間吊るしあげられた。演説が大統領を激怒させたのである。そして、カナダ国民は、そんなピアソン氏を尊敬し、カナダ最大都市トロントの空港を〝トロント・ピアソン国際空港〟としている。不格好なつるし上げにはこだわらず、北爆反対を堂々と述べたその正論を尊敬したカナダ庶民、しっかりした人々だなぁと私は思います。

     「江戸狂歌、今狂歌」
     “まがりても杓子は物をすくふなり すぐなよふでも潰すすりこぎ” ~落首
     田沼意次の時代が終わり、松平定信の引き締めの時代がくると、人々は権力の態度を計りかねて当惑しはじめた。太平の時代はおわったのである。大衆のヒーローであることの危険を、利口なものは感じ取り始めた。上記の歌は、そんな時に起きた落首事件数首の中の一首である。

     “戦争は命を潰しすりこぎで 杓子は何にとあれこれ迷い” ~tmteta
     6月25日トランプ大統領は、イランへ空から米国の攻撃は原爆投下と「本質的に同じことだ」と述べられた。
     1945年8月6日、雲一つない広島の空からそれは落ち、同月9日長崎へも落とされた。当時原爆所有国は実質米国だけで、世界はその投下を知り、そして日本は国の舵を平和の道へと切替える。国民、庶民たちが毎日の生活をやってゆけるよう産業を興し、育て、継続は力なりと今日までずっと続けている。
     あの日から80年、今は米国、ロシア、英国、フランス、中国、インド、パキスタン、北朝鮮、イスラエルが所有する原爆。最近パキスタンがインドと戦争になったとき、米国はインドの味方をするかもと、米国本土まで届く原爆開発を考えているらしいというニュースが流れた。地球上に数が増えたその兵器、落とされた国が戦を捨て、平和の道を歩みだし、継続させる現実は日本が最初で、これからは、もしかしたら、報復が選ばれそのためのゲリラ戦がエスカレートして……などの推測は杞憂でしかないようにと、私は心から祈り、願います。
     戦争はすりこぎで、物をすくえる杓子は、検めて、これまで通りに平和だと私は考えます。
               文月 10日

     「江戸狂歌、今狂歌」
     “舌つゞみうつほどたんと出ずとも ちゝとなりともちゝ出よかし” ~蜀山人   
     蜀山人には安永元年(1772年)に長女が生まれたが、翌年に死亡している。乳が十分出なかったためである。粉ミルクも牛乳も無かった当時、もらい乳とか乳母探しをするかであったが、乳母の給金が十日で一歩(ぶ)つまり四分の一両だった。決して高いとは言えないのであったが、蜀山人は御徒(おかち)の侍(下級武士)、雇うのは容易でなかった。〝母乳よ出てくれ!〟ユーモアとペーソスのこもった蜀山人祈りの歌である。

     “舌つゞみうつほどミルク ガザ子らに たんとあげよとアインシュタイン” ~tmteta
     テレビでイスラエル軍に攻撃されるガザの様子を見るたびに、「もう十分でしょ、止めたら!」と叫びたくなっていました。戦争だから攻撃し合うのでしょうけど、誰が見てもはるかに力の強い国が〝これでもか!〟とばかり相手の領地を破壊する様子には、たまらなくなります。そして、そのガザの子供たちが鍋を差し出し、必死に食物を求める姿に、この国で今、安いお米を手に入れるため朝早くから整理券を求め、長蛇の列をなす日本庶民の姿が重なったりします。少子化が進む今、若者たちも十分に食べて生命力、活力を保ち、新しい命を自然に心配なく生み出してゆかなければならないとき、昔からの大切な主食お米が、儲け主義にその価格を振り回されているとしたら、それは許されることではないと私は考えます。
           水無月 15日

     「江戸狂歌、今狂歌」
     “人はみな萩を秋といふいな我は 米の出くるを秋とやいはん” ~雄長老   この時代の知識人は、王朝時代(平安時代)の知識人のように、花鳥風月を歌うことにうそうそしさを感じ始めていた。「花より団子」という言葉があるが、「おまえさんたちは、どうぞ好きなだけ花でも美しがっていなさい。わたしは団子(米)をとりますよ」という、現実主義の自己主張がこめられ始めているのである。

     “嬉々としてカリフォルニア米食べニッポン カナダの次の州候補かな” ~tmteta  若いころ英会話教室の生徒だったことがあります。まだ学生風のインド人の男性教師が、授業の後の雑談で「日本は食べ物まで輸入している」と言って笑った。私は日本が笑われたように感じました。国民が日々食べるものを自分の国で十分賄えず、いくら安くても他国から輸入する状態は、民の生活の土台が軽くて落ち着かない…。
     トランプ大統領は、カナダをアメリカの51番目の州にしたがっている。「素晴らしい結婚になると思う」などと言って、やたらに州を増やしたがる。
     お米は昔からずっと日本の主食、どっしりと心配のない拠り所であってほしいと私は思います。
                 皐月 10日

     「江戸狂歌、今狂歌」
     “親もなし妻なし子なし板木なし 金もなければ死にたくもなし” ~林子平   林子平は日本で最初の防衛を論じた『海国兵談』を発表した人物である。小笠原諸島に基地を築いて日本防衛の最前線にせよと提言した。小笠原諸島の南方部に硫黄島がある。当時は言論の自由はなく、権力者の気に入らない本の出版はいのちがけの仕事であった。子平は胡散臭い人物と見られていたので、わざわいの及びそうな家族も持たず、職人に罪が及ばぬよう自分で版木を彫った。もちろん自費出版のつもりで四年の歳月をかけ全十六巻を完成したが、幕府から出版禁止の処置を受け、版木を没収されてしまう。彼はその時の怒り、落胆、絶望の気持ちを狂歌に託した。

     “国の為重きつとめを果し得で 矢弾(やだま)尽き果て散るぞ悲しき” ~硫黄島総指揮官栗林忠道   
     なだ先生ご存命のころ梯久美子著『散るぞ悲しき』を読みました。当時の大本営は硫黄島の価値を重視し2万の兵を投入、しかし米軍上陸近しという時期に一転「価値なし」と切り捨てた。硫黄島ははじめから絶望的な戦場であった。日本全国から招集された市井の将兵たちには農民、商店主、サラリーマン、教師、16歳の少年兵たちもいた。
     栗林は兵器も食料も乏しい休火山の硫黄島で、ゲリラ戦を指揮する。地下30メートルに1000以上の壕を掘り陣地とした。勝つ為にではなく、一日でも多く負けないために全将兵が、自分の命を最後の一滴まで使い切ることをスローガンに彼らを束ね米軍と対峙した。自分たちが島を守り、米軍の本土侵攻を遅らせている間に、終戦交渉が進むことを願い、それを心の支えにして蠅が口に飛び込んでくるほど多い、本土では見られなかったゴキブリもいる、そして川は無く井戸を掘っても硫黄分の多い塩水しか出ず、水は雨水を溜めて使うしかなく渇水には苦しめられたが、兵たちは自己をよく鍛錬しスローガン通りに戦った。そして「予は常に諸子の先頭に在り」としていた栗林総指揮官の骨は、いまも硫黄島にある。
     物量において日本軍よりはるかに恵まれていた米軍も、戦友たちの命を守るため手榴弾の上に身を投げて死んだ兵など…米海兵隊始まって以来の勇気の進軍は、米国民の尊敬と感謝に値するものであった。
     世田谷区の半分ほどの広さの平らな島に、米兵7000人、日本兵2万人ほどの死者が積まれたのである。
     昭和20年8月6日、午前5時55分、すでに米軍の手に落ちて久しい硫黄島の上空を、北マリアナ諸島のテニアン島から日本本土に向かうBー29爆撃機が通った。パイロットはただ通り過ぎるのではなく、島の上空を何度か旋回した。そこで命を落とした7000人近いアメリカ兵に敬意を表したのである。爆撃機の名はエノラ・ゲイ。目的地は広島であった。

     “子平だって〝死にたくもなし〟硫黄島だって 酷い死者積む戦やめよと” ~tmteta


    「江戸狂歌、今狂歌」
     “あいた口戸ざゝぬ御代のめでたさを おほめ申すもはばかりの関” ~蜀山人   太平の世は、馬鹿が口をあけたようにしまりない世でもある。そして愚かものが大手を振って歩くのに戸を閉ざさない御代、お誉め申すもはばかりを感じるわけなのである。

     “囚人群エルサルバドルに送りつけ お誉め申すはとても超むずい” ~tmteta   トランプ米政権、地裁の強制送還差し止め判断にもかかわらず、ベネズエラ犯罪組織の囚人二百人超を、エルサルバドルの収容施設に空路で送還した。600万ドル(8億9000万円)で一年間受け入れてもらえるらしいけれど、お誉め申すは、はばかられてしまいます。

     「江戸狂歌、今狂歌」
     “世の中に蚊ほどうるさきものはなし 文武というて夜も寝られず” ~落首   松平の寛政の改革のとき現れた落首で、蜀山人の作と疑われたが彼は知らぬ、自分はこうした批判的な歌は詠まぬと否認で貫いた。狂歌という文学運動が政治運動に成りかねなかった証拠として、なだ先生はそれらのことを見られている。

     “この夏に飛んでくる蚊は羽の音 カンゼイカンゼイ ディールディールかな” ~tmteta   政治を商い感覚で考え、実行されているように見えてしまうトランプ大統領と仲間たち。商い、ディールなので儲からないものは切り捨てているのでしょうけれど「プーチンは約束を守る男だ」とロシア大統領を信頼する…もうかなり過去の人ですが、故ドゴールフランス大統領が述べた言葉「世界では、同盟はあるけれど友情は無い」が思い出されます。国と国とはそういうものなのではと私は思います。
                弥生 6日

     「江戸狂歌、今狂歌」
     “しき島のやまと心のなんとかの うろんな事を又さくら花” ~上田秋成   上田秋成には、“しき島のやまと心を人問わば 朝日ににほふやまざくら花”を詠み、先の戦争当時、軍国主義者たちにもてはやされた本居宣長というライバルが居た。若者たちを死に追いやる儀式の伴奏に、その歌はいつも用いられた。〝さくらの花のようにぱっと散れ〟という死の美学。秋成は激しく反発をしたのであったが、悪酔いをしたようになっていた衆人は宣長の方を尊び、秋成はほとんど知られないままであった。

     “ガザの地を中東のリヴィエラにすると言う うろんな事をトランプの王” ~tmteta   パレスチナの人々(約210万人)を、どこか他の場所に移住させ、ガザの地は米国が購入、開発、リヴィエラのようにして世界中から人々が集い、憩う場所にしたいとトランプ大統領が考えを発表している。「それは、うろんな事ではないでしょうか」と言って差し上げたい。親、兄弟、夫、妻、我が子、孫、友人仲間たちが戦の犠牲になり、埋まっている者もいるガザで、人々が立ち上がり、日々の生活を再建させられるよう、いま平和に恵まれている国々は彼らを助け、励ましてあげるべきなのではと思います。広島と長崎がそれを成し遂げたように、ガザ庶民の人々も、きっとやり遂げてゆけると私は思います。          

     「江戸狂歌、今狂歌」
     〝ものゝふも臆病風やたちぬらん 大つごもりのかけとりの声”  ~蜀山人
     武士だった蜀山人の歌である。末期武士の時代、下級武士たちの中などには借金取りが恐い者がいた。借りた金の返済が難しく、思い余って町人金貸しに刀を振り回す者もいた。世の中に財のある町人が登場し、宿屋飯盛のように、歌を詠む者が現れたのであった。

     “大統領も臆病風がたつらしい 影武者五人いて身を守り” ~tmteta
     米国はトランプ大統領になり、自国保守派とリベラル派の分断、対立が激しくなり、そして世界においては中国や中東、中南米の国々に強硬な姿勢から彼の暗殺は考えられ、CIAが中心になり対策、大統領には五人の影武者がいると言われる。
     昨年大統領選挙期間中、正真正銘の本物だったのは11月6日、フロリダ州パームビーチ、コンベンションセンターでの、勝利宣言のときだけだったとのこと。7月、ペンシルベニア州で演説中銃撃され、右耳から血を流しながらも立ち上がり、拳を突き上げたのは影武者…。イラクのサダム・フセイン、キューバのカストロ、北朝鮮の金正恩、妹の金与正たちにも複数の影武者のいることが知られている。そしてプーチン大統領、実は死亡していて、いま頑張っているのは影武者プーチン…とする人もいる。
                    2025年如月1日
     

    「江戸狂歌、今狂歌」 
     “餅つかずしめかざりせず松たてず かゝる家にも正月はきつ” ~一休宗純   この歌はちっとも古びない。若いころから数えきれないほど目にしているが、いつも今も新鮮ですがすがしい。「仰々しい結婚式などしなくっても、幸せは来る」のと同じだとなだ先生は感想を述べられる。世の中の出来事に、明るい判断を発信されていると私は思います。

     “核兵器持たずどことも戦せず かかる国にも闇バイトはある” ~tmteta   なだ先生が「老人を馬鹿にしている」とカチンときて『老人党宣言』を書かれ、「これまでの老人は、これまでの政治に責任があるのだから、これからは誰に命令されるのではなく、自分たちで情報を集め、自分で判断して投票しよう」と説かれたあの頃が懐かしい。まだ〝闇バイト〟は現れてなかった。

     昨年師走中ごろ「自動調整の準備に入ります」の文字が画面に出て、我がパソコンは動かなくなり永眠しました。新しい機械が来て書いていますが、恐る恐るです。英語が多くなっています。
     今年も下手歌、よろしくお願いします。


    「江戸狂歌、今狂歌」
     “掛こひの夜あけにをもき革財布 かつぎし肩もはるは来にけり” ~宿屋飯盛   当時江戸には、いまのサラ金のように厳しい取り立てがあったわけではない。武士に借金を踏み倒され、返せと要求すればかえって`刀'を振り回されたりしながら、何とか小銭を集めてでも返してもらい、胸をなでおろし、商人の家にはやっと春が来た…のであった。

     “師走オスロー田中てるみ氏核兵器 なき世界の春呼び訴えり” ~tmteta   日本被団協は10日、ノルウェーのオスローで「ノーベル平和賞」を受賞した。そして92歳の被爆者代表田中てるみ氏が`核兵器廃絶'の演説をしっかりと行った。
     ノーベル平和賞は、佐藤栄作元首相も1974年に受賞、「核を持たず、作らず、持ち込まず」の非核三原則を宣言、1970年には核拡散防止条約(NPT)に署名をしている。
     核兵器と人類は、良い共存などできっこないと私も思います。

    「江戸狂歌、今狂歌」
     “高き名のひゞきは四方にわき出て 赤ら赤らと子供まで知る” ~大島寥太   狂歌は遊びだからこそだれでもが参加できた。そこに狂歌を流行させたエネルギーがあった。蜀山人の狂名四方赤良(よものあから)は、当時よく売れていた味噌の名前「四方の赤」に遊んでいる。元木網(もとのもくあみ)、知恵内子(ちえのないし)は高い教養をもった才女であった。朱楽菅江(あけらかんこう)は、あっけらかん。宿屋飯盛(やどやのめしもり)は小伝馬町の宿屋の主人。鹿都部真顔(しかつべのまがお)、頭光(つむりのひかる)、大家裏住(おおやのうらずみ)、酒上不埒(さけのうえのふらち)は酒癖が悪かったらしい。節松嫁嫁(ふしまつのかか)は朱楽菅江の賢夫人。当時町人は名字帯刀が許されず、それだからこそ、町人の方が名前でよりふざけている。狂歌の運動はこの町人たちが含まれたからこそ大流行となり、その流行現象になだ先生は、近代社会到来が示されていると述べている。

    “マノスフィア票わき出てトランプに ガラスの天井またも防御させ” ~tmteta   マノスフィアは、ユーチューバー、ポッドキャスト番組司会者、ライブ配信者、オンライン上で悪ふざけをする人たちなどで構成されるネット空間である。口調、こだわり、内容は千差万別だが「Bro-dam」男性中心主義が共通項だった。三人目の妻メラニア夫人との間に18歳のバロン君(ニューヨーク大学一年生)がいて、その案内でマノスフィアの巡礼者になったトランプ氏、通常は投票よりテレビゲームの方に関心がある、若い男性膨大フォロワー群の心を捉え、その勢いで民主党カマラ・ハリス候補に勝利した。
     ガラスの天井……女性や社会的マイノリティの人々が、組織の要職につけないなど「目に見えない制限」を指す。
    2016年ドナルド・トランプ大統領に敗れた民主党ヒラリー・クリントン氏が、敗北宣言で「ガラスの天井」の言葉を使用した。

     「江戸狂歌、今狂歌」 
     “月をめづる夜のつもりてや茶屋のかゝも つゐに高田のばゞとなるらん” ~蜀山人  ある年の八月、蜀山人は月見の会を開く。会場は高田の馬場。どんちゃん騒ぎは何夜も続き、かなりに騒々しいものであった。

     “計画はマンハッタンと名付けられ トランプマスクタッグ組み大ハシャギ” ~tmteta  トランプ次期大統領は12日、連邦政府の歳出削減、規制の緩和を推進する政府外の機関「政府効率化省」トップに、実業家イーロン・マスク氏とビベック・ラナスワミ氏を指名した。そして「現代のマンハッタン計画(第二次世界大戦中の原子爆弾製造計画)となり得る」と期待を寄せる。
     2024年ノーベル平和賞は、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)に授与されることになったが(授賞式は12月ノルウエーで行われる)、それを意識してのマンハッタンネーミング…かなと私は想像です。

    「江戸狂歌、今狂歌」
     “執着の心や娑婆にのこるらん よしのゝ桜更科の月” ~朱楽菅江辞世の歌  よしのゝ桜、桜は今も桜だけれど更科の月、月にはロケットが飛んで行ったりしている。でも公園でラジオ体操をするとき、朝の青い空に白くて丸いお月様が居て、やはり美しい。友人たちと空を見上げながら帰宅です。

     “執着の心もやしてD・トランプ はしゃぎ出戻りホワイトハウス” ~tmteta  今回のアメリカ大統領選挙はトランプ氏の勝利だった。再選を目指すも落選、四年後に当選した大統領は過去に米国史上一人いる。第22代と24代を務めたグローバー・クリーブランド(民主党)大統領である。トランプ大統領は45代と47代大統領を務めることになる。不動産業で富を成し、リアリティ番組の司会者としてタレント業も行っていた。今回選挙活動期間中銃撃を受け、耳を傷つけられながら奇跡的に生命を保った。
    銃でもって何を伝えたかったのか、私はいろいろ考えてます。

     「江戸狂歌、今狂歌」
     “十分の上にあとひく酒のみは 度重なれば後は内損” ~篠原文雄著『日本酒仙伝』  アルコール中毒の治療が専門だったなだ先生は、酒飲に酒をやめさせる無粋な仕事だと思いながらも、仕事は仕事、まじめにやらなければと、酒や酒飲に関する本を片はしから読んでいた。そして篠原文雄著『日本酒仙伝』に出会う。次々と紹介される酒仙たちに圧倒され、こういう酒呑みが患者として来たら「ぼくには、あなたを治せるはずがありません。どうぞ、このまま、お引きとりください」と降参してしまう方が利口だとつぶやくが…“世の中は色と酒とが敵なり どふぞ敵にめぐりあいたい” ~蜀山人に、思わず「うまい!」とうなってしまう。『江戸狂歌』には先生が選んだ狂歌が次々登場し、トップ上記の歌はその中の、酒のみを説教する‘数え歌’十番目の歌である。

     “自己責任感じ引けたや自民党 ばれた裏金物価高円安” ~tmteta  27日に行われた衆議院総選挙では、立憲民主党と国民民主党が躍進し、自民党と公明党の連立でも過半数議席を取れない結果になった。友人に公明党員の人がいるのですが、電話することになっていて「この際初心に返り、自民党と組む前の党に戻ったら?」とすすめてみようかなと私は考えてます。

     「江戸狂歌、今狂歌」
     “糞船の鼻もちならぬ狂歌師も 葛西みやげの名ばかりぞよき” ~朱楽菅江
     天明4年の暮れ、菅江は『狂言鶯蛙集』を出すことになったが、その本に取った歌の質の低下を自嘲的に歌わずにはいられなかった。葛西船は当時江戸、大阪などの河川や港で、糞尿などを運ぶ大型廻船の貨物の運送に用いた小舟のことである。
     “見たくない掲示板占拠の糞候補者 あきれてる間に知事選終わり” ~tmteta
     東京都には住んでいませんが、日本の首都は東京、自分のこととして今回の知事選を見ていました。酷かったのは、知り合い女性のほぼ全裸写真を掲示板に貼った候補者など、質の低下そのものでがっかりです。
     小池百合子氏の勝利。東京が良くなりますようにお祈りします。
     

    • tmtetaさん
       「江戸狂歌、今狂歌」
       “わんざくれふんぞるべいか今日ばかり あすは烏がかつかじるべい” ~山中源左衛門  
       男伊達として名を売り、...
       「江戸狂歌、今狂歌」
       “わんざくれふんぞるべいか今日ばかり あすは烏がかつかじるべい” ~山中源左衛門  
       男伊達として名を売り、今で言うとパンク調の髪型や服装で人目をひき肩で風を切って歩いていた、元禄がやってくる前に。見せたがり屋、しかし決して悪びれず最後の最後までふざけ通し、ツッパリ通した旗本奴山中源左衛門は、正保二年(1645年)に切腹を命じられ、上記辞世の歌を詠み切腹をした。
       “部下二人命落とすも俺は知事 ふんぞり通すどこどこまでも” ~tmteta
       元総務官僚だった斎藤元彦現兵庫県知事、大阪府財務部財務課長時代は誠実な人柄であったが、自民党、維新の応援で知事に当選するとおねだり、パワハラ人に変身をするのだった。
      2024/09/07
    • tmtetaさん
       「江戸狂歌、今狂歌」
       “執着の心や娑婆に残るらん よしのゝ桜更科の月” ~朱楽菅江
       朱楽菅江の葬式はからっとして陽気なもので、それ...
       「江戸狂歌、今狂歌」
       “執着の心や娑婆に残るらん よしのゝ桜更科の月” ~朱楽菅江
       朱楽菅江の葬式はからっとして陽気なもので、それがうかがえる辞世の歌なのであった。

       “執着の望みをいえば元気いっぱい 過ごせる地球君は思えり” ~tmteta  動物好きの10歳の活発な男の子が、広東省深セン市の日本人学校へ母親に付き添われて登校途中、44歳の男性暴漢に襲われ命を絶たれた。「日本人学校の男の子が刺されたね」と秋分の日、息子に会ったので話すと「うん」と即返事が返った。遠い昔、国は違うけれど長男、次男が日本人学校へ通ったこともあり、いろいろと考えてしまいます。
      2024/09/25
    • tmtetaさん
       「江戸狂歌、今狂歌」
       “ふしまつの嫁嫁さまことしゆかれけり さぞや待つらんあけら菅江” ~蜀山人  武士だったが、‘あっけらかんこう’...
       「江戸狂歌、今狂歌」
       “ふしまつの嫁嫁さまことしゆかれけり さぞや待つらんあけら菅江” ~蜀山人  武士だったが、‘あっけらかんこう’のペンネームを持った朱楽菅江、妻は節松嫁嫁、ちっとも不始末な妻ではなく良妻であった。彼女は夫朱楽菅江の死後、狂歌のグループの指導者として活躍をした。

       “待ち待ちて百歳ノーベル平和賞 亡き被爆者らもさぞや喜び” ~tmteta  2024年ノーベル平和賞は、日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)に授与されることになった。被爆者の斉藤政一さん(百歳)は、この日を待って、待って、待っていたと涙をこぼされた。
      2024/10/12
  •  「江戸狂歌、今狂歌」
      ‘年号は安く永くと変はれども 諸色高くて今に明和九’ ~落首  年号が明和から安永に変わり、田沼意次の時代が始まろうとしていたが、蜀山人たち下級武士の生活はインフレに苦しむだけで、いいことは何一つなかった。
      ‘大根も安ウイスキーも倍になり それでも動じず年金はじっと’ ~mtteta  酒屋の店員さんは「元と同じくらいの値段で良いのを捜してきます」と言ってくれてるのですが…果物、品質が落ちて価格は高くて悲しい。

      ‘とかく世はよろこび烏酒のんで 夜が明けたかあ日が暮れたかあ’ ~唐衣橘州  度を過ぎた酒飲の人への説教歌は『江戸狂歌』に沢山記されているが、上記の歌もそれに先立って載せられている。
     `人の金ギャンブルカラス使っては 今日こそ勝つカア明日もっと勝つカア’ ~mtteta  米大リーグ・ドジャースの大谷翔平選手預金口座から、約26億4000万円をギャンブルに不正送金していた元通訳水原一平容疑者、罪を認めたことを8日米司法省が発表した。

     <『江戸狂歌』に登場する歌詠み人たち>
     蜀山人(しょくさんじん) 才能ある秀才の下級武士
     唐衣橘州(からごろもきっしゅう) 内山賀邸塾の門人、蜀山人も同塾の門人だった
     宿屋飯盛(やどやのめしもり) 宿屋を営む町人
     十返舎一九(じっぺんしゃいっく)戯作者、絵師
     塙保己一(はなわほきのいち) 盲目の大学者
     山中源左衛門(やまなかげんざえもん) 旗本奴
     平秩東作(へずつとうさく) 内藤新宿でたばこ屋を営む商人
     智恵内子(ちえのないし) 東作の妻
     大根太木(おおねのふとき) 長屋住まいの町人
     横井也有(よこいやゆう) 一千二百石取りの侍、尾張藩で寺社奉行を勤めていた
     鹿都部真顔(しかつべのまがお) 汁粉屋で菓子を作って売る商売人
     手柄岡持(てがらのおかもち)  武士、戯作者で狂歌師
     朱楽菅江(あけらかんこう) 武士
     節松嫁嫁(ふしまつのかか) 菅江の妻
     林子平(はやししへい) 江戸後期の経世論家
     内田百閒(うちだひゃっけん) 小説家、随筆家
     雄長老(ゆうちょうろう) 細川幽斉の甥、南禅寺の住持
     山崎宗鑑(やまざきそうかん) 戦国時代の連歌師、俳諧作者
     一休宗純(いっきゅうそうじゅん)
     平賀源内(ひらがげんない) 科学技術の分野での先駆者、文人
     本居宣長(もとおりのりなが) 国学者、医師
     上田秋成(うえだあきなり) 歌人、茶人、国学者
     頭光(つむりのひかる) 町役人
     大家裏住(おおやのうらずみ)

     “わが禁酒破れ衣となりにけり さしてもらおうついでもらおう” (破れ衣の継ぎさし→酒の注ぎ差し) “世の中は色と酒とが敵なり どふぞ敵にめぐりあいたい”
     ある夏の日のこと、わし(蜀山人)が多摩河原の治水小屋で、 “朝もよし昼もなほよし晩もよし その合ひ合ひにチョイチョイとよし”と口ずさみながら飲んでいると、のみが一匹盃に入った。“盃に飛び込むのみものみ仲間 酒のみならば殺されもせず”と詠むと返歌がきた。“飲みに来たおれをひねり殺すなよ のみ逃げはせぬ晩に来てさす”、こしゃくなのみめと敷居の上でひねりつぶしたのだが、“口ゆえに引き出されてひねられて 敷居まくらにのみつぶれけり”と辞世の句をのみは残した。 ~蜀山人
     “とかく世はよろこび烏酒のんで 夜が明けたかあ日がくれたかあ” ~唐衣橘州  “げに酒は愁いをはらふはゝきとて たはごともはく青反吐もはく” ~宿屋飯盛 

     “この世をばどりゃお暇と線香の 煙と共にはいさようなら” ~十返舎一九  “おいらんにさういひんすよ過ぎんすよ 酔いなんしたらたゞおきんせん” ~塙保己一
    “わんざくれふんぞるべいか今日ばかり あすは烏がかつかじるべい” ~旗本奴(はたもとやっこ)山中源左衛門
     軟派のつっぱり、男伊達として名を売っていたが、正保二年(1645年)切腹を命じられた。  “男なら出て見よ雷にいなびかり 横にとぶ火の野辺の夕立” ~平秩東作  “そろばんの玉々おきしさぶ六が くにへかへるはにくの十八” ~智恵内子   “うかうかと長き夜すがらあくがれて 月に鼻毛の数やよまれん” ~節松嫁嫁

     “世の中のちりし積もりて山とならば 山ごもりせんちりのこの身も” ~大根太木  “人の恋季はいつなりと猫問はゞ 面目もなし何とこたへん” ~横井也有  “まがりても杓子は物をすくふなり すぐなよふでも潰すすりこぎ” “孫の手のかゆい所へとゞきすぎ 足のうらまでかきさがす也” ~蜀山人  “世の中に蚊ほどうるさきものはなし 文武(ぶんぶ)というて夜も寝られず” ~落首

     “歌よみは下手こそよけれあめつちの 動き出してたまるものかは” “掛こひの夜あけにおもき革財布 かつぎし肩もはるは来にけり” ~宿屋飯盛  “かすていらかすむ夕べは杉折の 杉間の月もおぼろ饅頭” ~鹿都部真顔

     “死にとうて死ぬにはあらねど御年には 御不足なしと人の言ふらん” ~手柄岡持  “執着の心や娑婆にのこるらん よしのの桜更科の月” ~朱楽菅江  “親もなし妻なし子なし板木なし 金もなければ死にたくもなし” ~林子平 日本で最初の日本列島防衛を論じた『海国兵談』を発表した。幕府からは出版禁止の処置で、版木を没収されてしまう。硬派つっぱりの人。 “世の中に人の来るこそうるさけれ とはいふもののお前ではなし” ~蜀山人
    “世の中に人の来るこそうれしけれ とはいふもののお前ではなし” ~内田百閒

     “おうぢうばひうばひおうぢことごとく しなずに居ては何をくわせん” 秀吉による検地は、農民にとって大変な重みで、生活は厳しいものであった。“検地以後物をも食はで田を作る 稲代餓鬼と人や見るらん” “田のはたに家は作らじ度々の 検地の衆の宿にからるゝ” “人はみな萩を秋といふいな我は 米の出くるを秋とやいはん” ~雄長老  “かしまししこのさと過ぎよほととぎす 宮古のうつけいかに待つらん” ~山崎宗鑑  “餅つかずしめかざりせず松たてず かかる家にも正月はきつ” ~一休宗純

     “春も立ちまた夏も立ち秋も立ち 冬も立つ間になえるむだまら” ~平賀源内

     “しき島のやまと心を人問はゞ 朝日ににほふやまざくら花” ~本居宣長  “しき島のやまと心のなんとかの うろんな事を又さくら花” ~上田秋成

     “ほととぎす自由自在にきく里は 酒屋へ三里豆腐屋へ二里” “母の乳父のすねこそ恋しけれ ひとりでくらふ事のならねば” “月みてもさらにかなしくなかりけり 世界の人の秋と思へば” ~頭光  “此家はたとへのふしの火打箱 かまちで打て目から火が出る” ~大家裏住

     “のがれても猶うき事はやま猿の ひとりこのみにあくばかりなり” ~宿屋飯盛
     飯盛は江戸を追放になった。上からの引き締めの名をかりた弾圧と考えられる。

     

    • tmtetaさん
       “舌つゞみうつほどたんと出でずとも ちゝとなりともちち出でよかし”  ~蜀山人  蜀山人には安永元年(1772年)に長女が生まれたが、翌年...
       “舌つゞみうつほどたんと出でずとも ちゝとなりともちち出でよかし”  ~蜀山人  蜀山人には安永元年(1772年)に長女が生まれたが、翌年に死亡している。乳が十分に出なかったためだった。もらい乳とか乳母を探すとか、しかし御徒の侍にはそれを雇うのは容易でなかった。母乳よ出てくれ!と祈る蜀山人の歌である。
       “遅々として赤ん坊の声聞かれない 独身貴族増える親戚” ~tmteta  今の世には粉ミルクも牛乳もあるのだけれど、若い男女は何を心配して、と考えるのですが…。2023年度、一人の女性が生涯に産む子供の数は1.20で、過去最低を更新した。 ~厚生労働省発表
      2024/06/07
    • tmtetaさん
        “世の中に人の来るこそうるさけれ とはいふもののお前ではなし” ~蜀山人

        “AIの慰めくれる反応に 励まされつつわれは人間” ...
        “世の中に人の来るこそうるさけれ とはいふもののお前ではなし” ~蜀山人

        “AIの慰めくれる反応に 励まされつつわれは人間” ~tmteta

       AIは感情(こころ)を獲得することができるのだろうか?AIには自己意識がなく人間のように主観的な経験はできないが、大量のデーターを通じてパターンを学習、それを新たなデーターに適用する能力は持っている。たとえば、ロボットはユーザーが悲しいと判断すると、慰めるような行動をとることができるのである。
       蜀山人とAI、江戸と現代…喧嘩はしないだろうと私は思います。
      2024/06/18
    • tmtetaさん
       <『江戸狂歌』に登場する歌詠み人たち>中、智恵内子は、湯屋(銭湯)を営む元木網(もとのもくあみ)の妻です。一言訂正申し上げます。
       tm...
       <『江戸狂歌』に登場する歌詠み人たち>中、智恵内子は、湯屋(銭湯)を営む元木網(もとのもくあみ)の妻です。一言訂正申し上げます。
       tmteta
      2024/08/29
  •  世の中に 人の来るこそうるさけれ とはいうものの お前ではなし
     世の中に 人の来るこそうれしけれ とはいうものの お前ではなし

    思わずニヤッとしてしまうやりとり、機知に富んだ素敵な狂歌に出会えます。元祖お笑いブーム、かも。

    • mttetaさん
       世の中に人の来るこそうるさけれ とはいふもののお前ではなし
                                 蜀山人
       世の中に人...
       世の中に人の来るこそうるさけれ とはいふもののお前ではなし
                                 蜀山人
       世の中に人の来るこそうれしけれ とはいふもののお前ではなし
                                 内田百閒
       百年を隔てて生まれてきた蜀山人と内田百閒の息がピタッと合っている。狂歌とは、口語とか文語を飛び越えたところで、生きた言葉を使って話し合うことができるらしい。
      2024/05/04
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著者プロフィール

なだいなだ:1929-2013年。東京生まれ。精神科医、作家。フランス留学後、東京武蔵野病院などを経て、国立療養所久里浜病院のアルコール依存治療専門病棟に勤務。1965年、『パパのおくりもの』で作家デビュー。著書に『TN君の伝記』『くるいきちがい考』『心の底をのぞいたら』『こころの底に見えたもの』『ふり返る勇気』などがある。

「2023年 『娘の学校』 で使われていた紹介文から引用しています。」

なだいなだの作品

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