いま、「憲法改正」をどう考えるか――「戦後日本」を「保守」することの意味
- 岩波書店 (2013年5月25日発売)
- Amazon.co.jp ・本 (160ページ)
- / ISBN・EAN: 9784000222006
作品紹介・あらすじ
安倍首相が意欲を示す「憲法改正」。その憲法観・歴史観にはどのような特徴があるのか。明治以来の憲法論議や戦前の立憲政治の経験、戦後憲法史をふり返りながら、日本社会がこれまで憲法をめぐる問題にどのように向き合ってきたのかを考える。その上で、自民党「改正草案」の持つ意味を読み解く。現在の改憲論はこの社会をどのような方向へ連れてゆこうとしているのか。
感想・レビュー・書評
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「近代立憲主義は、一人ひとりの個人が自分らしく生きていくために、他者とともによりよい社会=公共社会(res publica)を作っていこうとするプロジェクトです。」樋口陽一先生は2023年5月3日付け朝日新聞のインタビューでこう語った。私はこれを読み、憲法(ひいては日本)に対する先生のまっすぐで真摯な姿勢に心を打たれたのが、この本を手に取ったきっかけだ。
そう、憲法の究極の理念とは、各個人の権利の尊重を改めて確認し、それによって各個人の社会的な幸福を極大化し、その結果、公共の最大幸福を実現しようとするものだ。私は改めてそう思った。その理念自体はさかのぼればアリストテレスにまで行き着かせることができる。つまり、西洋社会を中心にして長い歴史と時間をかけて熟成、培養されて現在も息づく哲学だ。したがって、仮に憲法に古代ギリシア哲学の理念が織り込まれていたとしても、私たちはそれを決して「押しつけられたもの」とは言わないはず。ましてや個人の幸福の追求という人類究極の命題を、公益や公の秩序を阻害する対立概念とみなすような考えを主張することは、歴史という文脈を読み飛ばしていると見なさざるを得ない。
冒頭に引用したインタビューからさかのぼること約10年前の2012年、「自由民主党憲法改正草案」の公表を端緒として本書は書かれている。憲法学者として名を知られた樋口先生からすると、草案を「論破」するのは簡単かもしれない。しかし憲法(や、ひいては日本国民)に対して真摯な先生はそんな自己満足的なことはしない。憲法というものが根本的に何を求められているのかを、日本や国際社会での歴史的経緯を踏まえ、改めて憲法の本来あるべき姿をこの本で系統立てて解説してくれている。つまり先生は、ウルトラマンが巨大化して怪獣と戦うように自己の知識や見識を膨張させて論戦するのではなく、自分の傍に歴史上実在した様々な人物や事象をあたかも「味方」のように呼び込み、それらに「語らせ」ているかのよう。歴史は嘘をつかないという言葉があるように、そうすることで、改正草案が目指そうとする「日本にふさわしい」憲法という概念が、その日本人にとって耳触りの良い語感とは裏腹に、憲法のスタンダードから離れてベクトルの向きを逆にしようとしていることが明らかにされる。
ここで先生の名誉のために断っておくが、樋口先生は日本国民が「改正草案」を選択すること自体は(本心は別だとしても)否定はしていない。「それも選択肢のひとつ」という言い方をしている。その言い方には押しつけはなく、個人の尊重を第一義に置く先生の面目躍如とも言える。
ただし、「人類普遍の原理」を墨守してきた日本国憲法から、歴史的経緯と世界的潮流を見据えたときに、簡単にその文言を消去してもよいのか?という疑問を最大の論点とすることは譲らない。
この本は単行本ながら、小見出しが付き、全体のページ数からも、岩波新書を読むかのように読める。そして樋口先生の理路整然とした文章構成によって、憲法を専門的に学んでいなくても、憲法改正を取り巻く問題点は簡単かつ明確に見つかるはずである。
私も今は広い視野から改憲・護憲両方の主張をフラットに見ていきたいが、現時点では樋口先生の意見を超える改憲論は見つかっていない。少なくとも、自分たちの世代が自分の子どもの世代に何を残せるかを考えながら本書を読めば、いまの憲法を引き続き守りぬくことが、私たちの父母や祖父母と同様に、子どもたちについても日本を「誇りと気概を持って」守ることにつながると考えるのが自然なはずだ。詳細をみるコメント0件をすべて表示 -
「決まらない」のか、「決めさせてもらえない」のか、そこには決定的な違いがある。
結論を急ごうとする裏に何があるのかをあまり考えない世相に警鐘を鳴らしている。
無思慮に結論を出す(又は出してもらう)リスクを考えてほしい。 -
樋口陽一『いま、「憲法改正」をどう考えるか 「戦後日本」を「保守」することの意味』岩波書店、読了。安倍首相が力をいれる憲法改正と、なし崩し的にその雰囲気に呑み込まれる世相の何が問題なのか。本書は明治以来の立憲政治と憲法史の伝統から、その問題点を撃つ。要を得た警世の一冊。
「自国の先達の残した最良の過去を--その挫折の歴史とともに--記憶し、それを現在に生かそうとしないことを、『保守』と言えるだろうか」。立憲主義と天賦人権論の否定にみられるエスノセントリズムは、保守とは逆の幼稚な根無し草といってよい。
短著ながら、自民党憲法草案の腑分けと問題の指摘は的確であり、「戦後レジームからの脱却」は、戦後日本だけでなく、近代日本の伝統と挑戦の否定でもある。酷評が多いが、現在の立ち位置を確認し、明日を展望する一冊。おすすめです。
関連記事→ 1)改憲は戦後の知恵壊す 「96条の会」結成 樋口陽一さん - インタビュー:朝日新聞 http://book.asahi.com/booknews/interview/2013061200002.html 2) ニュースの本棚 http://book.asahi.com/reviews/column/2013063000002.html -
323.14||Hi
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「立憲主義」「個人の尊厳」。大学時代に憲法の講義で聞いたものだったが、先日の樋口先生の講演会を機に本書を読み、あらためてその価値を再認識している。
本自体はそんなに厚くはないが、内容はきわめて厚く、そして先生の思いも熱い。近代、現代の歴史知識を動員しながら、何度か読み返し、なんとか読了。集団的自衛権にも言及されている部分もあり、昨今の社会の動きを見ながら、また読み返す。そういう意味では、本書を終戦の日に読了したのも、たまたまではないのかもしれない。
法的知識も必要ではあるが、近現代史に興味ある方であれば十分トライできる書。ぜひ一読をお勧めしたい。