海うそ

著者 : 梨木香歩
  • 岩波書店 (2014年4月10日発売)
3.95
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  • Amazon.co.jp ・本 (200ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000222273

海うその感想・レビュー・書評

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  • 読んでいる途中からすっかり作品の世界へ入ってしまって読み終わってからもなかなか現実に戻ってこれない。
    自分がいったいどこにいるのかわからない。我を忘れるように読みふける。
    読書でこんな感覚になるのは久々だ。

    梨木さんの作品は性に合わないような気がして敬遠していた。
    そもそもどんな内容なのかも知らず、そのタイトルのせいだったか。
    そこかしこで評判の作品だし、ブクログ仲間さんのレビューに触発されて読んでみる。
    美しい文章とその独特の世界観に陶然としすっかりと魅了されてしまった。

    皆さんのレビューを読んでもうまく文章に出来ないと書かれている。
    まさにその通りで、私もうまい言葉が見つからない。
    うつろいゆく時代の中でなすすべもない自分。
    失われていく自然、失われていく精神、失われていく世界。
    切なさと、やるせなさと、かすかな郷愁。

    私の住む街にほど近い山も自動車メーカーの工場が建設され様相が一変した。
    あっという間に大規模開発された土地に新しい道路や陸橋、建物が建設された。
    絶滅危惧種が住む山ということもあり計画段階では反対運動もあったことはあった。
    でもそれもむなしく経済活動が優先されるのが常だ。

    物語の中では昭和の初めに南九州の架空の島を旅した秋野。
    50年後に改めて島を訪れた彼はかつて五感で感じた自然がもう失われてしまったことに呆然となる。
    しかし最後にはうつりゆく歴史をその喪失を認めるところで物語は終わる。

    私のもつ青臭さなのか。
    失われてくもの、うつりゆくことを甘受できないでいる。
    私にできることなど何もないのだけれど。

    思いもかけず物思いにふけってしまった。
    この物語のせいで、どっぷりと。
    この本に出会えて本当に良かった。
    梨木さんの作品、次は何を読もうか。
    おすすめがあったら是非教えていただきたい。

  • じんわりと、ひたひたと。
    寄せては返す波のように、そっと読む人の中に沁み入ってくる物語でした。

    昭和初期、南九州の遅島。
    この地の植生や文化、そして時代の中で消えていった信仰を、人文地理学者・秋野が拾い集めていきます。
    おそらく遅島は架空の島なのだと思いますが、地名や見返しの地図を見れば、梨木さんが丹念に練り上げた舞台であることがわかります。
    その舞台の上で、秋野の目から、そこに息づく人々の暮らしぶりを見、廃仏毀釈の流れに逆らえず打ち砕かれた信仰の痕跡を辿るうちに、これは遅島だけの話ではないことに気付かされました。
    故郷、旅先で一度だけ訪れた町、まだ行ったこともないどこか…それぞれの土地にそれぞれが重ねてきた時間があり、宿るものがある。
    秋野の目と自分の目が重なった瞬間に、本書の輝きがひときわ増したのを感じました。

    …とにかく余韻が大きくて、ここに書いておきたいことはもっとあるのだけれど上手く言葉にすることができません。
    何度でも、じっくりと読み返したい1冊です。

  • 素晴らしい作品でした。

    梨木さんの作品には、いつも「喪失」が散りばめられている。
    南九州の遅島にフィールドワークにやってきた研究者・秋野は大切な人たちの死という大きな喪失を抱えている。
    遅島には失われた景色がある。
    隆盛を誇っていた寺は、廃仏毀釈により廃寺となり仏像たちは無造作に押し込められる。
    土地に根付いていた信仰は、年月を経てすでに伝説になっている。

    静かで美しい文章で描かれる島の深い自然。
    いつの間にか私も、緑色が飽和しているような濃い空気を吸い込み、墨のような匂いの湿度のある土を踏みしめている。案内役の梶井をはじめ島の住人たちと会話し、積み重ねられた島の歴史を聞き、遺跡を巡り歩く。
    読んでいるあいだ、遅島は架空の島ではなく確かに存在し、私はそこにいた。

    50年後に島を再訪した秋野が目にした島。抗えない時の流れと喪失に少しの残酷さと切なさを感じた直後、目の前に現れるあの日と同じ「海うそ」。
    変わりゆくもの、変わらないもの。
    すべてをただあるがままに受容し内包し、島は在り続ける。

    読み終わり、ものすごい余韻に包まれながら、じっと本を抱きしめた。
    何度も読み返したい一冊。


    あまりの深い余韻に言葉にならず、レビューを棚上げしてひと月近く。
    けっきょく費やした日々と文字ほどには何も書けていないけれど、自分の記録として残しておきたいので至らなさを承知でレビューUPしました。

  • 「ひも、でしょ?
     これ、ひもだよね。」

    どうしても信じられなかった。
    自宅前の側溝の中に、
    てろん~とのびてる模様入りロープの様な
    物体がまさか『蛇』だなんて!

    私のなかでの蛇はすでに
    脳内図鑑に収められ、平面の姿、もしくは
    ガラスを隔てた形でしか会えない遠い存在と成り果てていた。
    それが今、生身の蛇とひょんな再会を果たし、
    ふっ、と思ったのが
    (そういえば、人以外の生き物に会ったのは久し振りだなぁ…)という事。
    綺麗な犬や猫は見かけるけど
    それ以外の動物ってどこにいるのかな?
    ホントにこの世に存在しているのかな?
    なんて…。

    動かない蛇は
    死んでいるのか、
    眠っているのか、
    とにかく
    (ここに来たのは間違いだった。)
    と、後悔している様にしか思えなかった。

    50年も前、
    人と自然が共存していたここ『遅島』も、
    今や観光地化され
    より安全に自然を満喫したり、レジャーを楽しむ事が出来る
    地へと変わっていた。
    その昔、この島がまだ島のままだった頃、
    ここを訪れたおじいさんがぽつり、
    息子に語る。

    「…森の中を歩いていたら、突然雨が降ってきたことがある。
     そこで洞にじっ、としていると
     いつの間にか隣に黒ヤギがいて仰天した。
     そのままふたりでじっ、と雨が止むのを待っていたんだ。」

    くすくす。
    トトロみたいだ♪と、可笑しくなってしまった。

    でももう今は、野生のやぎも、かもしかも、トトロも、この島に住んでいた神様も、
    みんなおじいさんの記憶の中にしかいない。

    しかし、それが決して『喪失』ではない、
    事を示すかのように海うそはゆらゆら幻影を映し出す。

    この先、どれだけ時が過ぎてゆこうとも決して消えない記憶のごとき蜃気楼。

  • 戦前、調査のために遅島を訪れた主人公が50年後再び運命に導かれその地に降り立つ。すっかり様変わりしてしまった島だが、若い頃野山を歩き、人々の情に触れた時の様子が、変わらない蜃気楼(海うそ)の向こうに見えるようだった。50年経って主人公やその家族が遅島に行く事になったのは、島が呼び寄せたのかもしれない。

  • 文句なしの満点です。初めから引き込まれる島の旅は同じ香りと色合いと空気と風を感じさせられる。主人公と同化しながら歩いた静謐な島が50年経て変貌してしまったその地を再び訪れる主人公が遂に..... 最後まで感動の小説です。

  • 時代は昭和初期、婚約者と両親、恩師を相次いで亡くした地理学者の秋野は、恩師の遺稿を引き継ぎ南九州にある「遅島」の現地調査に訪れる。

    モデルになったのは甑島列島(こしきしまれっとう)だそうですが、「遅島」は作者の創造した架空の島。しかし秋野が調査していくその島の歴史、建築物の構造や樹木・植物の分布、動物の生態、廃仏毀釈で壊された寺社の名残り、さまざまな伝説や言い伝え、島のひとたちの暮らしぶりなど、まるで実在の島のことのよう。地図も付いていて親切。島の人たちとの交流も含め、前半は民俗学的な面白さ。

    ところが終盤になって、突如50年の月日が流れる。秋野がお世話になった島人の、老いたひとたちはすでに亡くなり、若い者は戦争に駆り出されて亡くなり、生き延びた秋野自身は妻子に恵まれ、偶然次男がリゾート開発の仕事でかかわることになった「遅島」を50年ぶりに訪れることに。しかし昔を知るひとたちはすでになく、開発された島の様子はすっかり変容しており・・・。

    主人公と一緒にその変容にショックを受け、なぜこんな光景をわざわざ読者に見せるのだろう、若い頃の話だけで終わってもいいはずなのに・・・と思いつつ読み進めるうちに、だんだんわかってくることがある。50年の経過、それがあるからこそ感じ取れること。じわじわと意外な形でやってくるカタルシスにしばし呆然。

    上手く説明できないけれど、人生なんて海うそ=蜃気楼みたいなもんだったなあっていう、永遠に生きるわけでもなし、変わってゆくもの失われていくものをいつまでも嘆いても仕方ない、なぜなら自分自身もまたいずれ消滅する身なのだから、という気持ちになった。これは今の年齢で読めて良かった。私がもっと若かったらピンと来なかったかもしれない。もっと年をとってから読んだらもっと刺さる本かも。

  • 昭和初期、大学の夏期休暇を利用して遅島の現地調査にやってきた秋野。自然豊かなその島を踏み歩くなかで、彼はその壮大な自然とそこで生きる人々に魅せられていく。

    何百年もの時を経て造り上げられた脈々たる森の自然―樹木を揺らす風、カモシカやうさぎや海鳥、木々の向こうに見える青々とした海面。そして時代の流れを経て朽ち果てた寺の跡。その歴史を語り、自然への敬意や賛美の想いを持ってその土地と生きる人々。
    それから五十年の時を経て目にする遅島の今に、秋野は閉口する。

    「喪失」はこたえる。そして人生は喪失の連続だともいう。
    けれど悲観だけではない。人は自身のなかに喪失を蓄積し、悲観や空虚を超えた何かに気付く。さらに何があっても変わらないといえる自身の哲学が築かれる。
    私自身のなかにも既に揺るがない哲学はある。けれどその哲学は日々の生活では頭の隅に追いやられていて、恐らく強く目の当たりにするのは打ちのめされるような「喪失」があった時だろうと思う。

    年齢を重ねるごとに自身の考えは強固になり、時代の移り変わりに驚きと寂しさを感じる日が来るに違いない。そんな時にふとこの作品を思い出し、その自分の気持ちを抱き、不変なものに想いを馳せたいと思った。
    背筋をしゃんと正し、澄んだ気持ちにさせてくれる作品。

    ~memo~
    廃仏毀釈令、神仏分離令、色即是空

  • 南九州にある本土にほど近いが隔絶した感のある小さな島、遅島。平家の落人伝説が残り、廃仏毀釈の嵐が吹き荒れるまでは名高い修験の島でもあったこの島を、フィールドワークでめぐる若き学者、秋野の視線で魅力的に描いた一冊だ。
    秋野が島をめぐる時代が戦前ということもあり、深い自然と土着の生活が残り、架空の島であるというのにその描写がなんとも言えず美しい。
    特に動植物がカタカナで表記されているのが何気ないのになにか素敵な呪文のように思えてくるのが梨木香歩のすごいところだ。アカショウビン、ハイノキ、ハマカンゾウ・・・。
    梶井君の人生を思い、島の行く道を思い、なぜだかしんみりとした気持ちになる。
    現実にはありもしないのに、島を訪れて僧が一人で築いたという土塁を私も眺めたくなる。

  • 2冊目かな、梨木さんの本は。

    こうやって、すてきだなぁと思える人たちに本で会えるから、実生活が辛くなってくるんだなぁと実感した。

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