エレーヌ・ベールの日記

制作 : 飛幡 祐規 
  • 岩波書店 (2009年10月29日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (347ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000222815

作品紹介

ナチス・ドイツ占領下、ユダヤ人への迫害が日に日に強まるパリ。ソルボンヌ大学で英文学を学ぶ二一歳のユダヤ系フランス人女性、エレーヌは、自分たちをとりまく歴史的不幸を書き記すことを自らの使命と信じて、秘かに日記を書きつづける。彼女は自分の魂をこめたその日記を、愛するジャンに宛てて綴る。彼女は迫害を生き延びられなかったが、日記は奇跡的に散逸を免れ、戦後、数々のドラマを辿って本国で二〇〇八年一月に出版され、大きな話題を呼んだ。「生きていればおそらく、キャサリン・マンスフィールドのような繊細さをもった作家になっていたであろう」(パトリック・モディアノの序文より)と評された文学的感性で綴られたこの日記は、占領下フランスにおけるユダヤ人迫害の現実を、それを生きた当事者の視点から記した史料としても、稀な価値をそなえている。

エレーヌ・ベールの日記の感想・レビュー・書評

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  • 前方には不安しかない。私の頭には絶えず、自分には試練が待ち受けているという想いがある。私は消えたくない。私は絶えず考えているのだ。それは私が発見したことの1つでさえある。絶え間ない意識の中に自分がいる。「消える」と書くとき、私は自分の死を考えているのではない。自分の力が及ぶ限り、私は行きたい。強制収容所に送られても、戻ってこようと絶えず考え続けるだろう。神が私から生を取り上げなかったなら、そして人間たちが私の命を奪うことがなければ、それは酷い悪意の行為だから、神の意志ではなくて人間の悪によるものだという証拠だろう。もしそういうことになったら、この文章gあ読まれるなら、私が自分の運命を覚悟していたことがわかるだろう。私は前もって、それを受け入れているのではない。現実の重みの下で、自分が肉体的・精神的にどこまで耐えられるか、私にはわからない。でも、私が良きしていたころを知るだsろう。そして、この文章を読む人はまさにその瞬間、衝撃を受けるだろう。ずっと昔に死んだ作家が自分の死をほのめかすのを読んだ時に、私がいつも衝撃を受けたみたいに。

  • 日記をつづりはじめたとき、著者のエレーヌ・ベールはソルボンヌ大学の英文学専攻の大学院生だった。図書館の司書をしながら修士論文の準備をしている。裕福な家庭に育った聡明な女性で、ひとりの男に恋をしている。パリ市内は不穏な気配に包まれており、ユダヤ系は胸に黄色い星をつけずに外出してはならないという法律ができる。

    こういう時代でなければどんな人生を生きていただろうと想像させる才能と知性を備えた人だった。逆らえない運命を感じた彼女は日記をつけて、一家に出入りしていた料理人に託し、自分が死んだら恋人のジャンにこれを渡して欲しいと頼む。北ドイツの収容所に入れられた彼女はイギリス軍によって解放される5日前に亡くなるが、知らせを受けたエレーヌの弟はそれをジャンに知らせ、料理人のアンドレから受け取っていたノートを彼に渡したのだった。

    ジャンはその直筆の日記を手元に置きつづけ、その一方でタイプしたものが残された家族のあいだで読み継がれた。日記の出版に尽力したのはエレーヌの姉の娘、つまりエレーヌの姪にあたる女性である。彼女は15歳のときのこの日記の存在を知り、それ以来何かしなければならないという思いにとりつかれていた。そして1992年、ついに日記の原文を見ようと決意し、ジャンに連絡を取って会ったのだ。ふたりのあいだに友情と信頼が芽生え、日記の出版が話し合われる。だが、一部の親戚から賛同を得られず、15年たった2008年にようやくそれが実現したのだった。

    一家にとってもジャンにとっても、その日記は公にするのをためらうような痛みをともなったものだった。傷が深いだけに不特定の他者に読まれることに躊躇があった。現代において出版の行為がこれほど吟味され熟考されることはめずらしいだろう。まさにその手から離すようにして世の中に出て行った本なのである。

    逮捕されたとしても料理人のアンドレがこの日記をとっておいてくれると思うと幸せな気分になるとエレーヌは書く。
    「今となっては、物質的なもので執着するものはほかに何もない。守るべきものは、自分の魂と記憶なのだ」。
    いつ捕まるか知れない状態ではどんな豪華な衣裳も宝石も意味をなさない。だが、彼女は守るべきものとして命すらも挙げていない。命はやがて絶える。魂と記憶だけが不死のものであることを彼女は21歳で悟ったのだ。

    「わたしは絶えず「考えている」のだ。それはわたしの発見したことのひとつでさえある。絶え間ない意識のなかに自分がいる」
    エレーヌに無意識の状態はなかった。絶えずなにかを意識し、考えようとした。そうすることで生きている実感を得ていた。この日記はまさに自らの意識状態を自動筆記するような緊張感をもって書かれたのだった。だが彼女は同時にそれが読まれたときの時間差についてもよくわかっていた。

    日記は、現在進行中の時間を止めて記述しようとする行為だ。とくに彼女の日記の後半はその色が濃く、頭のなかに浮かんでくる考えや思考をひとつもらさず紙の上に留めようとする気迫に満ちている。それはいわば、流れる時間の一瞬をフィルムに定着させようとする写真の行為に近いと言えよう。

    書きながら彼女は、そのことばが時間を経てジャンによって読まれたときのことを想像する。それらのことばは、自分の死が成立したときにはじめて彼に届くのだ。そのことを意識すると、ジャンに対して語りかけるような気持ちになってきて、いまのように三人称では書けなくなるのを感じる。なら二人称で語りかけたらどうだろうかと考え、「即座に、芝居をしているような、自分自身でないような気がしてしまう」と述べる。

    こうした書くこと、読まれることへの繊細な思索は本書の大きな魅力のひとつだが、当然ながら外の世界とのあつれきを記した衝撃的な記述もある。黄色い星をつけなければならなくなった1942年6月7日の日記がそれだ。

    「ああ神さま、こんなに辛いことだとは思っていなかった。
    一日じゅう、わたしはすごく勇敢だった。しゃんと背筋を伸ばして、人々の顔を真っ正面からとてもしっかり見つめたので、みんな目をそらした。でもなんて辛いんだろう」

    その前の6月4日にはエレーヌはこう書いているのだ。

    「もし身につけるなら、それがどういうことが人々によく見えるように、わたしは常にとてもエレガントで、とても堂々としていたい。わたしはいちばん勇気ある行為をしたい。今夜、それは記章を身につけることだと思う」

    そしてそのとおりに実行してみて、「こんなに辛いことだとは思わなかった」ともらしたのだった。

    この記述はわたしを恐ろしく具体的な想像へと導いた。もしわたしが海外にいて日本人が記章を付けなければならなくなったとしたら。あるいは日本にいる中国人や韓国人が記章なしには外を歩けなくなったら。そう考えると、これはユダヤ人だけに起きた特殊な出来事だとして安全地帯に逃れることは出来なくなる。心の防護壁はいとも簡単に崩れて恐怖が接近してくる。肉声にちかい日記のことばならではの力だ。

    エレーヌは不条理な運命をのろったり、怒りを爆発させるような書き方はしない。すべてを自分への課題として受け止めるのが彼女のやりかたなのだ。日記の公開はセンセーショナルな出来事だったが、内容は少しもそうではなく、ことばに鎮静したトーンがある。そこに深いなぐさめと励ましがある。

  • フランス版アンネの日記。彼女の生き方はまっすぐで美しくて、あの戦争がなければ、と強く思う。

  • 大戦下のナチス支配が蔓延するフランス・パリ。ソルボンヌ大学の学生だったユダヤ系フランス人のエレーヌ・ベールさんが婚約者のジャンに向けて書いた日記。
    アンネのオランダの後ろの家での狭い人間関係の中での生活と異なり、彼女は幾分自由で、街の当時の様子なども伝わってくる。

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エレーヌ・ベールの日記はこんな本です

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