銀の匙 (ワイド版岩波文庫 173)

  • 岩波書店 (2001年1月16日発売)
3.68
  • (15)
  • (22)
  • (18)
  • (7)
  • (1)
本棚登録 : 172
感想 : 22
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 (232ページ) / ISBN・EAN: 9784000071734

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 主人公の子供時代の心の内が淡々と 綴られている小説。
    大きな 盛り上がりもなく、「あっ、終わったんだ 」みたいな感じの小説。
    最後の解説を読むと、夏目漱石が高く評価していたよう。確かに夏目漱石っぽい。
    文章を書く人 からすれば子供の頃のことが子供のままの心で書かれていることが 評価に値するのかもしれないが 読むだけの人からすればいまいちに感じた。

  • なんてことない子供のころの体験の随筆。

    けれど、言葉がとても美しいように感じる。

    一冊一気に読もうと思ったら多分ちょっと退屈かも。
    でも、一話一話読んでいくと、なんだか、ほうっとするような。

    つついたらすぐ泣いちゃうような少年が、
    いつの間にか、確固たる自己をもって周りを観るように
    なってゆく。

    空に光る冷たい石をおほしさまとさまをつけて呼ぶ心を
    持ち続けたいものだ。

    中学か、高校か、国語の授業でこれ一冊を一年かけて読む、とゆーのをやられていた、という話を聞いたことがあるんだが、一体どうゆう感じでこれを授業にするのだろう?
    そーゆー授業、受けてみたかったなあ。

  • 病弱な体質ながらも子供ながらに喜びや悲しみを見つけながらとゆっくり時間が流れていく。目に映るささいな物に心を震わせる幼いならではの感受性。
    その場面場面の感情を書いているけど淡々としていて
    その小さな世界の感じが良かった。
    伯母と戦ごっこをする描写がかわいい。
    伯母がいい人だなぁ…最後の別れの時は悲しかった。

  • 子供の時の思いが、ふつふつと、甦る。そんな本。

  • 再読です。
    なので、しっかり作品を味わうため敢えてゆっくりと読み直しました。

    初めて読んだときも感じたのですが、物語の展開を楽しむ所謂エンターテイメント小説や感動を呼ぶ小説とは違う、心情や風景を美しい表現で鮮やかに描写する文章を「味わう楽しさ・面白さ」がこの作品にはありました。小説のもう一つの楽しみ方を目覚めさせてくれた作品でした。

    これは、作者である中勘助自身の病弱だった幼少期(明治末期から大正初期)を回想する一人称視点の自伝的な作品です。

    遠いある日、茶箪笥の引き出しの中から小さな銀の匙を見つけますが、それは、産後の肥立ちが良くない母に代わって面倒をみてくれた伯母さんが、幼い頃の病弱な自分に薬を飲ませるために用意したものであったことを、母から聞かされます。

    その小さな銀の匙は、今でも書斎の本箱の引き出しの中にある、昔からお気に入りの小箱の中に大事にしまってあり、ときどき取り出しては、丁寧に曇りを拭って飽きずに眺めては、自分の幼い頃の記憶や思い出を辿っていくという物語です。

    幼い頃の記憶や思い出にも次第に子供としての成長を感じることが出来ます。
    以下、美しいと感じた文章、状況を細やかに描写していると感じた文章、心情を鮮やかに描写していると感じた文章の、ほんの一部を抜粋しながら、成長していく様子を紹介したいと思います。

    (以下、「 」内は小説から原文のままの抜粋です)

    病弱だったせいで家の中で過ごすことが多く、外に出るときは必ず伯母さんの背中にかじりついていました。
    その頃は、小さな鈴と成田山のお守りをさげていましたが、伯母さんの工夫で、お守りは怪我のないため、溝や川へ落ちないため、鈴はもしもはぐれたときにその音を聞きつけて探すためのものでした。
    しかし、年がら年中、背中からおりたことのない子には鈴もお守りも無用のものであったと、大人になった今では思います。

    「伯母さん以外の者には笑顔を見せることは殆どなく、また自分から口をきくことはおろか家の者になにかいわれてもろくに返事もせず、よっぽど機嫌のいい時ですらやっと黙ってうなずくくらいのもので、意気地なしの人みしりばかりして、知らない人の顔さえみれば背中に顔をかくして泣きだすのか常であった。」

    その頃の様子や性格がよくわかる細やかな表現の文章で、どこに行くにも伯母さんから離れることはなく、良く言えば愛情深く大切に、少し悪く言えばすっかり甘やかされて、伯母さんの手ひとつで育てられたことがわかります。

    このため、遊び相手はもっぱら伯母さんだけだったのが、やがて「お国さん」という同い年の女の子と遊ぶようになります。その頃の様子を、
    「あの静かな子供の日の遊びを心からなつかしくおもう。そのうちにも楽しいのは夕がたの遊びであった。ことに夏のはじめなど日があかあかと夕ばえの雲になごりをとどめて暮れてゆくのをみながら もうじき帰らなければ とおもえば残り惜しくなって子供たちはいっそう遊びにふける。」
    「夕ばえの雲の色もあせてゆけばこっそりと待ちかまえてた月がほのかにさしてくる。二人はその柔和なおもてをあおいで お月様いくつ をうたう。」
    などと美しい文章で懐かしみます。

    8歳になって二人とも学校へ行かなければならない年齢となりますが、行くことに抵抗する様子と説得する父母とのやりとりの描写がまた面白い。
    「母は 学校へ行かなければえらい人になれない という。私は えらい人なんぞにならないでもいい といった。父は 学校へ行かない子は家におかない という。私は 伯母さんといっしょにおもちゃ箱をもって出てゆく といった。」
    子どもの知恵をしぼった抗弁は聞き入れられず、
    「そのうちにも委細かまわず鞄が買われて、厚紙の筆入れや、大きな手習いの筆や、すっかり揃ってしまった。」のです。

    「あたしも毎日叱られてる」というお国さんとの、学校に行かないことを約束する子供どうしの会話も微笑ましく感じました。

    学校に行くようになると、同級生の悪ガキたちとの不本意な関わりを経験し、ある日、喧嘩をして先生に叱られ学校に残されても、「私も帰りたいのは山山だけれど悪くもないのを残されたのが業腹(ごうはら)なのでいつまでも泣きかかってはこらえ、泣きかかってはこらえしていた。」
    頑として自分から謝ることはなく、子供ながらに意地を貫きます。その頃の性格が想像できる文章だと思います。

    このあたりは、伯母さんから過保護に育てられ、どんな我儘も許される幼少期を過ごしてきたことに原因があるのかもしれません。

    その後、お国さんは引っ越してしまいますが、9歳になって、今度は隣に「お蕙ちゃん」というやはり同い年の女の子が引っ越して来て仲良くなります(学校へ通うようになっても、なぜか仲良くなるのは女の子ばかり)。

    しかし、お蕙ちゃんからの屈辱的なひと言で、いっとき二人は疎遠になるものの、お蕙ちゃんから言われたことをきっかけに、急に勉強するようになって成績も良くなると、
    「ひと皮ぬいだように世界が新しく明るく」感じるようになります。
    心境の変化がよく分かる表現だと思います。

    お蕙ちゃんとも、
    「私はその日美しく芽ぐんで今にも葉をさすまでになりながら花もつけずに根をたえかかった友情の若草がふたたび春の光にあって甘やかに蘇るであろうことをねがってたし、お蕙ちゃんとても同じ気持ちでいる様子はみえたけど、ただなんとなくつぎほがなくてお互になにかいい折のあるのを待っていた。」ところ、
    ある日、悪ガキによるイジメからお蕙ちゃんを助けると、そのときお蕙ちゃんは、
    「誰かしら というように袖のかげから顔を見合わせたときにさも嬉しそうににっこり笑った。長いまつ毛が濡れて大きな眼が美しく染まっていた。そののち二人の友情は、いま咲くばかり薫をふくんでふくらんでいる牡丹の蕾がこそぐるほどの蝶の羽風にさえほころびるように、ふたりの友情はやがてうちとけてむつびあうようになった。」
    と美しく細やかな表現で鮮やかに心情を描写しています。

    こうして二人は再び仲良くなるのですが、ここは私が一番好きな心理描写の場面です。

    そして毎日遊び終えて、家に帰るときには、
    「別れるときには明日の遊びの誓いのために小指をからめあって指のぬけるほど指っきりをし」、二人の気持ちがよくわかる描写で、帰りたくない様子を見せながら各々の家に帰る二人でした。

    しかし楽しい日々は続かず、お蕙ちゃんは父親が亡くなったために、母親と祖母と一緒に故郷に帰ることなります。引っ越しの日、
    「(お蕙ちゃんは)お祖母様に手をひかれて玄関まで暇乞いに来た。私はいつもの大人びた言葉つきでしとやかに挨拶をするお蕙ちゃんの声をきいて飛んでも出たいのを急に訳のわからない恥しさがこみあげてうじうじと襖のかげにかくれていた。お蕙ちゃんはいってしまった。」

    「お蕙ちゃんはお雛様のときの着物を着てきたという。ひとり机のまえに坐って なぜあわなかったろう とかいもない涙にくれて」後悔し悲しみにくれた翌る日、

    「私は誰より先に学校へ行った。そうしてそっとお蕙ちゃんの席に腰かけてみたら今更のようになつかしさが湧きおこってじいっと机をかかえていた。」

    と20年も昔の話を、これほどまでに細かく鮮やかに描写しているのには、本当に驚きでした。

    以上が前編。
    後編では日清戦争が始まり、小学高学年から17歳深までの成長の様子が描かれています。自我が強くなり先生や兄と衝突することが多くなります。そんな中、人に誘われて遊びに行った少林寺という寺で、貞ちゃんというひとつ年下の子と知り合いになります。

    そこでは、これまで「病身をたてに兄弟じゅうではいちばん寛大にとりあつかわれて随分我儘にしてきたのだけれど」「子供が遊ばねばならぬような遊びかたをしたこともなく、遊び場ももっていなかったゆえ、そんな子供のために開放されたかのごとき扉なしの山門の中は私にとって到底忘れることのできない自由の天地であった。」とその頃を懐かしく思い、

    二人は「その季節季節に実のなる木から木へと小鳥のように」渡り歩き、
    「広い庭のあちこちにつくられた花壇や沢山ある立木にはそのおりおりに花の絶えることがなかった。」と振り返ります。

    ここでは沢山の花や植物の名前が出てきて、その頃の様子を具体的に思い浮かべようとすると植物図鑑が必要だという思いがしました。

    「夏のはじめにはこの庭の自然は最も私の心を楽しませた。春の暮の霞にいきれるような、南風と北風が交互に吹いて寒暖時雨の常なく落ちつきのない季節がすぎ、天地はまったくわかわかしくさえざえしい初夏の領となる。空は水のように澄み、日光はあふれ、すず風は吹きおち、紫の影はそよぎ、あの陰鬱な槙の木までが心からかいつになくはれやかにみえる。」
    「そんなときに私は小暗い槙の木の蔭に立って静かにくれてゆく遠山の色に見とれるのが好きであった。青田がみえ、森がみえ、風のはこでくる水車の音と蛙の声がきこえ、むこうの高台の木立のなかからは鐘の音がこうこうと響いてくる。」
    と、美しい風景描写が続きます。

    ただ、最後の
    「・・・私は鎖をひきずる囚人が己の姿を愧ずるような気もちでいつもうなだれて足もとを見つめながら考えこんで歩くのが癖であった。」
    という文章に、小学高学年の年頃でありながらそのような気持ち(憂鬱症?)でいたことを想像し、息をのむような切ないような思いがしました。

    その後、かつて深い愛情たっぷりに育ててもらった伯母さんとの再会と別れや、友人の美しい姉様との出会いと別れが描かれていますが、友人の美しい姉様との出会いでは、
    「初対面の挨拶をするのがなにより難儀だ。そうして馴染みのない人のまえに畏まってるつらさといえばなにか眼にみえない縄で縛りつけられているようようで、しまいには眉毛のあいだがひきしめられて肩のへんが焼けつきそうに熱くなってくる。」
    と17歳になっても人見知りな性格は相変わらずで、別れ際でも、暇乞いの挨拶に来られて「ご機嫌よう」といわれても聞こえないふり。「私はどうしてひと言挨拶をしなかったろう。」と後悔するのは、お蕙ちゃんとの別れの時と同じで、読んでるこちらも、もどかしい思いがしました。

    「そうして力なく机に両方の肱をついて、頬のようにほのかに赤らみ、顎のようにふくらかにくびれた水蜜を手のひらにそうっとつつむように唇にあててその濃(こまやか)なはだをとおしてもれだす甘い匂をかぎながらまた新な涙を流した。」
    という文章でこの作品は終わりますが、別れを悲しむ涙ではなく、自分でもその不甲斐ない性格を悔やんで流した涙だと思いました。そうでなければ、あまりにも情け無い・・・。

  • 退屈すぎて、流し読み。

    エチ先生の本を読む前に、本物を読んでおこうって思ったのですが、大失敗。

    日常の話だけで、エンタメ性が皆無です。
    随筆なので仕方ないのですが…

    文学的な素養のない私には、全く面白さがわからず。

    こういう退屈な本を子供に読ませたら、本を読む習慣なんて身につかないと思うんだよな~

    あまりオススメしません。

  • 小学生の頃に読んだら、つまらない本だと思った。今の自分の日常と変わらない事が書いてあったから。なにが面白いのかわからなかった。今は、母がこの本をすすめてくれた気持ちがよくわかる。一生のうちに何度も読みたい本。読むたびに発見がある。

  • すべての情景に生き生きと血が通い、なによりも文章そのものが美しい。
    大人の回顧した子供時代の情景というより子供の感じたものそのものが描かれている印象。

  • 子供の時代の美しさが閉じ込められた文章。
    幼き日の短い生涯の中でも移ろいゆく時への感傷を持つ心が胸を打つ。

  • 人の成長は、周囲に促されて進むのではなく、自分の実感、経験によって進むのだと感じた。
    お惠ちゃんとのやり取りは甘酸っぱい想いがした。
    母親に叱られて富公と遊ばなくなる、これが昔の姿か。
    大正元年の作品。

  • 「そのとき子供の小さな口へ薬をすくいいれるのには普通の匙では具合がわるいので伯母さんがどこからかこんな匙をさがしてきて始終薬を含ませてくれたのだという話をきき、自分ではついぞ知らないことがなんとなくなくかしくてはなしともなくなってしまった。」

    「生きもののうちでは人間がいちばんきらいだった。」

    「あだかもお互いの友情が手から手へ織りわたされるかのようにむつましくそんなにして遊びくらした。」

    「私はそのにらめっこが大きらいであった。それは自分が負けるからではなくて、お惠ちゃんの整った顔が白目をだしたり、わに口になったり、見るも無残な片輪になるのがしんじつ情けなかったからである。」

    「先生だってやっぱり人間だとおもうから」

    「そうして力なく机に両方のひじをついて、頬のようにほのかに赤らみ、顎のようにふくらかにくびれた水密をてのひらにそうっとつつむようにくちびるにあてて、その濃やかなはだをとおしてもれだす甘いにおいをかぎながらまた新たなる涙を流した。」


    ずっと読んでみたいなと思ってた
    夏目漱石が絶賛したという名作

    これはこれでいいのかな
    思わずクスクス笑いたくなるところもあり

    ふっくらとした音のする、とか
    そういう表現がわりと好み

  • 子供は楽しみだけでなく、哀しみも見抜いてる。

  • 自分の子供の頃が思い出されてくるような気がしました。
    自分にとっての「伯母さん」はおばあちゃんかなあ。
    その時々の思いが大げさでなく綴られてて、
    情景が浮かんできました。
    小さい頃の伯母さんや友達との日々の前編も良かったけど、
    お兄さんの思いのありがた迷惑度合いが
    そこまでこねくった様な表現に?と笑えてしまいましたが。
    後編の伯母さんの行は、良かったなあ。

  • 濃密な文章、鮮やかな描写、幼少期のノスタルジー。

  • 中さんの表現が好きです。かわいいもの、やさしいもの、温かい何かが言葉にまで沁みこんでいる。中さんの詩集も好きです。小説ですが、中さんの子供時代のお話です。

全15件中 1 - 15件を表示

著者プロフィール

1885年、東京に生まれる。小説家、詩人。東京大学国文学科卒業。夏目漱石に師事。漱石の推薦で『銀の匙』を『東京朝日新聞』に連載。主な著作に小説『提婆達多』『犬』、詩集に『琅玕』『飛鳥』などがある。

「2019年 『銀の匙』 で使われていた紹介文から引用しています。」

中勘助の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×