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Amazon.co.jp ・本 (188ページ) / ISBN・EAN: 9784000098311
感想・レビュー・書評
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「東京大空襲の全記録」より4年前に発行され、石川光陽生前に出版された最後の写真集である。昭和前半から30年代までの警視庁記録写真を載せている。
最初の頃こそ、穏やかな庶民生活が写されているが、次第に千人針や出征兵士の見送り、兵隊の皇居遥拝、防空演習、隣組の避難訓練、非常時の炊き出し訓練、建国祭、産業戦士体育祭などが写され、昭和17年の帝都に初めて敵機来襲6名の犠牲者を出した写真からは、首都炎上の写真で埋め尽くされてゆく。
昭和20年3月4日は雪の中で盲爆(市街地爆撃?)があった。以下「日誌」より。
(略)西巣鴨の火災現場に至り、課長と共に燃え盛る中に入る。火煙にむせて涙は出る、咽喉は痛い。消防官の苦労を身をもって体験をする。その苦しい中に敢然と筒口を握る消防官に頭が下がる。その火中から抜け出たとき、全く清い空気の有り難みがわかり、なんか甘い味がして気持ちよかった。(略)
この爆撃の被災者を写した写真がある。呆然と立つ3人の母娘と子供の横には、それだけを持ち出したのか布団が3枚ほど積んでいた。家々は完全に焼け落ちている。この寒中、確かに布団がなければ凍死するかもしれない。けれども、この行為が大空襲では命取りにもなるのである。
「(清い空気が)甘い味がし」たというのは、火中に入った者しかわからない実感だったろう。
大空襲より後、瓦礫の東京の写真だけが延々と続く。
「4月4日、大田区、矢口付近にて」とキャンプションがあり、トタン屋根の一畳ぐらいのバラックで、臨時簡易理髪店を開いていて、2人も客がいる。「何時もキレイでサッパリと(以下解読不明)」と貼り紙がしている。この写真が、小説「エレガンス」にインスピレーションを与えたのは、間違いないと思う。
8月16日、皇居前広場で正座し背中を丸めて土下座している十数人の若者の写真。
日誌を見ると、「陛下に申し訳ない」と咽び泣いているそうだ。15日敗戦を受けて光陽も茫然自失していたが、同僚に言われて16日に写真を撮りに来たらしい。土下座の横で、我関せずと歩いている人々もいる。光陽の意図を離れて、これも貴重な写真。
戦後の闇米取締り、浅草境内のバラック、闇市、浮浪児、上野駅前で希少の切符を求めて道にあぶれた500人ほどの列、24年キティー台風で水に浸かった下町、26年三越のストライキ、宝くじ売り、少年相撲大会、27年メーデー事件(写真を撮っていると、群衆から「イヌだ」と暴行を受けたらしい。裁判証拠として写真を提供)、30年砂川基地反対闘争、35年安保闘争。警視庁カメラマンとしてずっと最前線で「記録」し続けて38年に退職した。写真は、撮影者の意図を離れて出で来る何かがある、と小説「エレガンス」の中で述べられている。蓋し石川智建さんの実感だったろう。全て貴重な「記録」である。
小説では、警視庁原課長や光陽師匠の蜂谷さん、杉山女学院館長そして永井荷風など、多くは有名ではないが実在の人物を、実名で登場させて、かなり重要な台詞を喋らせていた。それは即ち、無数の無名の人たちが、あの当時生死の境を生きたのだということの表現の一つだったのだろう。
昨日は12月8日。「今日はなんの日かご存知ですか?」と私たちは駅前で、表紙は「赤紙」裏は戦争反対のチラシをまいた。
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昭和初期から戦後の動乱までを
一人の警官だった石川光陽氏が命をかけて撮影したもの
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戦前戦中戦後あたりの写真集かな。
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感想 :

行動に移してるの凄い!!うちの近所でもやって下さい、自ら貰いに行きます。
行動に移してるの凄い!!うちの近所でもやって下さい、自ら貰いに行きます。
8というとんでもないヤツにクマさんの
爪の垢を煎じて飲ましてやりたいわヽ(`Д´)ノプンプ...
8というとんでもないヤツにクマさんの
爪の垢を煎じて飲ましてやりたいわヽ(`Д´)ノプンプン
おそらく全国至る所で、この日は
日本母親大会実行委員会や日本平和委員会等、平和運動組織がなんらかのアクションを行って...
おそらく全国至る所で、この日は
日本母親大会実行委員会や日本平和委員会等、平和運動組織がなんらかのアクションを行っていると思います。
街頭で見かけたら、目を合わさないようにして通り過ぎるのではなく、ちゃんとチラシ受け取ってくださいね♪