東海村臨界事故 被曝治療83日間の記録

  • 岩波書店 (2002年10月29日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (160ページ) / ISBN・EAN: 9784000058728

AIがまとめたこの本の要点

プレミアム

みんなの感想まとめ

この作品は、重大な放射線被曝事故を通じて、医療の倫理や人間の限界を深く考察するものです。事故の悲惨さや、医療関係者の献身的な努力が描かれ、特に被ばく患者の治療における苦悩や葛藤がリアルに伝わります。著...

感想・レビュー・書評

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  • これだけの重大事故で、これだけ悲惨な亡くなり方をした被害者が二人もいたにもかかわらず、「原子力の安全神話のもとに命の視点がないがしろにされている」という論理から「命の視点に立った、何かあった時のための医療体制を確立させる」という結論へ導かれていることに、時代の違いを感じる。
    本来なら、放射能というものがいかに人間の能力を越えた怖ろしいものであるかを実感し、ここまで医療面でも倫理面でも深刻な実例を目の当たりにしたならば、そもそも原子力というものに頼ろうとすること自体が問題視されるべきだろう。
    この事故が、管理しているJCOの体制の甘さが招いた結果であるからだったことを差し引いても、いかに私たちの頭の中に原子力の安全と推進の神話が刷り込まれていたのかがうかがえるというものだ。

    世界でも前例のない大量被ばく患者を前に、持てる知識と技術の全てを注ぎつくした医療関係の方々にはただただ頭が下がる。と同時に、被ばく事故云々とは別に、医療倫理というものを深く深く考えさせられた。
    また、医師や看護師という医療に携わる人々の、医療そのものに対する意識、普通の人間としての感情、倫理という面での問題など、本当に難しく答えのないぎりぎりのところで仕事をしているその尊さと難しさを思わずにはいられなかった。

    8シーベルト以上の放射能を浴びた人間の致死率は100%なのだそうだ。
    今かなりの難しい病気でも、これほど簡単に致死率が100%と言われるものはないのではないか。それほど進んだ医療をもってしても、放射能とはかようにも怖ろしい、人間の能力をはるかに超えた脅威の怪物なのだ。

    あっという間に読めてしまったが、涙なしには読めない。
    是非、いま原子力発電を推し進めようとしている全ての人に読んでもらいたい。
    原子力をコントロールするなど、人間の幻想でしかないのだ。

  • 読んでよかった。

    読んだのが、原爆の日というタイミングでもある。

    「体は設計図を失ってしまった」
    この事実が絶望そのもので恐怖でしかなく、どうせ死ぬならとにかく楽に…と願ってしまった。なぜ苦痛を強いる治療を続けたのか?とも。
    前川医師が引くに引けない状況だった、けれども、前川医師自身も献身的に大内さんに接していたことを思うと、治療が人体実験だったなどと言うのはあまりにも軽はずみなことだとわかる。
    意思の疎通がとれなくなった大内さんのいのちは、生かすしか道はなかった。家族も希望を棄てていなかった。そんな状況で看護にあたった4人の看護師のインタビューはとても貴重。
    間違いもなければ正解もない。

    それでも、タラレバの話をするなら…
    大内さんにこれから起こることを告知していれば、話せるうちに大内さんの意志を確認していれば、家族も医療関係者も何より大内さんが苦しまずに済んだのにな、と。

    ※ALS患者による安楽死依頼で逮捕者が出た頃、この本の存在を知った。
    この事件を受けて、各方面で様々な議論が起きたことと思うが、治療や看護など手を尽くしても「死」を避けられない人、という点で何か通じるものがある。

  • 放射線被曝、人災であるとともに、医療のあり方について問われる場面だと思いました。壮絶

  • 読んでおいて、知っておいて良かった。

  • 東海村臨界事故で被爆した3人のうち、もっとも高線量の被爆をした1人の治療記録である。一言でいえば壮絶だった。20シーベルトという、1年で浴びる放射線の許容量の2万倍という放射線を一瞬で浴びた体は、日が経つとともに凄惨な姿に変貌していく。骨髄が破壊されたため、血液が作り出せない。皮膚は剥がれ落ち、肉がむき出しになり、失われた体液の補充とともに、毎日大量の輸血がなされた。それの繰り返しで、現代医学では高線量放射線被爆に関しては全くの無力であることが、本書を読めばわかるであろう。およそ希望の持てる治療法はなく、ほとんど全て対処療法であった。唯一攻めの治療であった、骨髄移植も、最初こそ上手くいったように見えたが、結局は機能しなかった。その原因はよく分っていない。ここまですべきだったのかどうか私は疑問に思う。20シーベルトの放射線を浴びれば、現代医学では助かる見込みは100%ない。毎日苦痛を伴う検査を長時間施して、何か有望な治療をするのならいいけど、されていたのはほとんど延命治療であった。被害者は疲れ果て、変わり果て、最後は人工呼吸器で心臓が動いているだけという状態であった。ただ色々と賛否はあるだろうが、この壮絶な生の記録は、被爆の恐ろしさを知らしめてくれる記録は誰もが読んでおくべきだろうと思った。

  • 壮絶としか言いようがない。被爆した本人もだが、医療者も 
    放射能の怖さを まざまざと見せ付けられた。目に見えないが、体の中ででは 予想を上回る状態を次から次へと 
    放射能の影響で染色体が、バラバラになった写真は 驚愕だった。

    こんなに 怖い原子力を 何故 国は 推進するの?

  • 本書に先立って放送されたNHKドキュメンタリー、これを観た友人に聞いた話が鮮明に残っており以来ずっと気になっていた。昨年起きた福島の事故がきっかけとなり漸く手にする。

    被曝されたお二方と御遺族の無念を思えば胸が塞がれるような気持ちになってくる。そして治療する為に彼らを受け入れたのにも拘らず、全く歯が立たず対処的な処置しか出来なくなっていった医師や看護師、その他大勢の方々の苦悩、葛藤に、専門知識など皆無の私も心から頭を垂れる。

    この記録を読む限り、原子力をコントロール可能な代物とする結論は到底得られない。

  • 原発の現実。福島第一原発事故収束作業でどれだけの犠牲が隠蔽されているだろうか。そう思わせる。

  • ひとはこういう死に方をすべきじゃない。原発反対。

  • 1999年9月30日に起きた東海村臨界事故。
    本書は医療の立場から事故の検証をしたNHKスペシャル番組を書籍化したものである。
    日本、いや世界といってもいいだろう、どんな最新の技術や機器をもってしても、その治療をあざ笑うかのように被曝した臓器や組織を次々破壊しつくす中性子線はこの治療にあたった東大病院医療チームを絶望のどん底に突き落とした。
    被曝患者をどうしても救いたい前川医師、しかしそれは同時に被曝患者に生き地獄以上の苦しみを与えることにもなる。助けたい、けれど治療を続けることは果たして正しいことなのか?その狭間で苦悩する医療チーム。
    事故から83日後に大内氏は無残な姿となって力尽きた。そして前川医師が出した答えは「放射線の恐ろしさは人知の及ぶところではない。原子力という人間が制御し利用していると思っているものが、一歩間違うととんでもないことになる。そのとんでもないことに対して一介の医師が何をしてもどうしようもない、とても太刀打ちできない」ということだった。
    こうしてこの事故に関わったすべての者に苦しみを与えた「クリーンで安全」なはずの原子力とはいったい何なのか。本書は問い掛ける。しかし我々はこの重大な問いかけに耳を傾けることはなかった。
    そうしてこの事故から12年。東日本大震災によって起きてしまった福島第一原発事故。
    この東海村臨界事故関係者からの命の、そして原子力への問いかけを無視した代償は大きかったのではないか。

  • 事故後は普通に見える身体が、どんどん放射能に侵されていくところがとても怖かった。

  • 高濃縮ウランをバケツで汲んで沈殿槽に移す、という裏マニュアルによる作業で臨界事故が起こったのは、12年前のことだった(母が死んだのと同じ年)。もうそんなに前なのかと思う。私がフルタイムで働きはじめた最初の職場にいた頃である。

    この臨界事故で被曝した大内さんの83日間の治療記録が、新潮から『朽ちていった命―被曝治療83日間の記録』という文庫になっていると「ブックマーク」の読者からおしえてもらって図書館にリクエストしていたら、親本があったようで、そっちがきた。

    借りてきた日に、読んでしまった。『チェルノブイリの少年たち』でも、爆発した原子炉の処理にあたる「決死隊」が出てきたが、この東海の臨界事故でも「現場ではJCOの社員による決死隊が組織され、国の現地対策本部の指揮下で、臨界を収束させる作戦が展開された」(p.12)と出てくる。

    「決死」という言葉に、"安全"で"クリーン"ていうのは何やねんと思う。
    大内さんたちは、青い光(チェレンコフ光)を見た。当初、大内さんは8シーベルト以上の放射線を浴びたと推定された。死亡率は100パーセントという被曝量である。最終的には20シーベルト前後とされた。

    被曝2日後の大内さんに会った前川医師は、どこから見ても重症患者には見えなかったという。意識もしっかりしていた。東大病院が受け入れることになった。看護婦たちは、テレビでやってる被曝の患者さんが来るときいて、二次被曝を怖れた(この事故での大量被曝は中性子線とガンマ線によるもので、二次被曝の心配はほとんどなかった)。

    その看護婦たちも、転院してきた大内に「よろしくお願いします」と言われて、ふつうに会話をできる状態だとは思っていなかった、外見的にもかなりダメージを受けているだろうし、意識レベルも低いのではないかと想像していた、と語っている。「ひょっとしたらよくなるんじゃないか。治療したら退院できる状態になるんじゃないかな」という印象をもったという。

    だが、そんな印象と、現実のデータは全く違っていた。被曝4日目に採取された大内さんの骨髄細胞の顕微鏡写真にうつっていたものは、ずたずたに破壊され、バラバラになった染色体だった。血液専門の平井医師は「放射線というのは、なんと恐ろしいものなのだろうか」と呆然とする。

    放射線は「新しい細胞をつくりだすところ」にダメージを与える。バラバラの染色体は、新たな細胞がつくられなくなったことを示す。染色体破壊は、まず血液の異常としてあらわれた。リンパ球が全くなくなり、白血球も大幅に減少した。皮膚も古いものがはがれ落ちるばかりで、新しい皮膚ができなくなった。放射線障害はどんどんすすんでいった。

    「大内さんのように急性の放射線障害で二週間以上生きているケースがなく、参考になる文献も当然なかったのです」と皮膚科の帆足医師は言っている。

    すべてが手探りの治療。それも、被曝後50日後になる頃には、大内さんを引き受けた前川医師のなかにも治療を続けることへの迷いがうまれはじめていた。大内の治療にかかわった研修医の山口医師は、考え続けていた。
    ▼客観的に見ると生きながらえる見込みが非常に低い患者であることは、だれの目にも明らかだった。助かる見込みが非常に低いという状況のなかで、日に日に患者の姿が見るも無惨な姿になっていく。その患者の治療に膨大な医薬品や医療資源が使われていく。しかし、そうしておこなった処置は患者に苦痛を与えているのだ。医療者はこの状況に、この治療に、どこまで関わっていくことが許されるのか、山口はつねに考えつづけていた。(p.94)

    看護婦たちもつらくなっていた。ここに寝ているボロボロの体でまわりに機械が付いている人が、大内さんと思えない状態なのだった。転院してきたときには会話を交わしていた、妻に語りかけていた、あの大内さんを思い出しながらでないと、看護ができなくなってきていた。

    被曝後83日目、大内さんは35歳で亡くなった。

    名和看護婦は、大内と出会い、そのケアを担当して自分が変わったと思うとこう話している。
    ▼自分にとって大切な人とはいっぱい話をして、その人がもし口もきけなくなって、治療するかしないかという選択を迫られたときに、この人はこういう人だったからこの治療は続けてくださいとか、この治療はやめてくださいとか、そういうことが言えるくらい、たくさんたくさん話をしたいと思うようになりました。(p.144)

    「原子力防災の施策のなかで、人命軽視がはなはだしい」と大内さんが亡くなったときの記者会見で前川医師は言った。被曝治療の位置づけが非常に低いことを前川医師は身を以て知ったのだった。

    ▼事故など起きるはずがない――。
     原子力安全神話という虚構のなかで、医療対策はかえりみられることなく、臨界事故が起きた。国の法律にも、亡妻基本計画にも、医者の視点、すなわち「医の視点」が決定的に欠けていた。
     放射線の恐ろしさは、人知の及ぶところではなかった。今回の臨界事故で核分裂反応を起こしたウランは、重量に換算すると、わずか1000分の1グラムだった。原子力という、人間が制御し利用していると思っているものが、一歩間違うととんでもないことになる、そのとんでもないことにたいして、一介の医師が何をしてもどうしようもない。どんな最新の技術や機器をもってしても、とても太刀打ちできない。その破滅的な影響の前では、人の命は本当にか細い。(pp.155-156)

    本には、東大転院時(被曝8日後)には赤くはれているだけだった右手が、被曝26日後には表皮が失われ赤黒く変色している様子が写真で並べて掲載されている。この写真は、小出裕章さんの「隠される原子力」の講演(http://youtu.be/4gFxKiOGSDk)にも出てくる。

  • 山岸涼子氏の短編漫画「パエトーン」を思い出す。
    身の程を知らず、御し仕切れない日輪の馬車を暴走させ、地上を焼き尽くした愚行。
    原子力、放射能、ウラン、安全である有用であると言いながらも、決められたルールも守れず、作業の危険性を十分に知らせずに、現場の職員に業務を行わせていたその行為は、まさに「パエトーン」だ。
    当時、放映を見た時は大変にショックだった。
    ショックが大きすぎて、詳細が頭にはいらなかった。
    今回は、文章でしっかり読むことができた。
    被爆によって、身体が破壊されるということ。
    全力で治療にあたった医療関係者の思い。
    なによりも、最後まで頑張った、ご本人と家族の方々の力。
    司法解剖の結果、他の痛々しく破壊つくされた臓器のなかで、心臓の筋肉だけは鮮やかに赤く残っていたとのこと。
    もっともっと、家族とともに生き続けたかったことでしょう。
    心より御冥福をお祈りいたします。

  • 単行本が絶版?で、文庫版もまだ、という状況で中古購入したので高かったです(今は文庫版あり)。でも内容は、それに値するものでした。

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