最近読んだ夏目漱石の弟子(俳句の)で、中谷宇吉郎の師(物理の)である寺田寅彦の、晩年の随筆を集めたもの。
編者の小宮豊隆も漱石の弟子でしたね。
昭和8年から9年にかけて書かれた随筆ですが、私から見ると明治のにおいがかなり濃厚。
それはなぜかというと、文章から立ち上る空気というか、日差しの強さ、土埃のけぶる道、草花の濃密な匂いが私の知っている昭和よりもかなり強いから。
ああ、戦前の昭和は、まだ明治がこんなにも近かったんだなあと思いました。
さて、科学者としての寺田寅彦の業績はよくわかりませんが、身近な現象から思いもかけない着地点に到達する思考の幅が素晴らしいと思いました。
そして、本来は難しいはずの科学を、素人にもわかりやすく伝える文章の読みやすさ。
難しいものをやさしく書くことは簡単ではない。
しかしそれが出来た時、書いた本人の頭のなかもわかりやすく整理されているのだそうです。
振動に対する感覚の実験をしていて、われわれの「寿命」すなわち「生きる期間」の長短を測る単位は、われわれの身体の固有振動周期だということに思い至る著者。
これって、昔流行った『ゾウの時間、ネズミの時間』のことだよね。
なるほど~。
この中で読みたかったのは「科学者とあたま」
“頭のいい人は批評家に適するが行為の人にはなりにくい。すべての行為には危険が伴うからである。けがを恐れる人は大工にはなれない。失敗をこわがる人は科学者にはなれない。科学もやはり頭の悪い命知らずの死骸の山の上に築かれた殿堂であり、血の川のほとりに咲いた花園である。一身の利害に対して頭がよい人は戦士にはなりにくい。”
失敗を恐れない人。
人のためになってこその科学という信念の人。
ものすごく防災の重要性を主張した人。
頭の切れる、しかし心の柔らかな人だと思いました。