可能性としての歴史―越境する物語り理論

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  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (294ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000224659

感想・レビュー・書評

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  • 過ぎ去った事柄を歴史的なしかたで明確に言表するとは、それを実際にあったとおりに認識することではなく、危機の瞬間にひらめくような想起をとらえることをいう。史的唯物論にとっては、危機の瞬間においては、歴史的主体に思いがけず立ち現れて来る、そのような過去のイメージを確保することが重要なのだ。

    哲学は驚きをもってはじまる

    過去がその光を現在に投射するのでも、また現在が過去にその光を投げかけるのでもない。

    目立たない仕方で「身近」に存在している。図書館の片隅に永く借りてもつかないまま埃をかぶっている書物であるかもしれないし、日に日に「死後」になりつつある慣用句かもしれない、古アパートのたたずまい、祖父の残したパイプ、屋台小屋かもしれない、

    このように日常の隅々にーとはいえまさに隅に追いやられるしかたでー堆積している「もっとも身近な、もっとも月並みなもの」との出会いにおいて、さらにはそれを手がかりに、もはや目に見える痕跡としては残されていない過去の事象なり思想なり生の営みなりとの出会いにおいて、「現在時」の成立をうながす「過去のイメージ」の閃きは可能ではないだろうか。
    そのイメージを、新たな物語、つまりは新しい生の可能性の構想・体現の機縁として受け止めることができるかどうか、それはそのつどの当人にゆだねられている。とはいえ、次のことだけはたしかだろう。そうしたイメージからストーリーhの展開の地盤として機能するもの、それは各自の「物語り的自己性」であるに違いない、と。

    物語りにより、支えられている自己は、ライフヒストリーの反復的な語りにより、多くのものを隠蔽したまま、固定的な自己イメージを不断に再生産する危険をはらんでいる。

    現在時における過去と現在との出会いが成立するにはーとくに抑圧され社会の片隅に追いやられた事物に感応するためにはーそうした自己内外の枠組みをいつでも流動化する姿勢が求められる

    ★これまで隠蔽されてきた既在の生の可能性を開示することはできなくとも、断片のまま記録にとどめることにより、いつかは実現されるかもしれないそうした開示への素材として保存すること。さたには断片そのもののすがたであっても、現在において支配的な生のありかたとは異なった生き方への示唆を与えうるものとして、人びとに伝達すること、それが歴史の主要な機能のひとつである「痕跡の記録」の意味するものであるだろう

    ➡水になった村とかまさにそうだな。あそこには「生活の中の命」が映っていて、それにすごく希望を抱いた


    ★伝統という漢語は、統を伝うという中国古典の表現を名詞化したものである。その語義からして、「過去から現在まで一貫して受け継がれてきたひおつつらなりのなにか」を意味する言葉といえよう

    思考が個別の事象の記録、痕跡と出会ったところでふいに立ちどまる。現在と過去の時を隔てて成立するその出会いの布置関係において、

    ★抑圧され否定され、敗北して打ち捨てられていった過去の事象を、それがそうでありえた可能性、場合によっては正史により隠蔽されはしているけれども実際に発動されていたかもしれない潜勢力、そうしたものを生き生きとしたイメージとしてよみがえらせ、現歳の自分の生においてその「反復=取り戻し」を試みること。歴史の屑拾いとはそのような試みに寄与すること

    →これ、書道史も同じことだな、出口すみとか三浦宮司とか。書道史においては、もはや「生命」が引き継がれていないという点で、それは「伝統」じゃない。


    ★ひたすら流れ去る時間により形成される「歴史の連続性」を打ち破り、均質・空虚な時間軸における隔たりを超えたところで、過去はその可能性において取り戻されるものとして、現在と重ね合わされる。現在は、その過去の可能性を取り戻し、それを実現する場として過去と重ね合わされる。このように過去と現在とが重なりあう瞬間こそ、「現在時」と呼ばれるものなのだ

    →つまり均質的時間というのは、本当の意味での時間ではないということか。本来の時間は歴史という意味だろうか

    ★公共的既成解釈にそのまま従って同調主義的に営まれる生のただなかから、ハイデガーのいう「自分に固有の」在り方へと転換する、その転換の機縁を、そうしたイメージは与えてくれるのではないか。過去と現在との不意の出会いにおいて時間の連続性が打ち破られ、従来の生活の継続にくさびが撃ち込まれるという仕方で、自分んい送り定められた「運命」を感知させるという

    危機は、伝統の内実と伝統との受け手とを、ともに脅かしている。両者にとって危機同じひとつのもの、すなわち支配階級に加担してその道具になってしまうという危機である。伝統=伝承作用を制圧しようとしている体制順応主義の手からそれをあらたに奪取することが、いつの時代にも試みなければならない。

    →これはアーレントの述べた全体主義の興隆とも軌を一にしている。世界への関心の軽減(ハイデガー的なヒト)は、伝統の荒廃と同じことだ。伝統というのは、結局は「世界内存在」として、歴史=生命の上に生きる人が、外界と関わる中でしか、継承されない。

    ベンヤミンにとり伝統とは、自国の文化的伝承のかたちをとって「常なるもの」すなわち「恒常的なもの=実体」として前提にされうるものではなかった。それは一国を支配し、他国へも侵攻しようとする「支配階級」に抵抗して敗れた人々の記憶、「抑圧された者たちの伝統」である。そのような「伝統」をこそ、進歩の観念に導かれてつむぎだされる表層の歴史からは取り残された根源的歴史ととらえ、そこに視座をおくことによって、進歩史観によっては、「例外状態」として扱われる侵略と抑圧の同時代状況が、歴史においてはむしろ、「常態」であることを明らかにしようとする

    →敗れた者というのは、「生命ある生き方」をしたものという解釈でおそらく違いないだろう。

    死者の声を発見する手立てを提供してくれる点において、


    人々に過去の死と抑圧とを想起させることにより現実への批判力を滋養し、いままさに必要とされている抵抗を喚起する道であるとともに、進歩史観を乗り越えて技術万能主義的な<自然の搾取>からの離脱をうながし、自然と人間との和解を展望するものであった


    あてどもない未来方向への絶え間ない変化と、塁乗する共同幻想の再生産とのはざまで、「進歩の強風」にあおられた現在の「歴史意識」は「死者の声」からますます遠ざかるばかりなのであろうか

    →抑圧され抹消された「死者」の「痕跡」(これは例えば「水になった村」でもインディアンの言葉でも良い)は、危機に瀕した者に、「歴史」への接続を促す。この時に接続される「歴史」というのは、円環的なものということだろうか。自然(これは世界と言い替えても良い)と人間との「本来的な関係性」が想起される場所ということに関わりはあるだろうか。それともハイデガーのいう「運命」との遭遇だろうか。「いのち」が流れるところが歴史の上ということはよくわかるのだが。なんともまとまらない


    あてどもない未来方向への絶え間ない変化と、累乗する共同幻想の再生産とのはざまで、「進歩の強風」にあおられた現在の「歴史意識」は「死者の声」からますます遠ざかるばかりなのであろうか。このようなとき、「危機の瞬間にひらめくような想起」をとらえるとはどのような道において可能なのだろうか

    ★歴史意識という言葉を、重層的に過去を堆積させている歴史的時間の現在を生きる「物語り的存在」ととらえる立場に、いま一度立ち戻ってみよう。

    →「重層的に過去を堆積させる」という表記がすごく気になる。ここでの堆積は、決して直線的に伸びた、進歩主義的なものではない。しかし「堆積」という言葉が使われている。書道において置き代えてみたい。「統(過去から現在をつらぬいて流れるなにか)」は、時代によって、その形態を変化させながらも、書道という「伝統文化」のなかに引き継がれてきた。つまり甲骨文も、蘭亭も、黄庭堅も、「同じもの」を表している。つまり、紙と筆との関係性の取り方については、その形態に変化が見られるものの、根本的には変わっていない。それが書道の「歴史」というものだろう。だから書道は、「進歩」したのではなくて、その時代時代の要請に応じて、適度に姿を変えてきた。その意味では、歴史というのは重層的に堆積されながらも、「繰り返されてきたもの」ということが言えるだろう。もし仮にベンヤミンのいう「痕跡」によって、そうした《歴史意識》というものが、想起されるのならば、やはりそれは堆積物でありながら、しかしなお始終「変わらない」何かが想起されるという所に、今の自分の問題意識がある気がする。歴史を引き継いで生きるというのは、未来永劫「変わらない」所に決然と立って、生きるということになるのではないか。それは「命が流れる場所」=「世界」と「主体」との間。そこにベンヤミンのパサージュ論は関与している気がする。


    みずからの内側に潜みながらも、同時代に支配的な歴史の物語によって隠蔽されてきた諸要素。それらが外部にある失われた過去の痕跡と呼応しあううというしかたで、失われた過去の痕跡と呼応しあうというしかたで、失われた時は見出されるのではないだろうか。

    →いのちの発見。いのちの想起。「過去の痕跡」というのは、「歴史上」では常に震えている。その「歴史」に入っていける者が、見つけることが出来れば。

    「歴史意識の積時性」の思想を提起する野家啓一が、過去を下層に沈殿させた歴史的時間の「再活性化」について語るとき。それは「史料や遺物をてがかりに」行われるものだと言われている。

    当人によって体験された想起の対象となる出来事と歴史学的な合理的再構成の手続きにより接近できる出来事との交錯地点に位置する領域、

    現在を生きるみずからの内面に内外の正史により抑圧されながら潜んでいる多様な要素との呼応関係において、それらの事象を再発見しようと試みることが可能なのではないか。

    →これ、安田登さんのいう芭蕉論に近い気がする。死者の痕跡に、芭蕉が接続しにいったということか。

    この街を歩く時、「忘れたものを想い出す」ような気分にひとは襲われるにちがいない。その気分はおそらくは単なるノスタルジーではないはずだ。かつてほかの場所で風景のように通りすぎた空間、雰囲気として感じとった気配が、こうした街に足を踏み入れる者に、不意に想起させるのである。そのことは、各人の幼少期の生活空間と体験とを背景にしてはじめて、可能になっているにはちがいない。

    →この「忘れたもの」って何だろうか。外界を、「歴史の堆積」として、即ち「神話的」時間の繰り返しとして知覚しうる、そういう身体的空間性のことだろうか。歴史の上に生きるというのは、この社会に身を置きながら、なお神話的時間に生きる存在といって違いないだろうか。繰り返される「永遠」の上で生きていたとみて間違いないだろうか。それが、人類によっての「希望」になるとみて違いないだろうか。

    同様の交錯をはらんで過去を重層的に沈殿させているただいっまの現在時を浮かび上がらせるとき、同じ現在時を生きる人々自身の内的諸要素の重層性がそれに呼応して、再び活性化されてゆく

    自分の内部に沈殿した要素を攪拌するかのように活性化させ、物語的存在としての生を拡散的に豊かにすることに、それは寄与するはずであろう

    ★この間の近江八幡を歩いてゐる時、急に思い出した谷中での時間、あの時間は、近江八幡という街の「神話的時間」、すなわち「歴史の堆積物」としての「近江八幡」の「空間」に誘われるような、そんな経験であったような気がする。そしてその近江の空間というのが、谷中と同じであるように私には思えた。それは決して谷中と近江八幡が似ているというわけではない、おそらくそうした感慨に至ったのは、自分自身のあの時の、知覚のあり方に大きな関与があるような気がする。あの時、私はたしかに、近江という「歴史」的堆積物としての街、もう少し言えば「人間」と「自然」とが相互交渉されて形成され、今現前されている「形象」の上にいた、しかしなおその形象が今までたどってきた「堆積」の変遷が全て流れている、そういう「時間意識」にいた気がするのだ。

    「歴史」とは、過去に生じた出来事としてひとつに完結した事実を意味するにとどまりはしない。さまざまな痕跡や記録を回路として呼び出され、一見自足しているかにみえる「現在」の奥底にひそむ深層として忽然と姿をあらわし、人びとにこれまでとは別様の生のありかたへと歩をあゆませうる、そのようなものであるはずだ。

    この意味で、現在を生きる者にたいし新たな生の可能性を指し示すもの、またそうした可能性として現在にそのつど取り戻されるものー

    「未実現の可能性の取り戻し」

    メシアとは、普通には救世主として訳され、

    現状を変革して理想的な未来を建設する救い主であるyりも、過去のあらゆる瞬間を現在において呼び戻す能力をもつ

    抑圧され否定され、敗北して打ち捨てられていった過去の事象を、それがそうでありえた可能性、場合によっては正史により隠蔽されはしているけれども実際に発動されていたかもしれない潜勢力、そうしたものを生き生きとしたイメージとしてよみがえらせ、現在の生においてその「反復=取り戻し」を試みること、「歴史の屑拾い」とは、そのような試みに寄与すること

    そんな時代の中で、多くに者たちは、内と外からの烈しい風化に晒されながら、それでもなお「あの時代」の記憶をつなぎとめようとしていた。或いは、記憶をつなぎとめうる(表現)をさがしもとめていた。

    1990年代後半から、トラウマ的記憶に声を与え、物語的記憶に置き代えるという課題、語りえない出来事の記憶をかろうじて伝達、共有するための方途を見いだすという困難な課題に、さまざまざな角度からのアプローチが伝われて往く

    もとより文学と共同的記憶としての歴史の関係は、一義的に規定できるものではない

    一方では忘却の淵にある出来事を、生存者の証言と想像力とを駆使して仔細に再現すると同時に、他方ではそのように再現=表象されたものを読者が出来事の記憶として領有することを拒否して、て

    多くの者たちが言葉を閉ざす中で、あの時代は「伝承なき時代」として、この国の年代記から消し去られようとしている

    その「可能性」とは、いったん日本近代史にまで遡り、正史としての歴史と対峙することによってはじめて、開示されるものであった。記憶、虚構、歴史が、ここにひとつの場で出会い、新たな将来を仄かにも指し示しつつ

    →海士で実感した感触に近い

    過去とは、人間の実存可能性の貯蔵庫なのであり、人間は各自が自己の招来のあるかたを選び取るさいに、遺産として蓄積されたそれら過去の生のありょうを無自覚にも反復する。その反復は、過去に潜む未実現の可能性の取り戻し

    沈黙から表現の場へと回帰したとき、過去は過去そのものが含む可能性へと向けて想起されてゆく、

    置き去りにされた過去、戦後日本社会が忘却し、そのうえに繁栄を可能にしていった出来事。それはしかしさまざまな人の手によって、在日朝鮮人作家の手によって、複数の手によって、そのつどのいまに呼び出され、語り継がれてゆく

    さまざまな人々、風景、書物と出会い、自分の知らなかった「真新しく生生しい過去」にうちのめされ、

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著者プロフィール

1955年生。早稲田大学教授。著書:『可能性としての歴史──越境する物語り理論』(岩波書店),訳書:ベンヤミン『【新訳・評注】歴史の概念について』(未來社)。

「2016年 『リクール読本』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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