あしたはドロミテを歩こう イタリア・アルプス・トレッキング

  • 岩波書店 (2004年7月21日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (224ページ) / ISBN・EAN: 9784000220248

みんなの感想まとめ

イタリアの美しい山々をトレッキングする体験を通じて、心に残る出会いや感動が描かれています。作品では、初めは不安と驚きに包まれながらも、徐々にその魅力に引き込まれていく様子が巧みに表現されています。特に...

感想・レビュー・書評

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  • 本書は、NHKBS番組の企画としてイタリア・アルプスのドロミテをトレッキングした作家の角田光代さんが、その様子を改めて紀行文にまとめたものである。

    これまでトレッキングとは縁のなかった角田さん。以前の一人旅でネガティブなイメージがついてしまったイタリアの印象を塗り替えるために、トレッキングとは何たるものか、ドロミテはどのような場所なのかもわからないまま番組出演を承諾したものだから、大変である。

    ヨーロッパアルプスのトレッキングは、上級者向けと初心者向けにコースがはっきり分かれていて、日本の山よりもかえって安全だ、と聞いたことがあったが、初心者コースとはいえ、11月という晩秋の3000m級の山である。
    トレッキング初日のトレ・チーメでは、帰ってこられてよかった、という感想しかない角田さん。続いてのファネスの谷では、フェラータ(岸壁をつたうワイヤーに、体に巻いたザイルをつなげて歩くこと)も体験し、恐怖におののく。
    3回目のトレッキングは、凍結のため、当初予定していた山とは別の山に行くことになってしまう。岩場をよじ登る過酷なルートに、「このまま私を置いていってください…」と心の中で叫ぶ角田さん。
    初心者にとってはかなりハードなトレッキングだが、大きな滝のある景観に、先に進みたいという気持ちが抑えられず、山頂では言葉に表すことのできないほどのインパクトを受ける。
    そして最終日。日本で仏教を学んだ僧侶でもある登山ガイドのマリオさんに、禅と登山とは似ている、と聞いた角田さんは、登山と自分自身の「書くこと」に対する姿勢との共通点にも気づく。
    「人の言葉を使わないこと。人から見聞きしたものを安易に信じないこと。自分の手で触れ、自分の目で見ること。」
    角田さんの作家としての信念と誠実さを感じる言葉である。

    本書では、料理上手な角田さんの描くイタリア料理の数々も魅力である。トレッキングの合間に体験したアグリツーリズモ(自給自足の生活をしながら旅人を受け入れる)では、角田さんが作った料理を他のお客さんにそのまま出してしまうおおらかなイタリア人にびっくりしたが、ストイックな日本のスローフード活動と違い、ファーストフードも楽しみながら無理なくスローフードを実践する自然体の生活がとても印象的だった。

    読み終わった後は、無性にトレッキングに行きたくなる。
    ヨーロッパアルプスとはいかないが、久しぶりに近所の里山にでも登ってみようかな。

  • 題名を見るだけで開放感を感じる。

    イタリアの山をトレッキング。
    トレッキングがどのようなものなのかということが、巧みな文章で良くわかる(気がする)

    1日目、2日目には「来ちゃった・・」という感じで呆然としつつも歩くしかないと覚悟を決めて歩いている様子なのが、後半になるとすっかり落ち着いて楽しんでいるようにみえる。
    凄いな、と思う。
    欲を言えば、写真がカラーだといいんだけどな。

    それでも奇跡のような美の世界を文章を通じて堪能することができた。

    読後感はとっても爽快。旅はいいね。

  • 角田さんがテレビ企画でイタリアの山々をトレッキングする。その一部始終を記した紀行文なわけだけれど、山よりもイタリアよりも、六十五歳のガイド、ルイージ・マリオさんの頭のなかをもっと知りたい、と思うような本だった。

    配管工の兄弟を思わせる名前を持つ、ルイージ・マリオさん。彼は日本で仏教を学んだ仏教徒であり、本質を素手でつかむような発言をする。
    角田さんが大切にしている「人の言葉ではなく、自分の言葉で書くこと」と、マリオさんの言う「自分の目で見る」ことはよく似ているそうで、違う分野で活躍する二人が共鳴している様子は何とも言えないかっこよさがあった。

    山を下り、ベネチアの町を眺めながら”永遠と瞬間”について思いをはせる描写が素敵だった。
    自分が日光東照宮や富士山頂上に行ったとき、この場所は自分が生まれる前から同じ風景だし、自分が死んだあとだってずっとずっと変わらないんだろうな、と感じたことを思い出した。自分が今ここにいることは瞬間に過ぎないけど、その場所の存在は永遠に続く。

  • ドロミテをトレッキングしているのだが、描写の中心はそこで出会った人々。ドロミテの全貌は窺い知れないが、魅力的な場所であることはよくわかtる。

  • 八日目の蝉を読んで、角田光代さんに興味を持ったので読んでみました。
    小学校からキリスト教の私立に通っていたそうなので
    きっと純粋培養されたかたなんだろうなーと思っていました。
    不倫相手の本妻の子を、実母のように育てるなんて発想は
    ヨセフがイエスを養父として育てたみたいな。

    でもこの本を読んでみたら、すっごく親近感がわきました。
    お酒好きだし(←これが大きい!)小学校時代の同級生の男の子に再会して、「おさない時分にしでかした、己の悪行、醜態を苦々しく思い出し…」(彼は全く覚えていないよう)とか。

    内容も、親しみやすくて、面白い物でした。
    ドロミテに行ってみたくなりました。

    登場する人物の説明もおもしろい。
    イタリア人として生まれながら仏教徒になってしまった
    マリオさんは、とても興味深い。
    彼の気持ち、なんとなく共感します。

    サッソディストリアは、第一次世界大戦でのオーストリア軍の砦というところで、なにかが胸を突き刺しました失恋

    このトレッキング模様がNHKBSで放映されたそうで、
    再放送してほしい、要チェックですね。

  • 角田さんの紀行ものといえばアジア一人旅、だが、これはTVの旅企画のイタリアの登山もの、しかもグループの旅。そして版元は岩波。全てが角田さんっぽくないのでどうよ…とずっと思ってたのだが、今回ようやく図書館で借りられた。
    や〜予想以上に面白かった!案の定初めてのトレッキングに苦労する角田さん。私も山は苦手なので、しんどさがいつまでも続く感じがじわじわと伝わってきてこっちまで息苦しくなる。大丈夫かなと心配になるものの、慣れていくうちに彼女の言葉で語られる自然の雄大さ素晴らしさ、一体どれほどのものなんだろうと読む側も引き込まれていく。合い間合い間の仲間たちとの食事、これもまたおいしそう!そりゃイタリアだものと思うなかれ。登山後の山小屋で皆と囲む食事は山で採れた自然の恵み。雪山で飲む本格的エスプレッソ。そんな環境だからこそ、おいしさがびしびし伝わってくるようだ。
    共に登山する仲間達も皆魅力的なキャラ。何といっても、ガイド役のマリオさん。日本で仏教を学んだという彼、山を登りながらの角田さんとの会話から、「山」と「仏教」の共通点がだんだんわかってくる。本当に「深い」人だ。そして、角田さんの物書きとしての魅力に、改めて気付かされた。
    「この目で見なければその世界は存在しないのと同じことだし、その世界を自分の言葉にできなければ獲得したことにならない。登山者がその気持ちを説明できないまま頂上を目指すように、書き続けることで私も言葉を捜していくのだと思う。」
    自然と向き合うことで、確実に彼女は一皮むけたんだなと感じた。TVの放送、見たかったな〜。

  • この夏ドロミテを歩こうと思っていて、参考になるかなと読み始めた。この方の小説は読んだことはない。
    なんだか感傷的すぎたし、どうやらまったく山歩きをしたことのない人の感想なので、参考になるものはほぼなかった。時期も晩秋で冠雪の時期なので花の話は皆無である。同行したNHKスタッフを含めて、仕事という名目でドロミテをこういう形で歩けるなんて羨ましい。

    ・この旅では、はじめて見る景色、地球にいることを忘れてしまいそうな景色、グロテスクで生々しさを覚える景色、そのいちいちに私はたじろき、自分のうちにそれと見合う言葉を見つけられず、戸惑っている

  • エッセイを書いて貰う為に山に登ってもらうという企画。なんと贅沢な旅。旅ガイド、撮影者、登山ガイド。足元も見ているでしょうが、むしろ天候、道の先とか、周囲をしっかり観ていると思います。

  • ぜったいドロミテに行く!
    もちろんベネチア経由で!

  • もともと山岳小説は好きなのだが、あの角田さんが書いた山のお話?面白そう!ってことで図書館から借りて来ました。(なんでもすでに絶版本なんだそうです)
    実際には、山岳小説というよりかは、角田さんが仕事でイタリアの山々をトレッキングしたときのエッセイで、写真も多く、非常に読みやすかった。
    初心者目線で描かれる山歩き。ワインや美味しそうな食べ物もたくさん登場して、ピクニック感覚ではあるのだが、挑んでいる山はなかなかどうして本格的な冬山だったりしました。
    ただ「歩く」ということが、非日常的な光景や時間や静寂をもたらすという新鮮な驚きが、角田さんらしく表現されていました。
    2018/11

  • 角田さんによる旅行記。
    TV企画でもあり、登山⁈記という所が普段の旅行記(エッセイ)とはかなり違う。
    角田さんは普段、一人旅が多いのだけど、登山なので専門家(師匠)と撮影のチームでの旅だ。

  • 壮大な自然、美しさに魅了される。また、何故山に登るのか、この大命題がトレッキングの過程の中で明らかにされる。はっとするメッセージに興奮。角田さんが初めて体験したトレッキングの紀行文。山には興味のない自分も最後まで楽しめた。

  • この本は角田光代さんの「いつも旅のなか」のイタリア北部トレッキングの章を詳しく綴った内容になっています。
    惹き付けられ、一気に読み終わりました。
    NHKBSで「トレッキング紀行」という番組が放送されていたそうです。
    2004年1月に放送されています。
    角田光代さんは番組の取材で歩いています。

    歩くのは好きですが、山は素人という角田さんが岩山や氷河を歩きながら感じたことや同行者との交流を綴っています。

    洒落たピクニック気分で出かけますが、歩き始めるとそれは裏切られます。
    ザイルやワイヤー、アイゼンを使う登山です。
    クライミングのようなこともします。
    ひょっとすると帰れないかも知れないという恐怖を味わいます。
    端から見ればテレビの取材ですから危険はないはずですが、角田さんは本気で危険を感じていたようです。

    「こわい」と「危ない」は違うとガイドさんが言い、本質をつくセリフに角田さんは唸ります。
    こわくてもザイルで確保されていれば危なくはないわけです。

    角田さんはドロミテで生活する人たちの自然体な生き方に共感を寄せます。

    角田さんは「私は山頂から見た素晴らしい景色を表す言葉を知らない」とか「自分の言葉以上のものに出会っている」と正直に語っています。

    「みんなで山を登って降りて食事をすると親近感が生まれる、楽しさもおいしさも全然違う、これは人と関わることのシンプルな根本なのではないか」と角田さんは言います。

    山を歩くことと書くことは似ている、山と禅は似ている、と言います。
    私が山を歩き、ミクシイを通じて文章を書き、最近はサボっていますが座禅に通うことにも共通点がありそうです。

    角田さんの「いつも旅のなか」とこの本をあわせて読むことが出来て良かったです。
    このテレビ番組「トレッキング紀行」を見ることは出来ないのでしょうか。

    この本は山に憧れつつもまだ歩いていない初心者の方にお勧めです。
    ウォーキングをなさっている方にもお勧めです。

  • ちょうど自分の富士登頂前後に読んだので、分かる部分が大いにあっておもしろかった。そうそう!とか思いながら。

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著者プロフィール

角田 光代(かくた・みつよ):1967年神奈川県生まれ。早稲田大学第一文学部文芸学科卒。90年「幸福な遊戯」でデビュー。96年『まどろむ夜のUFO』で野間文芸新人賞、2003年『空中庭園』で婦人公論文芸賞、05年『対岸の彼女』で直木賞、07年『八日目の蝉』で中央公論文芸賞、11年『ツリーハウス』で伊藤整文学賞、12年『かなたの子』で泉鏡花文学賞また『紙の月』で柴田錬三郎賞を、14年『私のなかの彼女』で河合隼雄物語賞、21年『源氏物語』の完全新訳で読売文学賞を受賞。その他の著書に『月と雷』『坂の途中の家』『銀の夜』『タラント』、エッセイ集『世界は終わりそうにない』『わたしの容れもの』『月夜の散歩』などがある。

「2025年 『韓国ドラマ沼にハマってみたら』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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