鏡映反転――紀元前からの難問を解く

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著者 : 高野陽太郎
  • 岩波書店 (2015年7月16日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (256ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000052481

作品紹介

なぜ鏡の中では"左右"が反対に見えるのか?-一見、かんたんな問題のようで、実はプラトンの昔から、数多くの哲学者や物理学者の挑戦を退けてきた。しかも、常に「左右が反対に見える」わけではない。誰もが知っている現象なのに、2000年以上も謎でありつづけたこの難問を、科学的な分析と実験によって解決する。

鏡映反転――紀元前からの難問を解くの感想・レビュー・書評

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  • 誰しも一度は疑問に思ったことがあるのではないだろうか?
    鏡を見ると右と左は反対に見えるのに、上と下、前と後ろは反対に見えない。
    当たり前のような気もするが、きちんと説明しようと思うとそれほど簡単ではない。

    数年前に少し、これについて考えてみたことがあったのだが、そのときは、
    「要するに面対称なのだから、鏡を頭上とか足下に置けば上下が反転するし、体の横に置けば前後が反転する。三次元のものを二次元に投影して映し出した対称の像だから、さほど不思議ではない。」
    という理屈で納得し、自分の中では済んだことを仕舞っておく脳内引き出しにしまい込んでいた。

    が。
    どこかで本書のことを目にして愕然とした。
    鏡映が左右反転するのはなぜかというのは世紀の疑問であって、しかも「まだ解決がついていない」というではないか。しかも基礎科学だけではなく、心理学まで必要だという。
    なぬ!?? そんなややこしい話なの? 面対称じゃいけないの???

    「はじめに」には、対象としては一般向けとある。古代の学説から、現在の説まで広く平明に書かれているという。

    では挑戦、というわけで読んでみたのだが。
    意外にこれが哲学的・物理的・心理的な広がりがある話らしい。
    哲学者ピアースは、人が鏡を見るとき、自分が回転しながら(円の中心を見ながら回るような感じ)鏡の裏側に回り込んだ像を想像しているという。
    物理学者ファインマンは、鏡の中で反対になっているのは、左右ではなく、前後だ、として、その後はピアース同様、「回り込み」理論を採る。
    心理学者ダヴィド・ナヴォンはこれらの回り込み「移動説」は、床に置いた鏡の場合には当てはまらないと批判する。
    サイエンス・ライターであるガードナーは、我々の体は左右対称であることから生じた「言語習慣」のためであるという。
    まぁさまざまな分野の人が論じているというのだが、何だか小難しい・・・。
    しつこいようだが、面対称じゃいけないのだろうか・・・?

    著者はこれまでの説はどれも一長一短で、この問題をすぱっと説明できていないという。
    では著者の主張する説は何かというと、「光学反転」「表象反転」「視点反転」の3つの要素が組み合わさった「多重プロセス理論」である。「光学反転」とは、鏡が表面に垂直な方向で像を光学的に反転させることである。「表象反転」とは、観察者自身ではなく、文字などの特徴的な形を見た場合を指す(自分自身ではないので、先ほどの「回り込み移動説」が適用できない)。「視点反転」とは、「視点」=左右を判断する場合の判断基準=座標軸が反転することを指す。
    これらが組み合わさって鏡像反転が生まれているということを、観察者自身や文字を書いたもの、立体などの様々なものを鏡に映し、それがどう見えるかという実験を行って実証していくわけである。
    その実験自体は、例えば多くの人にはなじみがないキリル文字を使ったり、切り抜いた文字を使ったり、右か左の半身にかぶり物をしたり、となかなかバラエティに富んでおもしろいのだが。

    私は正直、この本の主題がどこにこだわっているのか、最後までつかめなかった。
    だって、再三しつこいですけど、面対称じゃダメ・・・?

    この本に関しては、浅い理解で申し訳ないが、ただ、左と右って興味深いとは思う。
    幼児は文字を習得する初期によく鏡文字といわれる左右が反転した文字を書くが、上下を取り違えることはあまりない(「6」と「9」を間違える子はいるかもしれない(^^;))。
    幼児に「右」といっても通じないときは、「お箸を持つ方の手(*これも最近は左利きの子に配慮して使わないかもしれないが)」といったりする。つまり右と左は迷いがちなのだと思うのだ。私も幼児期、右左の区別が少し苦手だった。右を見てといわれると、一瞬あれっと思うこともあった。けれど、前を見てと言われて後ろを見たことはない(当たり前か)。
    右と左って、「向かって右」とか「自分から見て左」とか、基準次第で相対的なものでもある。

    世の中には「左右盲」と呼ばれる人もいると本書に紹介されている。文字通り、左右がわからないことを指すようで、このあたり、もう少し突っ込んで知りたかった気もする。

    右と左を迷いやすいのは、やはり人の体が基本的には左右対称にできているからだろうか?
    目が横に2つあることも関係あるのか? 例えば目が2つではあっても縦に並んで2つだったら見える世界や空間認識は違うのかな?

    ・・・何だか明後日の方向に着地しつつも、わからないなりに読む時間を楽しんだ本ではあったのだ、本当に。


    <参考>
    *朝永振一郎だって考えた。『鏡の中の物理学』

  • 「何故、鏡に映ると反転するのか?」この単純な疑問が過去から現代に至るまで長らく論争を繰り広げており、かつ現時点でもその明確な答えが出ていないことに関して驚きを隠せなかった。しかし、この単純な問題が何故現代に至るまで解かれていないのか、この本を読み進めていくことによってこの問題の奥深さを知ることが出来た。この本の筆者が行きついた答えは、鏡映反転というものは三種類の反転の組み合わせの違いによってもたらされるものであるというかなり斬新なものであった。でも、確かに文字の反転と身体の反転は同じようで違う。そして、最初は疑いの念が強かったこの説も本を読み進めていく上でその通りかもしれないと感じるようになっていった。何より面白かったのはこの現象が物理的現象ではなく心理的現象(認知心理学)によってもたらされるという点であった。確かに文字の反転とかは自分の頭の中に思い浮かべた文字との違いから反転を認識している(表象反転)。内容は中々難しく、一回読んだだけでは理解できてない部分は多々あるが、それでも心理的現象にもたらされる現象ではないかという考え方を享受出来た点において、中々価値のある内容だったのではないかと感じている。

  • これは面白い、鏡に映る像がどう見えるのか、それはなぜかは、光学反転、表象反転、視点反転という三つの多重プロセスによってもたらされることを論理的に説明し、データによって論証するもの。いや〜、鏡は深い。

  • 鏡に映ると左右が反転して見える。子供でも知っていそうなこのからくりが、紀元前から定説がなく、ノーベル賞学者まで交えて侃々諤々だとは驚いた。
    著者の説明は、鏡に垂直な面は確かに反転するが、左右や上下が反転しているわけではない、そのまま映しているだけ。考えたら確かにそうだ。
    その後は、では人間がなぜ反対だと認識するのか、という分析にページが割かれている。脳の不思議さが興味深い反面、こんな調査をしないといけないのかという疑問、被験者に「左右」を答えさているのだが、被験者の認識と言葉にギャップはないのか、など疑問も湧いた。 

  • なぜ鏡に映ると左右が反対になって見えるのか。上下は
    そのままなのに、なぜ左右だけが反転するのか。この本
    を見た時、考えてみれば簡単に答を出せない問題である
    ことにハッとして早速読んでみることに。すると、何と
    その答は未だに定説を得ていないというではないか。
    どんどん興味が湧き出し、さぁいよいよこれから本題、
    というところで書いてあった一文で、私のこの本に
    対する興味は一気にトーンダウンしてしまった。その
    一文とは「鏡はその表面に垂直な方向だけを反転する」
    というもの。これを読んで、鏡映反転に対して私が
    持っていた疑問のほとんどが、あっという間に氷解して
    しまった。鏡は左右を反転させたりはしない。考えて
    みれば当たり前の話だ。私が右手を挙げれば、鏡に
    映った私が挙げているのも右手だ。ただ、私はそれを
    前後逆に、つまり裏側から見ているということなのだ。
    それでは上下が反転しないのは当然である。

    この本は、だが、そこから先の話を扱っている。それは
    「なぜ人はその前後逆になった映像を見て、左右が反転
    していると考えてしまうのか」という問題だ。すなわち
    それは脳内のお話であり、認知心理学の分野である。
    これでもかという丁寧な実験のおかげもあり、面白い
    内容にはなっているのだが、私にとっては蛇足のような
    ものだったかな(失礼)。

  • 読み始めた当初は物理的な話だと思っていたので、途中で混乱した。
    なぜ、鏡に映った◯◯を見て、右と左が反対になっていると「思う」のか、あるいは反対になってないと「思う」のか、のお話。
    最後まで読んでみても、正直、これってそこまでのめり込んで研究して知りたい話かな…と、気持ちがついていかなかった。

  • 鏡に見える自分の見え方、見方がこれだけ人それぞれなのかと。みんな自分と同じなのかとばかり思い込んでいた。まずそこに驚く。
    左右の不確かさ。揺らぎにも驚く。
    脳みその中でどう判断してるんだろ。けっこう適当なのは分かった。

  • [くるりんぱの怪]答えを知っているようで知らない、「なぜ鏡の中では左右が反転して見えるのか」という問いを糸口とし、鏡映反転という現象を解明しようと試みた作品。プラトン以来、数多くの哲学者や物理学者が挑んでは破れてきた身近な謎をめぐる科学ミステリーです。著者は、認知科学を専門とし、東京大学大学院で教鞭をとられている高野陽太郎。


    まず、鏡をめぐるこの問題に対する明確な解が、未だに存在していないという指摘に驚き。本書の概要を見て「あ、これ絶対に面白いタイプの本でしょ......」と感じて購入したのですが、その第一印象を軽々と超えてくる興味深い議論の数々に、知的好奇心が絶えず興奮と喜びを覚えた読書経験になりました。それにしても世の中には意外と知らないコトってたくさんあるもんなんだなぁ......。


    評者は子どもの頃、「鏡は左右を反転する」と説明されて、「いや、でも左腕は左に見えて右腕は右に見えるじゃん」と思っていたのですが、そう認識する理由もしっかりと解説されており、個人的な思い入れが(意図せずして)深い一冊になりました。ちなみに、基礎知識がまったくなくても、ところどころページを行き来しながら十分に読み通すことができる難易度だと思いますので、興味をお持ちになった方には迷わずオススメしたい作品です。

    〜そもそも、光学反転とうのは、純粋に物理的な現象ではなく、形態認知という心理的なプロセスがはたらいてこその現象なのである。〜

    そして著者の「おわりに」がまったく本論とは異なる意味で素晴らしい☆5つ

  • とても身近で自然の事のように受け入れている事が、実はそんなに単純な事ではなかった。右と左、視点反転、光学反転、???、全く不思議。

  • 非常に興味深かった。時間をかけて読むだけのことがある、刺激的な一冊だ。

    まず驚くのは、鏡に映ると左右反対になる理由には定説がないと書かれていることだ。そして読み出すと、ページを追いながらずっと、その理由にここまで複雑な説明が必要なのか?という疑問が頭を離れない。これは著者もそう書いているし、おそらく読者の多くが思うことではないだろうか。読み終えて、論理的に、また実証的に説得されながら、それでもなお、もっと単純なことではないのかなあという思いをぬぐい去ることができないのであった。

    そもそもわたしは「鏡に映ると左右反対になる」という言明がいまいちしっくりこない。だってそのまま映ってるじゃん。ただ、時計とか文字なんかは確かに逆に見える。となると、あまり違和感がないだけで、人間の姿も逆になってるってことかなあ…、という感じに(漠然と)思ってきた。

    だから最初のあたりは、議論の前提にのれない感じがあった(特に第3章1「さまざまな鏡像」は納得できない。これは後述)のだが、第4章で「鏡映反転を否認する人」というくだりが登場して、俄然熱心に読む気になった。私と同じく「鏡に映ってる自分は別に左右反転してないし」と思う人は結構いるというのだ。「反転してる」と言う人にも「そういうことになってるから」という理由を挙げる人がいる。これはどういうことなのか。

    著者の考えた「多重プログラム」理論は、鏡映反転には三種類あって(詳しい説明は省くが)、人などの場合の「視点反転」と、文字などの「表象反転」とは別の原理による現象だとする。他の理論では説明できないことが、確かにこの理論ではうまく解釈できる。私のような「否認者」がいる理由も説明がつく。簡単に言うと、鏡像に視点を移動させる人とさせない人の違いだ。ここの説明はとても面白く、なぜそうなるのかという考察の中で、「右と左」について示唆に富んだ考え方が示されている。こういう、日常的なごく当たり前のことを厳密に考えてみるプロセスを目の当たりにするのは、本当に面白く、ワクワクする。著者の説明はいたって丁寧だ。

    最初に書いたように、全面的に納得!というわけではないのだけれど、読み返したり、引っかかりを整理したりしているうちに、じわじわこれが正解なのかという気がしてきた。誰かこういうことに興味のある人をつかまえて議論してみたくなる。そういう気持ちになる良書だと思う。



    ・第3章「さまざまな鏡像」で、「鏡に映ると上下が反転する場合もある」「反転しているかどうかわからない」例の写真があげられているが、実物が示されていないのはおかしい。文字の場合であっても、「反転している」という判断は、通常あくまでその実物に照らしてするものだろう。実物が逆さまの字であれば、「上下反転している」とは言わないのでは。

    ・第5章で、カーブミラーに映った自動車の例が出てきた。わたしはこのカーブミラーを見るのがすごく苦手で、いつも混乱してしまうのだが、その理由がこれでわかった。視点移動は自動車に対しても起こりやすく、私の場合それが中途半端で視点をどっちに置いているのかわからなくなるのだろう。

    ・「おわりに」に、著者が長年慢性疲労症候群に苦しめられてきたことが書かれている。症状はかなり重く、しかも20年という長期にわたって、闘病生活を送ってきたそうだ。大学の教員という職業柄、その苦労は並大抵のものではなかっただろう。私の友人の息子さんがやはりこの病気と診断され、高校二年生から三年近くほぼ寝たきりだったらしい。幸い彼は快復し、今年同級生から四年遅れて大学生になった。そのことを思い合わせ、しみじみと銀色の(鏡のような)本を眺めたのだった。

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