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Amazon.co.jp ・本 / ISBN・EAN: 9784000104708
感想・レビュー・書評
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河合隼雄さんの「一神論と多神論」という論稿だけ読みました。
その中で河合さんは、キリスト教のような一神論的民族の欠点と、日本のような多神論民族の欠点をあげ、多神論は一神論に傾きやすいことを、太平洋戦争の例をあげて説明している。
また、多神論は、論理的でないので、つけいるスキが多いことを、村の長老が力を持つと長老の言いなりになってしまう例で説明している。確かに、日本は多神論国家なのに、なんで天皇崇拝というヒエルキーを成立させてしまったのか、多神教の弱点である。
以下、「なるほど」の箇所のメモです。
・人類の宗教は、アニミズム → 多神教 → 一神教へと発達してくる、と考えるのは間違い、 多神教 と 一神教は同格。
・「宗教と科学」の問題を考える上で、一神論的思考と多神論的思考との比較が大きい意味をもつ。
・同じ現象を見ても、「これは自分が善行を積んだので、その報いとして与えられる」というように考える「因果」理解が東洋には強く、そこには主客が分離しない、内的な現実と外的現象が全体としてとらえられるなかでの「因果応報」になっている。
・深層心理学の「絶対者の存在を立てないで事象をできる限り忠実に見てゆこうとする態度」は自然科学に近いが、主観的なかかわりを避けることなく、むしろ積極的にコミットしてゆこうとする態度は宗教に近い。
・自然科学やそれを用いての技術の場合、研究する者とされる者、操作する者とされる者との間に画然とした区別がある。これが、人と物の間であればいいとしても、これを人と人との間にも持ちこんでくるところに恐ろしさがある。
・ヒルマンが心理学の「方法としての一神論」に強く反発する理由のひとつは、それが常にセネックス(長老)の元型と結びつきやすいという点にある。段階的・直線的進歩の頂点に「長老」が立ち、すへてをコントロールすることによって「秩序」を保とうとする。しかし、それはしばしば長老自身の地位を保つことと混同されてしまうのだ。
・ヨーロッパでキリスト教中心の考えが全世界を席捲してしまったかのごとく見えた現代において、そのような考えに対する反省が起こり、各民族固有のものを評価しようとする動きが高まっている.しかし、それが急激な民族主義や国家主義と結びつくときは危険な状況になることを忘れてはならない。
山折哲雄「方法としての多神教」、デイヴィッド・ミラー『甦える神々 新しい多神論」が参照本として載っていた。詳細をみるコメント0件をすべて表示
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