海うそ

著者 :
  • 岩波書店
3.95
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本棚登録 : 1524
感想 : 213
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  • Amazon.co.jp ・本 (200ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000222273

感想・レビュー・書評

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  • 猫丸(nyancomaru)さんからのお薦め頂いた本作。昭和初期の遅島という想像上の島の自然が緻密に表現されている。

    時代背景といい、変化に富んだ自然といい、その環境や島の地理が詳細に記されている上に、地図までついているので、作品中の島内の地名と地理的位置も容易に、そして間違いなく理解ができるため作品に没頭して読み進めることができる好みの1冊であった。
    作品に入り込みすぎて、この島が実在するのではないかと思ってしまったくらいだ。参考文献を見ると、どうやら鹿児島県の甑島列島がモデルのようである。

    また、のめり込んだ理由に自然の描写の美しさがある。目を閉じるとその風景が浮かんでくるような描写が多くあり、それを想像するのも楽しかった。
    例えば、冒頭の「山の端から十三夜の月が上がっていた。月はしっとりと深い群青の夜空の、その一角のみを白くおぼろに霞めて、出で来た山の黒々とした稜線から下をひときわ闇濃くしていた。」
    調査途中で目にした海を見て「水平線近くを、外国周りの船が行く。白い入道雲が、小さな茸のよえにぽつんぽつんと湧いている。」など。

    島には自生するイタビカズラ、アコウ、イタヤカエデ、オニソテツ、ハマカンゾウなどの植物、そして、ヤギ、カモシカ、ミカドアゲハなどの生き物が細かに描写されており、その描写が美しくもあり、寂しさもありで、本作の深みを増している。

    昭和に入って、あと数年で十年になろう時、文学部地理学科に所属する青年・秋野は南九州の遅島という島に大学の夏季休暇を利用し、現地調査で回っていた。研究室の主任教授が亡くなり、この島の地名、寺院の遺構の一部に関する未完の報告書を見つけ、目を通すうちに、この島そのものに心惹かれたためである。修験道のために開かれ、明治初期までは紫雲山法興寺とう大寺院が存在していた。古代から何百年もの間、権現信仰を芯とした教義で組織化され、一時は、西の高野山とまで呼ばれる隆盛を誇っていたが、廃仏毀釈で打ち壊され、7つあった寺の残骸も藪となっ状態である。今では地名に「奥の権現」「薬王院」などが残るだけである。

    秋野が、龍目蓋から影吹へ調査に出かけた日、途中の森肩の山の中で島に似つかわしくない洋館を見つける。そこの主人、山根氏をお世話になっているウネさんのツテで紹介をしてもらう。

    また、ある日の調査で波音集落で「カギ家」を見つけた秋野は、そこに住む梶井氏に家の構造を見せてほしいとお願いする。このことがきっかけとなり、この後、秋野が大寺院の跡を中心に、島の南部の探査に出かける時に梶井氏がその案内役をかってでてくれる。ふたりは一週間かけて島を巡る。大小の礎石だけが残っている大寺院跡に行きつきいた時に圧倒的な山や空、海をながめて、「空は底知れぬほど青く、山々は緑濃く、雲は白い。そのことが、こんなにも胸つぶるるほどにつらい。」の言葉は心内に触れ寂しさが増した。

    かつてこの島には「モノミミさん」という民族宗教があった。病気を治したり、探し物を当てたり死んだ人からの伝言を伝えるような人ががいた。この民族宗教も廃仏毀釈により血気さかんな神職者がこの島に乗り込んできたことにより絶えていく。当時の日本が諸外国に立ち向かうため、戦争で国民の意識を天皇に向けるために仕方がない国策ではあったのかもしれないが、それが切なく感じる。

    島に残る数々の言い伝え。「雨坊主」は時化のとき遭難した船子たちが、激しい雨になると、陸に上がって縁のある各戸にやってくるという。しかし今では、話を聞いてもらえなくなくなり海坊主も出てこなくなった。
    どの船にも存在する「船霊さん」。船大工が船のどこかに女の子の髪や、櫛、歯などを船のどこかに入れ、船霊さんをつけるという。
    「灘風」沖で水死した死霊が悪さをする風。あまり害がないのが白灘風。悪さをするのが黒灘風。などこの島の言い伝えもまた、素朴さに心が洗われる。


    アコウの話を読んだ時に、藤と同じだと思った。藤棚は見ている分には美しい。しかし山に自生する藤は、木に蔓を巻きつきながら大きくなる。アコウ同様にその木から養分をとっているのではないが、住み着かれた木には十分な日が当たらなくなりやがて枯れてしまう。山の中の共生も大変なものであると同情する。

    遅島の風景と遅島の住人たちの暮らしが秋野目を通して静かにかつ鮮やかに伝えられている。遅島調査旅行は、隆盛を誇った寺でさえも時代の流れの前では無力である。時の流れのまえではすべてがむなしい。その時照らされる標に人は、時代は向かっていく。それが過去と現代、そして未来を繋ぐものであると考えされる作品であった。

    梨木香歩先生の静かな表現が暗く感じるものの、それが時代背景と、この島の雰囲気に相まって心地よく感じた。

    猫丸さんご紹介いただき、ありがとうございました

    • kurumicookiesさん
      猫丸さん、こんにちは^_^
      「海うそ」素朴な感じがとても良かったです。
      そうなんです。時の流れって、まさしく栄枯盛衰ですね。「海うそ」を「海...
      猫丸さん、こんにちは^_^
      「海うそ」素朴な感じがとても良かったです。
      そうなんです。時の流れって、まさしく栄枯盛衰ですね。「海うそ」を「海獺」と表記しないところに、『ああ、なるほど。』って、最後にわかりました。
      そして梨木香歩さんの静かな(ある意味では暗い)表現が、やっぱりいいなぁと感じる作品でした。
      そして、筆者が鹿児島出身であることを本作で初めて知りました!
      いつも、素敵な内容の本をご紹介頂きありがとうございます^ ^
      2020/11/22
    • 猫丸(nyancomaru)さん
      kurumicookiesさん
      にゃ〜
      kurumicookiesさん
      にゃ〜
      2020/11/23
    • kurumicookiesさん
      猫丸さん、ありがとうございます!
      猫丸さん、ありがとうございます!
      2020/11/23
  • 読んでいる途中からすっかり作品の世界へ入ってしまって読み終わってからもなかなか現実に戻ってこれない。
    自分がいったいどこにいるのかわからない。我を忘れるように読みふける。
    読書でこんな感覚になるのは久々だ。

    梨木さんの作品は性に合わないような気がして敬遠していた。
    そもそもどんな内容なのかも知らず、そのタイトルのせいだったか。
    そこかしこで評判の作品だし、ブクログ仲間さんのレビューに触発されて読んでみる。
    美しい文章とその独特の世界観に陶然としすっかりと魅了されてしまった。

    皆さんのレビューを読んでもうまく文章に出来ないと書かれている。
    まさにその通りで、私もうまい言葉が見つからない。
    うつろいゆく時代の中でなすすべもない自分。
    失われていく自然、失われていく精神、失われていく世界。
    切なさと、やるせなさと、かすかな郷愁。

    私の住む街にほど近い山も自動車メーカーの工場が建設され様相が一変した。
    あっという間に大規模開発された土地に新しい道路や陸橋、建物が建設された。
    絶滅危惧種が住む山ということもあり計画段階では反対運動もあったことはあった。
    でもそれもむなしく経済活動が優先されるのが常だ。

    物語の中では昭和の初めに南九州の架空の島を旅した秋野。
    50年後に改めて島を訪れた彼はかつて五感で感じた自然がもう失われてしまったことに呆然となる。
    しかし最後にはうつりゆく歴史をその喪失を認めるところで物語は終わる。

    私のもつ青臭さなのか。
    失われてくもの、うつりゆくことを甘受できないでいる。
    私にできることなど何もないのだけれど。

    思いもかけず物思いにふけってしまった。
    この物語のせいで、どっぷりと。
    この本に出会えて本当に良かった。
    梨木さんの作品、次は何を読もうか。
    おすすめがあったら是非教えていただきたい。

    • vilureefさん
      takanatsuさん、こんばんは♪

      うわ~、おすすめありがとうございます!
      やはり有名な「家守綺譚」あたりですかねー。
      私にピタ...
      takanatsuさん、こんばんは♪

      うわ~、おすすめありがとうございます!
      やはり有名な「家守綺譚」あたりですかねー。
      私にピタリと来るといいな~( *´艸`)
      楽しみです。

      ええ、ええ、「海うそ」はしっかり時間をとってお読みくださいませ。
      どっぷりとディープに世界に入り込むのがいいと思います。
      私、この本を病院での健康診断へ持参してしまいました(^^;)
      名前を呼ばれるたびに現実に引き戻されもったいないことをしたなと反省です・・・。

      2014/08/15
    • kaze229さん
      梨木香歩さんという作家と
      同じ時代に生まれ合わせたこと
      本当に感謝したいですよね

      自分が自分らしくあるために
      時には 自分を取り...
      梨木香歩さんという作家と
      同じ時代に生まれ合わせたこと
      本当に感謝したいですよね

      自分が自分らしくあるために
      時には 自分を取り戻すために
      梨木香歩作品はいつも手元に!
      2014/09/09
    • vilureefさん
      kaze229さん、コメント&花丸ありがとうございます!
      フォローさせていただきましたのでよろしくお願いします。

      梨木さんファン多い...
      kaze229さん、コメント&花丸ありがとうございます!
      フォローさせていただきましたのでよろしくお願いします。

      梨木さんファン多いですねー。
      私は初めての作品なのでこれから徐々に読み進んで行けたらなと思っています。
      kaze229さんの本棚も気になります。
      また参考にさせてください。
      2014/09/12
  • 遅島は架空の島ですが鹿児島の甑島諸島を題材とした作品。

    物語に特に大きなクライマックスはないが
    南の島でのフィールドワークの内容が非常に独特で
    引きこまれ本の中の島や森に浸れること請け合える。

    本のオビは「南九州の遅島で繰り広げられる、魂の遍歴の物語」。
    全編を通して破壊と喪失があるがその中に一筋の光があるのがいい。


    ちなみに「カワウソ」じゃなくて「海うそ」か、、、
    という理由で手に取ったのが事実ですがアタリでした(笑)

  • じんわりと、ひたひたと。
    寄せては返す波のように、そっと読む人の中に沁み入ってくる物語でした。

    昭和初期、南九州の遅島。
    この地の植生や文化、そして時代の中で消えていった信仰を、人文地理学者・秋野が拾い集めていきます。
    おそらく遅島は架空の島なのだと思いますが、地名や見返しの地図を見れば、梨木さんが丹念に練り上げた舞台であることがわかります。
    その舞台の上で、秋野の目から、そこに息づく人々の暮らしぶりを見、廃仏毀釈の流れに逆らえず打ち砕かれた信仰の痕跡を辿るうちに、これは遅島だけの話ではないことに気付かされました。
    故郷、旅先で一度だけ訪れた町、まだ行ったこともないどこか…それぞれの土地にそれぞれが重ねてきた時間があり、宿るものがある。
    秋野の目と自分の目が重なった瞬間に、本書の輝きがひときわ増したのを感じました。

    …とにかく余韻が大きくて、ここに書いておきたいことはもっとあるのだけれど上手く言葉にすることができません。
    何度でも、じっくりと読み返したい1冊です。

  • 自分の足で歩く、見る、聞く 記す、心に刻む…一ページごとに研究者 秋野と一緒に見聞きし歩むような読書時間だった。

    その地にひそやかに生きるものの営み、息遣いを感じられるような世界には素晴らしく心を惹きつけられた。

    島の人々との何気ない会話が言葉にならないものを心の底に残していく。
    変貌から感じる喪失は誰にでもある感情、読み手までもがとてつもない寂寥感に襲われる。
    喪失をどう自分の中で咀嚼し何に変えるか…それが大切なことなのかも。

    心の中に自分だけの消えない海うそを遺すのも悪くない。

    • けいたんさん
      こんにちは(^-^)/

      梨木さんらしい作品だね。
      私、この辺りから読んでないと思う。
      梨木さんの作品って静かな湖でカヤックに乗っ...
      こんにちは(^-^)/

      梨木さんらしい作品だね。
      私、この辺りから読んでないと思う。
      梨木さんの作品って静かな湖でカヤックに乗って読んでみたいな。
      でも怖くて集中できないな(笑)

      消えない海うそが気になるなぁ。
      まず海うそってなんだろう?(〃∀〃)ゞ
      2019/07/18
    • くるたんさん
      けいたん♪(●'∇')ハロー♪

      そうなのよ♪梨木ワールド!私、二回読んじゃったよ、理解できなくて(笑)
      海うそって言葉も梨木さんらしいよね...
      けいたん♪(●'∇')ハロー♪

      そうなのよ♪梨木ワールド!私、二回読んじゃったよ、理解できなくて(笑)
      海うそって言葉も梨木さんらしいよね。
      いわゆる蜃気楼みたいなものなのかな。

      カヤックに乗って、あー、なんかわかる!岸辺…の世界だね♡
      って、私、読んでないや(*≧∀≦)ゞ

      なんせ、梨木ワールドは読んで理解するのに時間がかかるわ〜( •᷄⌓•᷅ )੨੨
      2019/07/18
    • さてさてさん
      くるたんさん、こんにちは!
      いつもありがとうございます。

      一年前の感想のところに失礼します。
      私も海うそ読みました。なんだかポワッとして分...
      くるたんさん、こんにちは!
      いつもありがとうございます。

      一年前の感想のところに失礼します。
      私も海うそ読みました。なんだかポワッとして分かったような分からなかったようなそんな印象です。むずかしい名前の植物もたくさん出てくるし…。でも独特な雰囲気はゆっくり読書する時にはいいなと感じました。

      今後ともよろしくお願いします。
      2020/05/21
  • 「ひも、でしょ?
     これ、ひもだよね。」

    どうしても信じられなかった。
    自宅前の側溝の中に、
    てろん~とのびてる模様入りロープの様な
    物体がまさか『蛇』だなんて!

    私のなかでの蛇はすでに
    脳内図鑑に収められ、平面の姿、もしくは
    ガラスを隔てた形でしか会えない遠い存在と成り果てていた。
    それが今、生身の蛇とひょんな再会を果たし、
    ふっ、と思ったのが
    (そういえば、人以外の生き物に会ったのは久し振りだなぁ…)という事。
    綺麗な犬や猫は見かけるけど
    それ以外の動物ってどこにいるのかな?
    ホントにこの世に存在しているのかな?
    なんて…。

    動かない蛇は
    死んでいるのか、
    眠っているのか、
    とにかく
    (ここに来たのは間違いだった。)
    と、後悔している様にしか思えなかった。

    50年も前、
    人と自然が共存していたここ『遅島』も、
    今や観光地化され
    より安全に自然を満喫したり、レジャーを楽しむ事が出来る
    地へと変わっていた。
    その昔、この島がまだ島のままだった頃、
    ここを訪れたおじいさんがぽつり、
    息子に語る。

    「…森の中を歩いていたら、突然雨が降ってきたことがある。
     そこで洞にじっ、としていると
     いつの間にか隣に黒ヤギがいて仰天した。
     そのままふたりでじっ、と雨が止むのを待っていたんだ。」

    くすくす。
    トトロみたいだ♪と、可笑しくなってしまった。

    でももう今は、野生のやぎも、かもしかも、トトロも、この島に住んでいた神様も、
    みんなおじいさんの記憶の中にしかいない。

    しかし、それが決して『喪失』ではない、
    事を示すかのように海うそはゆらゆら幻影を映し出す。

    この先、どれだけ時が過ぎてゆこうとも決して消えない記憶のごとき蜃気楼。

  • 素晴らしい作品でした。

    梨木さんの作品には、いつも「喪失」が散りばめられている。
    南九州の遅島にフィールドワークにやってきた研究者・秋野は大切な人たちの死という大きな喪失を抱えている。
    遅島には失われた景色がある。
    隆盛を誇っていた寺は、廃仏毀釈により廃寺となり仏像たちは無造作に押し込められる。
    土地に根付いていた信仰は、年月を経てすでに伝説になっている。

    静かで美しい文章で描かれる島の深い自然。
    いつの間にか私も、緑色が飽和しているような濃い空気を吸い込み、墨のような匂いの湿度のある土を踏みしめている。案内役の梶井をはじめ島の住人たちと会話し、積み重ねられた島の歴史を聞き、遺跡を巡り歩く。
    読んでいるあいだ、遅島は架空の島ではなく確かに存在し、私はそこにいた。

    50年後に島を再訪した秋野が目にした島。抗えない時の流れと喪失に少しの残酷さと切なさを感じた直後、目の前に現れるあの日と同じ「海うそ」。
    変わりゆくもの、変わらないもの。
    すべてをただあるがままに受容し内包し、島は在り続ける。

    読み終わり、ものすごい余韻に包まれながら、じっと本を抱きしめた。
    何度も読み返したい一冊。


    あまりの深い余韻に言葉にならず、レビューを棚上げしてひと月近く。
    けっきょく費やした日々と文字ほどには何も書けていないけれど、自分の記録として残しておきたいので至らなさを承知でレビューUPしました。

    • vilureefさん
      こんにちは~♪

      ええ、ええ、takanatsuさんに全く同感です。
      素敵なレビュー!
      読み終えて時間が経ってもレビューを書ける九月...
      こんにちは~♪

      ええ、ええ、takanatsuさんに全く同感です。
      素敵なレビュー!
      読み終えて時間が経ってもレビューを書ける九月猫さん。素晴らしい。
      私だったらすぐ忘れちゃう(-_-;)
      だからいつも必死にレビュー書いてます(笑)

      梨木香歩さんて読んだことないのです。
      でもこの本はみなさんのレビューを読んで心動かされました。
      ただいま予約中です。
      楽しみ(*^_^*)
      2014/06/06
    • 九月猫さん
      takanatsuさん、こんにちは♪

      わわ、ありがとうございます!
      梨木さんの本のレビューは、いつも言葉が出てきません(^^;)
      ...
      takanatsuさん、こんにちは♪

      わわ、ありがとうございます!
      梨木さんの本のレビューは、いつも言葉が出てきません(^^;)

      「冬虫夏草」(レビューしてませんが昨年末に読了)も
      綿貫さんと一緒に、山や里を歩いている気持ちになり、
      最後なんて、だんだん近づいてくるゴローさんと目が合った瞬間なんてものまであって(笑)
      やっと会えた嬉しさで胸がいっぱいになりました。
      梨木さんの物語の中の世界は読んでいるあいだ、私にとって肌に近いところに
      確実に存在するんです。

      >圧倒される感じ…というか、飲み込まれる感じ…というか
      takanatsuさんも、梨木さんの文章を読んで同じように感じてらっしゃるんだなぁと知って
      とてもうれしいです。
      takanatsuさんの「海うそ」レビュー、楽しみにしています♪
      2014/06/06
    • 九月猫さん
      vilureefさん、こんにちは♪

      vilureefさんまで誉めてくださって・・・うれしいです!
      ありがとうございます。

      いえ...
      vilureefさん、こんにちは♪

      vilureefさんまで誉めてくださって・・・うれしいです!
      ありがとうございます。

      いえいえ、読み終わってすぐに、メモに雑感を書いておくことが多いんですよ。
      でもね、梨木さん作品――特にこの本は余韻がすごくて、メモもなにも書けなかったんです。
      ただ、そこにいた気持ち、というのを体が覚えてる感じで、
      出ない言葉を、文章にならなくても書き始めたら、また島にいる気持ちになっていたようで。
      なので、時制がおかしいんです。ほぼ全部が現在形(笑)
      このおかしさ含めて、今の私の感想だーーっと開き直ってUPしちゃいました(^^;)

      梨木さんの作品、全作は読んではいないのですが、今の時点でこの作品が
      最高作なのではないかと思います。
      vilureefさんの初・梨木作品のレビュー、とても楽しみにしています!
      そして願わくば、vilureefさんにとってよい出会いとなりますように♪
      2014/06/06
  • 昭和の初め,人文地理学の研究者,秋野は南九州の離島へ赴く.かつて修験道の霊山があったその島は,豊かで変化に富んだ自然の中に,無残にかき消された人びとの祈りの跡を抱いて,秋野を惹きつけた.そして,地図に残された「海うそ」という言葉に導かれ,彼は島をひたすら歩き,調査に打ち込む――.50年後,秋野は不思議な縁で,再び島を訪れる.
     愛する人びとの死,アジア・太平洋戦争の破局,経済大国化の下で進む強引な開発…….いくつもの喪失を超えて,秋野が辿り着いた真実とは


    登山を趣味としているので、一緒に山歩きをしているような感覚で読み始める。
    冒頭3ページに舞台となる遅島の紹介を読み、もしかするとモデルは『甑島』じゃないかと推測。甑島とは私の故郷の近くに浮かぶ島で馴染みが深かった。年に2、3人程度、甑島出身の中学生が島を離れ高校に入学して来た。彼らの言葉は、私たちが使っているいわゆる鹿児島弁とは少し違い、雅やかなトーンに聴こえた。地図を引っ張り出して参照すると、間違いなく巻頭に描かれた遅島は、下甑と呼ばれているタツノオトシゴの形だった。

    海うそとは蜃気楼だった。
    読み終えてどうしようもないやるせなさが押し寄せて来たが暗くはない。

    気に入った箇所を残しておくことにした。
    『時間というものが、凄まじい速さでただ直線的に流れ去るものではなく、あたかも過去も現在も、なべて等しい価値で目の前に並べられ、吟味されるものであるかのように。
    喪失とは、私のなかに降り積もる時間が、増えていくことなのだった。
    立体模型図のように、私の遅島は、時間の陰影を重ねて私のなかに新しく存在し始めていた。
    これは、驚くべきことだった。喪失が、実在の輪郭の片鱗を帯びて輝き始めていた』

    喪失とは失うのではなく、降り積もる時間が増えていくことと表現されていて、救われる思いがした。

    『「きれいだなあ」佑二が感に堪えない、というように呟いた。まるで不意をつかれたように、それは私の「気分」の合間を貫き、胸の奥の深いところへ鋭く届いた。
    その「現象」を、興味深くは思っても「きれい」という形容で味わうような、いわば「子どもの視点」のようなものは、これまでの私の境涯には現れたことがなかった。しみじみと海の向こうを眺める。
    海うそ。これだけは確かに、昔のままに在った。
    かなうものなら、その「変わらなさ」にとりすがって、思うさま声を上げて泣きたい思いに駆られた。
    同時に、山根氏が昔呟いたことばを思い出した。
    ――父は、ここから、海うそを見るのが何よりの喜びだった。
     その同じ風に吹かれているうちに、ここに到着したときに感じた、失うことへのいたたまれぬほどの哀惜の思いが、自分の内部で静かに変容していくのを、目の前のビーカーのなかで展開される化学変化を見るように感じられた。尤もこういう思いは初めてではなかった。これまでにもしばしば経験することがあった。それは老年を生きることの恩寵のようなものだと思う。
    若い頃は感激や昂奮が自分を貫き駆け抜けていくようであったが、今は静かな感慨となって自分の内部に折り畳まれていく。そしてそれが観察できる。若い頃も意識こそしなかったものの、激する気持ちは自分のなかに痕跡くらい残したのだろうが、今は少なくともそのことを自覚して静かに見守ることができる』

    果たして老年期にこんな包容力のある優しさを、私には持てるだろうか・・・。

    幸いにもというか甑島には橋が架けられていない。帰省した折に、久しぶりに島に自生する鹿子百合に会いたくなった。
    遅島はすべてに繋がっている。

    • yamada3desuさん
      「喪失が、実在の輪郭の片鱗を帯びて輝き始めていた」
      この箇所は今でも心に残っています。
      「喪失が、実在の輪郭の片鱗を帯びて輝き始めていた」
      この箇所は今でも心に残っています。
      2018/06/01
  • 以前『西の魔女が死んだ』を読んで梨木香歩さんの作品を他にも読んでみたいと思い選んだ一冊。

    話は淡々と進む。言い回しが難しくて同じ箇所を読み返すことが度々。私の集中力が欠いていたせいでもあるが、もっと読書に没頭できる環境で読みたいお話だった。それでも次第に物語の世界に惹き込まれた。

    読後、この言葉の意味に思いを巡らせた。
    「色即是空 空即是色」

  • 戦前、調査のために遅島を訪れた主人公が50年後再び運命に導かれその地に降り立つ。すっかり様変わりしてしまった島だが、若い頃野山を歩き、人々の情に触れた時の様子が、変わらない蜃気楼(海うそ)の向こうに見えるようだった。50年経って主人公やその家族が遅島に行く事になったのは、島が呼び寄せたのかもしれない。

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著者プロフィール

1959年生まれ。小説作品に『西の魔女が死んだ 梨木香歩作品集』『丹生都比売 梨木香歩作品集』『裏庭』『沼地のある森を抜けて』『家守綺譚』『冬虫夏草』『ピスタチオ』『海うそ』『f植物園の巣穴』『椿宿の辺りに』など。エッセイに『春になったら莓を摘みに』『水辺にて』『エストニア紀行』『鳥と雲と薬草袋』『やがて満ちてくる光の』など。他に『岸辺のヤービ』『ヤービの深い秋』がある。

「2020年 『風と双眼鏡、膝掛け毛布』 で使われていた紹介文から引用しています。」

梨木香歩の作品

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