コーラン (中) (ワイド版岩波文庫 240)

  • 岩波書店 (2004年4月16日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (312ページ) / ISBN・EAN: 9784000072403

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  • 十一,フード
    「もしもわしの作り話しなら、わしが自分でその罪を負わねばなるまい。わしはお前たちと違って、そのような罪は犯しはせぬ」
    「ヌーフ、あれは汝の家族ではない。彼の所業は義しくない。知りもしないことで口出ししてはならぬ。よいか、申し渡しておくぞ。汝不義なすやからのまねをしてはならぬ」

    十二,ユースフ
    一切のものの深い意味を解き明かし、また信仰ふかい人々のための正しい導きとも、恩寵ともなるものなのである。

    十三,雷鳴
    汝の以前にも、多くの使徒が嘲笑された。わしはそのような罰当りどもに猶予を与えておいて、やがてとらえてやった。わしの下す罰のいかに恐ろしいものであったことか。

    時代ごとにそれぞれ啓典があって、アッラーは御心のままに消したり、確定したりなさる。御手元には啓典の母体をおもちになっておられるから。

    汝の役目はただ伝えさえすればよい。勘定は我らが引き受ける。

    「わしとお前たちと、証人はアッラーと啓典のことを識っている人だけで沢山だ」

    十四,イブラーヒーム
    これが全人類への御伝言。みながこれを聞いてわが非を悟り、また彼こそ唯一の神であることを知り、そして心ある者すべてが深く反省するようになってほしいもの。

    十五,アル・ヒジュル
    汝より以前にも、我らは遠い昔の人々のいろいろな集団に遣わしたが、使徒がやって来ると、みなきまったように嘲笑したものであった。
    彼らは、どれほど昔の人々の先例があっても、やはり信仰しようとはしない。

    「主よ、貴方のおかげで大変な迷いの道に踏みこんでしまったお返しに、必ず地上の連中を騙かして、一人のこらず迷いの道に誘いこんでやりましょう。もっとも、人々の中で特に熱心な貴方の僕だけはどうにもなりませぬが」
    「わしの僕にたいしては、汝などになんの権利もありはせぬ。汝の自由にできるのは、向うから好んで汝の後について行くような性根の曲った者ばかり。そのような者どもは、いまに必ず、ジャハンナムの中に叩き込んでやる。」

    あの者どもに我らがいささかよい目を見せてやったからというて、そう、羨ましそうに眺めるものではない。悲しがるものではない。それより、信者たちの上に翼をおろしてやるがよい。そしてこう言うがよい。「わしは正真正銘、警告者だ」と。

    汝はただ命ぜられることだけを宣言しておればよい。
    嘲笑する者どものことは、我らにまかしておくがよい。

    十六,蜜蜂
    「汝らに平安あれ。さ、楽園に入るがよい、汝らがしてきた褒美として。」

    彼らが背を向けてしまうならば、汝はただこのまぎれもないお言葉を伝えさえすればそれでよい。彼らは、アッラーのお恵みをそれと認めておきながら、なおも知らぬ顔をする。大抵の人間は信仰心をもたぬもの。

    我ら各民族ごとに証言者を一人ずつ立てるその日、そうなったが最後、信仰なき者ども、もう絶対にゆるされず、撤回を求められることもあるまいぞ。
    我らはまた汝を連れ出してこの者どもにたいする証言者となすであろう。

    お前たちの手元にあるものはみんないつかはなくなってしまう。アッラーのお手元にあるものは永久に残る。

    やがて、一人一人が自分自身の弁護をさせられる日が来れば、誰もが自分のしたことの充分の報いを頂戴し、決して不当な扱いを受けることはないであろう。

    十七,夜の旅
    人間は善いことを祈ると同じ調子で悪いことを祈る。まことに人間は、大変なあわてもの。

    我らは或る人々に他よりも多くの恩寵を与えてやった。だが、来世では、さらに多くの段階、さらに多くの恩寵の差がある。

    十八,洞窟
    汝も、うっかりすると、彼らがこの言葉を信じないというて、彼らの後を追いかけ廻しているうちに、悲しみのあまりやつれ果ててしまうかも知れないぞ。

    財産や息子たちは現世の飾り。だが永久に残る義しい行いの方が、神様の御もとでは、御褒美から言っても、希望から言っても遙かにまさる。

    つくづく、人間というは文句の多い者。
    御導きを戴いたら、さっさと信仰に入り、主のお赦しを請うてしまえばいいものを、きっと、天罰の襲ってくるところを我が目で見たいとでもいうのに相違あるまい。

    十九,マルヤム
    汝気づかなかったか。我ら、あの罰当たりどもにはシャイターンたちを遣わして、盛んにけしかけさせておるのだ。されば、汝は、何もそうあわてて彼らをやっつけようとしなくともよい。我らが数を数えているだけのこと。

    この者どもより以前に、我らが滅ぼしてやった世代がどれほどたくさんあることか。その人々のうちただの一人でも見かけたか。その人々の囁き声一つでも聞こえるか。

    二十,ター・ハー
    「みんな待っておる。お前たちも待っているがよい。坦な道を行く者は誰か、正しい道を辿っているのは誰か、やがてお前たちにもはっきりわかる日が来よう」

    二十四,光り
    自分だけしか証人がない場合は、アッラーに誓って自分の言うことが嘘でないことを四度繰り返して証言し、五度目には、もし自分が嘘ついたなら、アッラーの呪詛がかかりますようにと誓うがよい。

    二十五,天啓
    偽りの証言は一切せず、無駄口たたいている人々があってもその傍を凛として通り過ぎて行く。
    主のお徴の話しが出れば、聾か盲のように聞き流してしまうようなことはない。

    二十七,蟻
    来世を信じようとせぬ者どもは、我らのはからいで目が眩み、己が所業を立派なものと思いこみ、ああして当てもなく彷徨っている。恐ろしい天罰を蒙るのはああいう人々。

    汝はなにもあのような者どものことを悲しがることはない。彼らがどのような悪だくみしようと、心を痛めることはない。

    汝もアッラーに全幅の信頼をお寄せ申せ。汝はまごうかたない真理の上に立っておるのだから。

    死者にいくらもの言ったとて聞こえはしない。それと同じで、聾にいくら呼びかけたとて、向こうがよそ向いて行ってしまうかぎりなにも聞こえるはずがない。

    盲を迷いから連れ出すことなど汝にできることではない。

    二十八,物語り
    言ってやるがよい、「それでは、この二つよりもっと立派な道案内になる啓典をアッラーのお手元から戴いて来い、従ってやるから。」

    アッラーは、おの男よりもっと力もあり、もっと手下も多い人々すら何代も何代も滅ぼしておしまいになったことを彼は知らないのか。

    三十,ギリシア人
    彼らの知っているのは現世の上面だけ。来世のことなど、まるっきり頓着なし。

    汝はひたすら宗教に顔を向けるがよい。純正な信仰の人として。これこそアッラーが人間を創造し給うたそのままの本然の姿。

    わけのわからぬ人々の心には、アッラーが封印しておしまいになるのだから。辛抱せよ。アッラーのお約束は必ず実現する。
    無信仰のやからにたばかられて、汝までぐらつくようなことがあってはならぬ。

    三十三,部族同盟
    我ら始め、天や地や山々にこの荷物預ってくれぬかと言って見たけれど、みなとても重くて持ちきれませぬと尻込みし、怖れるばかり。人間だけが引受けたのはよかったが、忽ち横暴で無道者の本性発揮した。

  • なるほど、トーンが説話的に変わってきた。老人のヒステリーから、老人の繰言、程度に。冒頭の3文字は著述者とか話す人格を表してるんじゃないかと思うほど、トーンにばらつき。

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著者プロフィール

1914年、東京都生まれ。1949年、慶應義塾大学文学部で講義「言語学概論」を開始、他にもギリシャ語、ギリシャ哲学、ロシア文学などの授業を担当した。『アラビア思想史』『神秘哲学』や『コーラン』の翻訳、英文処女著作Language and Magic などを発表。
 1959年から海外に拠点を移しマギル大学やイラン王立哲学アカデミーで研究に従事、エラノス会議などで精力的に講演活動も行った。この時期は英文で研究書の執筆に専念し、God and Man in the Koran, The Concept of Belief in Islamic Theology, Sufism and Taoism などを刊行。
 1979年、日本に帰国してからは、日本語による著作や論文の執筆に勤しみ、『イスラーム文化』『意識と本質』などの代表作を発表した。93年、死去。『井筒俊彦全集』(全12巻、別巻1、2013年-2016年)。

「2019年 『スーフィズムと老荘思想 下』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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