君たちはどう生きるか (ワイド版岩波文庫 268)

  • 岩波書店 (2006年4月14日発売)
3.98
  • (45)
  • (40)
  • (38)
  • (3)
  • (1)
本棚登録 : 492
感想 : 62
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 (352ページ) / ISBN・EAN: 9784000072687

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 岩波文庫版よりもこちらの方が文字が大きく読みやすい。

    スタジオジブリの最新作が来年の夏に公開される予定だ。本書はこの映画の題名のもとになっている(内容は全然別物らしい)。

    物語の主人公コペル君は15歳の中学2年生。学校など日常生活を送る中で感じたことに対して、叔父さんが「おじさんのノート」として手紙をしたためる。

    最初はおじさんの気持ちになって読んでいたが、とんでもない。自分はコペル君の域にも達していないことを痛感した。なにより経験を自分の糧にできていない。自分の頭で考えるということが全くできていない。

    最後の丸山眞男の解説を読んで、読みの浅さもよくわかった。

    読んでいて情けなくなった。もっと精進せねば。

  • ちょっと前にえらくはやったこの本をいまさらながらに読んでみた。たぶん若者に対する有意義なメッセージが込められているとかいうことで話題になったんだと記憶しているけどそれほどのものでもない気がした。
    ただ、この物語が書かれた昭和の戦前の時代ってこういう文化があったのだろうなと思う。「こういう文化」っていうのは次代を担う少年たち(少女ではなく)に上質なものを与え、大志をもった立派な人(≒男)として生きていくことを教えるような文化という意味。たとえば『クオレ物語』なんかも同じ系譜だと思う。
    上述のことと根っこが共通してそうなんだけど、読みながらびっくりしたのはコペル君をはじめとした学友たちの豊かな生活。コペル君は銀行役員だったお父さんが亡くなって小さい家に引っ越したけど、それでも使用人が2人もいる。下町住まいの級友の家に行って初めてたいやきを食べたというのにもびっくりした。
    つまり、彼らは特権階級の家に生まれた男児なわけで、だからこそ「君たちはどう生きるか」ということを考える立場にあるというわけ。それは貧しい者への慈しみをもつとか、「男らしく」卑怯なことをせず公正に生きるということであり、それは持てる者の務めということだろう。
    いまの日本は表向き総中流的な意識が蔓延しているし、ジェンダー平等的な考えも取り入れることが奨励され、それはそれでいいことかもしれないけど、「君たちはどう生きるか」が示唆しているようなことを身につけるにはちょっと難しい時代かも。それがこの本がはやった理由のひとつじゃないかな。倫理や道徳という普遍的なものでありながら、現代の文脈では表現できず、昔の文脈を借りてくるしかなかったということだろう。

  • 特に「六 雪の日の出来事」「七 石段の思い出」が好きだ。
    どうしておなかの中で思っていただけで行動しなかったんだろう。自分は卑怯者だという悔悟がいつまでもじくじくと胸に残る。嫌なものだ。避けられるものならば避けなければならない。そんなことを思い出させてくれた。美しい説話だ。

  • コペル君と叔父さんのノートでのやり取り、友達との関係で人はどう生きるべきかを問いかけ、導いている。
    自分が死んでしまいたいと思うほど後悔する行動をとってしまったことを認めるのはつらい。言い訳を考えて認めまいとするが、そこをきちんと認めてその為に苦しむことができるのは人間だけ。過ちは誰でもあるが、そこから学び立ち直ることもできる。
    消費専門で何一つ生産出来ないが、いい人間になることはできる。
    人間同士、お互い好意で尽くす関係が、本当に人間らしい関係ではないか。

  • 半古典だと思えば、設定の古さへの違和感は減じる。

    今、こういうの、誰が書けるだろう。

  • 恥ずかしながら、20歳の今、進路に迷って友達に進められて読みました。
    読んでよかったです。人間が生きていくうえで忘れてはならないことを思い出させてくれる本です。

    とっても読みやすいので、小学生でも読めます。
    子供にも大人にも、心の教科書としておすすめできる本だと思います。

    人生にちょっと焦ったり迷ったりしたら、私はまた必ずこの本を開くと思います。

  • 戦前に子ども向けに書かれた本ですが、今にも通じる部分が多く感動し、考えさせられました。

    特に、主人公コペル君が友達と約束したにもかかわらず、信頼を裏切り後悔する部分は、誰もが一度は体験する苦い想い出です。叔父さんの厳しい言葉、お母さんの思い出話に自分の言動に責任を持つということの重みをひしひし感じます。

    また、コペル君と豆腐屋の浦川君との生産者と消費者の対比、浦川君への態度についての叔父さんの言葉にも今に繋がるところがあると思いました。

  • 梨木香歩さんの「僕は、そして僕たちはどう生きるか 」を読んで、ぜひ原作となったこの本を読みたいと思って購入。
    梨木さんの本も深く考えさせられる本であったが、この本はそれ以上に中身の濃い本だった。日本が戦争に向かっていた1937年に出版されたというだけでも驚きだ。どんな時代にも良心のある大人は子供たちに「立派な人間に育ってほしい」と願っている。
    文章はさすがに戦前なので今とは違う表現もあるが、書かれている内容は「いじめ」だったり、「友情」だったり、まったく古さを感じさせない。人間が生きていくうえで大切なことが書かれているが、少年の目で見て少年の頭で考え、心で感じたことが平易な文章で書かれている。おじさんの言葉も説教臭さはまったく感じない。もっと若いときに読みたかった気もするが若かったらわからないことが今だから読んでも伝わってくるのかもしれない。とにかくすばらしい本だと思う。

  • 『本の本(斎藤美奈子)』で紹介されていたのを読んで、中学生でも高校生でもない私が読んでみた。中学生か高校生のときに読んでいたかった。いや、小生意気だったあのころの私には、コペル君の叔父さんが諭してくれることの意味をきちんと受け止められなかったかな。人はどうして学ぶのか、どう生きていくべきなのか、こんな歳になってしまった私に語ってくれる人はいないから、この本読んでよかった。

  • ・・・・・書きかけ・・・・・


    中学生から高校生にかけた思春期に読むべき本として、本書や

  • 初版は1937年。

    人から人へと読み継がれきた、少年少女のための人生指南本です。

    自分に子どもができたら出会って欲しい一冊です。

  • 書かれた時代の少年少女達は100歳くらいになっているけど、著者が当時の若い世代に託したかった事が戦後成し遂げられたかな?それが今なのかな?今の日本人を見てどう思うのかな?といろいろ考えました。

  • 話題の作品ということで手をつけてみました。
    子供の目線でいえば大人からこんなこと教えて欲しいというよう内容だし、大人からすると子供に教えたいという内容でした。

  • 戦前の本だけど今でも十分通用するのでは。
    道徳の授業向けの本。

  • 素直な少年の気持ちが描かれている

  • 1937年7月、『日本少国民文庫』の最後の配本として出版された本書の初版を底本に、仮名遣いや振り仮名の整理をして2006年に復刊されたもの。盧溝橋事件から日中戦争、そして大東亜戦争へと突き進む時代の中で、将来を担う少年少女に人としていかに生きるのかを問うている。
    生き方の根底にある人間の特性、社会や経済の実態、生物や自然の特質といったことも、中1の主人公コペル君の体験からの気づきを踏まえて、叔父さんのノートが展開していくという構成で、読者としても視点転換が促されるストーリーになっている。
    巻末の丸山真男の解説にもあるように、大学を出てからまもないという叔父さんのノートの内容の博学さ・立派さに、コペル君のようにも考えていない自分自身に恥じ入ってしまう。まあ、その気づきを少しでも糧にできればOKだと思っておく。
    18-39

  • この本が書かれた時代、背景を頭に置いて読むと、より一層考えさせられる。
    どの時代であろうとも、どう生きるか、どう考えるかが重要であり、それを行動に移すのが難しいのは変わらない。
    大人になると、考えずに流されてしまう事が増えてきた。改めて視野を広く持ち、物事を考えてみようと思う。

  •  漫画本になったやつを借りて読んでみたら,本物も読みたくなって手に取りました。
     この岩波文庫版が底本にしているのは,『日本少国民文庫』の一冊として新潮社から発刊されたもの(元々の版)です。その後,再販する際,本人が2度書き換えていますのでご注意を。
     巻末には丸山真男氏の「『君たちはどう生きるか』をめぐる回想」という文章が収録されています。この文章は,もともと吉野さんが亡くなった際,岩波の月刊誌『世界』に寄せた原稿らしいです。想像通り,とても読み応えがありました。本書が戦時中に書かれた価値,そして,戦後も読み続けられてきた意味が,しっかりと論じられています。私は,この丸山氏の解説を読みたくて本書を選んだので,よかったです。
     丸山氏は,カウツキーの『資本論解説』がいい入門書であるけれども,結局は「資本論からの演繹」になっていることを指摘したあとで,

     『君たちは…』の場合は,ちょうどその逆で,あくまでコペル君のごく身近にころがっている,ありふれた事物の観察とその経験から出発し,「ありふれた」ように見えることが,いかにありふれた見聞の次元に属さない,複雑な社会関係とその法則の具象化であるか,ということを一段一段と十四歳の少年に得心させてゆくわけです。 (313p)

    と述べています。さらに,本書と徳目を教えるだけの道徳教育との違いも述べています。

     「知識」-実はここの情報にすぎないもの-のつめこみと氾濫への反省は,これまたきまって「知育偏重」というステロ化された叫びをよび起し,その是正が「道徳教育の振興」という名で求められるということも,明治以来,何度リフレインされた陳腐な合唱でしょうか。その際,いったい「偏重」されたのは,本当に知育なのか,あるいは「道徳教育」なるものは,-そのイデオロギー的内容をぬきにしても-あの,私達の年配の者が「修身」の授業で経験したように,それ自体が,個々の「徳目」のつめこみではなかったのか,という問題は一向に反省される気配はありません。(325p)

     これって,現状を見て書いたの?と思われるほど,今の教育界にもあてはまることです。道徳の教科化を推進するのは,ある徳目を単なる知識としてつめこむにすぎないのではないかと危惧するのです。

  • 痛みを感じるということはそれは本来の健全な姿ではない事。
    世の中の不幸に痛みを感じるのは大事な事だ。
    皆が痛みを感じて良くして行こうと努力するとき平和で幸福な世界ができる。
    子どもの頃の優しい気持ちを思い出させてくれる。

  • 嫌なことから常に逃げてきたなー。
    立ち向かっていたら人生変わってたな。

全52件中 1 - 20件を表示

著者プロフィール

編集者・児童文学者。1899(明治32)年〜1981(昭和56)年。
雑誌『世界』初代編集長。岩波少年文庫の創設にも尽力。


「2017年 『漫画 君たちはどう生きるか』 で使われていた紹介文から引用しています。」

吉野源三郎の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×