ファインマン物理学〈1〉力学

制作 : 坪井 忠二 
  • 岩波書店
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レビュー : 32
  • Amazon.co.jp ・本 (379ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000077118

感想・レビュー・書評

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  • 東大京大教授が薦めるリスト100選抜


    No.77

  • 途中まで読んだけどどっかいった

  • 学部以来の再読。当時モヤモヤしていた部分が、いま読み直すとすっきりと理解できて結構楽しかった。物理学の深い理解のみならず、天才物理学者の世界観も追体験できる、納得のロングセラーですね。

  • 30歳当時、高価なのに全冊購入。
    非常に新鮮に学べた記憶あり。

  • ファインマン先生の高い識見から、縦横無尽な講義が進む。これを学部時代に聞けたら人生変わっただろうな。

    理論の適用限界をわきまえた上で、解が近似で有ることを弁えさせつつ、解説が進む。特殊相対論まで、射程に入れた力学。

    力学と電気回路の相似、数学、数値計算なども実践的。

  • もうちょい勉強して続きを読もう

  • やっぱりいいです。
    特殊相対性理論のところが特にお気に入り。
    この本を読んでようやく相対性原理が何をいっているのか、時間が縮むとき何が起こっているのかなどの物理的イメージを持つことができました。

  • *****
    これから述べる講義は決してただの概論ではない。それ自身として非常に真剣なものである。私はクラスの中でいちばんよくできる学生を相手にして話すつもりで講義した。(p.iii)

     また私は中以上の学生も目標においた。そればかりでなく,余分の気焔や多方面への応用などとなるとお手あげで,講義に出てくる話はまずたいていわからないといった連中にも気を配った。この連中に対しては,講義の中に,少なくとも彼らでもわかるはずの大切な点,大切なところがちゃんと入っているようにつとめた。講義に出てくる話がみなわからなかったとしても,この連中は悲観することのないようにした。みなわかるなどということは期待しなかった。しかしせめて,大切な,最も本筋的なことがらはわかってもらいたかった。もちろん,何が大切な定理で何が大切な考えであるか,あるいは,何が高級な副産物や応用であって,それはあと何年かたたなければ理解できないことであるのか,こういうことをみきわめるのにも,やはり彼らなりのある程度の頭のはたらきが必要であるのはもちろんのことである。(p.iv)

     さていうまでもなく,このこころみがどのくらい成功であったかということが問題である。学生の面倒をみた人達の大多数は私に賛成してくれそうにもないが,私自身の意見は悲観的である。私は学生のために大いに役立ったとは思わない。試験のときに大半の学生が問題を取り扱う様子から察すると,このやり方は失敗だったと思う。もちろん私の友人達によれば,十数人ないし二十数人の学生は,講義の全部にわたって驚くべきほどよい理解を示しているという。そして内容についてよく勉強し,いろいろの点について心をはずませ夢中になって考えているという。そういう学生は,物理学の最上級の基礎を身につけたのだと思う――そしてそういう人達をこそ私は育てたかったのである。しかし,“教育というものは,教育などしないでもいいという幸福な事態でない限り大した効果のないものなのである”(ギボンス)。(p.v)

     しかし,この教育上の問題については,私はこう考えている。最善の教育というものは,いい学生といい教師との間に,直接の特別のつながりがある場合――学生が考え方を論じ,ものごとについて考え,ものごとについて語る――そういう場合にのみ可能だということを認識するよりほかはないと考えている。講義に出たり,また出された問題をやったりするだけでは大した勉強はできない。しかし,現代は教えるべき学生の数があまりにも多く,この理想に代わるものを求めなければならない。(p.vi)

    それらのことばがそもそも何を意味するのかということを学ぶためにさえも,諸君はたくさんの準備訓練を経なければならない。(p.2)

     科学の原理――あるいは定義といってもほとんど同じことなのだが――は,知識はすべて実験によって検討されるということである。科学上で一つのことが“真理”であるかどうかを判定するものは,実験の他にはない。しかし,そういう知識のもととなるものは何なのだろうか。成否を検討しようとする法則なるものは,いったい,どこから出てくるのだろうか。実験自身からヒントが与えられて,法則が生まれるということもある。しかし,そのようなヒントからさらに大きく前進して,普遍的なものが樹立されるためには――それらの背後にある見事な,簡潔な,それでいていままで考えもしなかったような理法を推測し,更に,その推測が正しかったかどうかをためすに足る実験をしてみるというように,ことを運ぶためには――洞察力がまた必要なのである。ところがこの洞察の過程というのが決して容易なわざではない。それで,物理学では,仕事が分業になっている。理論物理学者は洞察し,演繹し,新しい法則を推測する。けれども,実験はしない。実験物理学者は,実験し,洞察し,演繹し,そして推測する。(p.2)

     そもそも原子というものが存在するということは,どうしてわかっているのだろうか? これは前に述べたやり方の一つによるのである:すなわち,まず原子があるという仮説をつくる。もしも物質がほんとに原子からできているならば,こうなるはずだと予想をたてることができるが,予想したとおりの物事が次々と起こってくる。(p.14)

     あらゆるものは原子からできている。これが根本的の仮説である。例えば,生物学すべてをくるめて,その中でいちばん重要な仮説は何かといえば,生物がするあらゆることは原子がするのだということである。いいかえれば,生物のすることで,生物は原子からなり,それが物理の法則に従って行動しているという見地から理解できないものはないということである。このことは,はじめから自明だったわけではない:この仮説に至るまでには,実験と理論とが必要であった。しかし今ではこれは承認されており,生物学の分野で新しい考えを生み出すのに,一番有用な理論となっている。(p.14)

    我々自身が原子のかたまりであるというとき,我々は原子の単なるひとかたまりだといっているのではない。一人一人違ったこのかたまりは,いろいろの可能性をもっているのであって,それは鏡の中に諸君がみる自分の姿に蔵されているのである。(p.15)

     科学において,我々の関心をひくものは,千差万別であり,またその性質もいろいろである。例えば,海岸に立って生みを眺めているとしよう。そこには水がある,くずれる波がある,泡がある,水がボチャボチャ動いている,音,空気,風と雲,太陽と青い空,光がある。砂があり,また,いろいろな岩石がある。それには固いのもやわらかいのも,永がもちするのもしないのもあり,色も構成もさまざまである。動物もいるし,海草もある。腹のすいたのも,病気のもいる。そしてその波うちぎわには,これらに見入っている人がいる。そこには幸福や思索さえあるかも知れない。他の場所へ行ってみても同じことだ。そこにはいろいろなもの,さまざまの環境がある。どこへ行ったとしても,自然はこのように複雑きわまりない。そこで我々の探究心から次のような疑問が湧いてくる。すなわち,これらのものごとは実に千差万別であるが,それを全体としてまとめてみて,そしてその千差万別というものは,比較的少数の基本的なことがらの作用,あるいは力がいろいろに組み合わさったものの結果として生じたものであるとして,理解することはできないのだろうか。
     例えば:砂というのは岩石とは違うのだろうか。つまり,砂というのは非常に小さい岩石にすぎないのではなかろうか。月も大きな岩石なのだろうか。岩石というものを理解しさえすれば,砂をも月をも理解することができるのではなかろうか。風というのは,空気の動きであって,海で水が動くのに似たものなのではないか? いろいろな運動についていえば,どんな共通の面があるのか? いろいろな種類の音に共通なところは何か? 色には何種類あるのか?等々。このように我々はすべてのことをだんだんと分析していく。あるいは,初めは別もののように見えたことをいっしょにしていく。そして,違うことがらの数を減らし,それによってことがらを更によく理解することができるようになるということを目指しているのである。(p.16)

    [チェスにおける駒の動かし方のような]規則がまだすっかり解っていないということをしばらくおくとしても,規則に基づいてはっきり説明できるということがらは,むしろ非常に限られているのである。というのは,あらゆる状態というものは,ほとんどみなおそろしくこみ入っているのであって,規則にたよっているだけでは,[複雑な森羅万象という世界は神々がチェスをしているようなものであり,その大手合わせをしている中での]勝負の進行についていけないし,いわんや次に何がはじまるかなどということは,到底,想像もつかないからである。だから我々は,勝負の規則は何かという,より根本的な問題だけに話を限らざるをえない。そしてその規則がわかったとき,我々は世界を“理解”したと考えるのである。(p.17)

    もしもストックホルムで行なった実験とキトーで行なった実験の大部分が同じようになったとすれば,その“大部分の実験”は,何か一般的の法則をたてるのに役立つであろう。そして同じようにならなかった実験は,ストックホルム附近の環境のせいであったといえるだろう。いずれにしろ我々は実験の結果をまとめる方法を考え出すのであって,その方法がどんなものであるかを予め知らされる必要はない。同じ実験をすれば同じ結果が生じるということがわかったとすれば,それはそれで結構である。しかし我々が実験をしてみて,そういかないなら,そういかないのである。我々はみるとおりのものを取り上げ,現実の経験にてらして他の考えをみなまとめていかなければならない。(pp.26-27)

    物理学はあらゆる現象で基礎的の役目を演ずるので,他の学問分野の研究者たちも,それを勉強している。(p.33)

    しかし,ここでまず明らかにしておかなければならないが,あるものが科学ではないからといって,それは下らないものだときまっていはしない。例えば,恋愛は科学ではない。だから,あるものが科学ではないといったところで,そこに何かあやまりがあるということにはならない。単に科学ではないというだけのことである。(p.33)

  • 【推薦文】
    本書はファインマン物理学シリーズ第1巻で内容は主に力学だが、特殊相対性理論についての章が設けられているなど読者を飽きさせない。このシリーズはファインマン教授のカリフォルニア工科大学での講義が元となっている。他の教科書に比べ数式が少ないが、物理学の本質を捉えていて読み応えがある。
    (推薦者:知能システム科学専攻 M2)

    【配架場所】
    大岡山: B1F-一般図書 420/F/1
    すずかけ台: 3F-一般図書 420/F/1

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