韓国の若い友への手紙 歴史を開くために

  • 岩波書店 (2006年6月27日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (200ページ) / ISBN・EAN: 9784000224673

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  • 上村忠男の名前はスピヴァクの『サバルタンは語ることができるか』の訳者として知っていたのだが、政治思想の研究者として、歴史認識などに関わる多数の著作がある人らしい。その上村氏が済州島と沖縄についていい本を書いていると人に薦められて読んでみた。本は、若くして亡くなった韓国のグラムシ研究者の遺児である女子高生にむけた手紙という形をとりつつ、「歴史を、歴史の外に置かれているもの、あるいは『歴史の他者』との関係のなかで根本的に問いなお」すための導きを著者が得てきたというサイード、吉本隆明、森崎和江等々の著書を紹介する形で書かれている。だからといって、これら思想家たちの著作を平易な言葉で案内してくれる本だと期待したら大まちがい。手紙という形をとっていながら、ここには「対話」はなく、上村氏が語り続けるのはひたすらに自分の思想であり自分の「構え」なのだ。「他者に開かれた歴史のために」書かれた本としては、なんとも奇妙なことではないか。1960年代から思想形成をしてきたという著者が引用する本の中には興味をひかれる議論もたくさんあったが、著者が試みるのは、これらの著作を導きに、済州島や沖縄を「まったくの他者」として受け止めることで、知識人としての自らを「言説のヘテロトピア」へと転位することである。著者はこの構想をサイードの知識人論にならうものと考えているようだ。だが、知識人としての責任を自らにひきうけるサイードの実践は、自らの「構え」に終始するようなものではなかったはずだ。ひとりの実在する少女にむけた手紙という形をとりながら、実際には、彼女は対話を通して私の存在を揺るがせるかもしれない他者としては認識されておらず、ただ上村氏自身の思想を語る鏡の位置しかあたえられていない。この構図って、大浦信行の映画『日本心中』とか伊東乾の『さよならサイレントネイビー』にも共通してる。けっして言い返さない少女を鏡に、延々と私語りするシンポ的男性知識人たちの態度こそ、考察の対象として興味深いのでは?

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著者プロフィール

1941年生まれ。東京大学大学院社会学研究科(国際関係論)修士課程修了。東京外国語大学名誉教授。学問論・思想史専攻。著書に『ヴィーコの懐疑』『ヘテロトピア通信』『ヴィーコ論集成』(共にみすず書房)、『歴史家と母たち』(未来社)、『歴史的理性の批判のために』(岩波書店)、『グラムシ 獄舎の思想』(青土社)、『アガンベン 〈ホモ・サケル〉の思想』(講談社)、『歴史をどう書くか』(みすず書房)など。訳書にカルロ・ギンズブルグ『糸と痕跡』『ミクロストリアと世界史』『政治的イコノグラフィーについて』『どの島も孤島ではない』『自由は脆い』(いずれもみすず書房)、アントニオ・グラムシ『革命論集』(講談社)、ヴィーコ『新しい学』上下(中央公論新社)、アガンベンの訳書に『残りの時』(岩波書店)、『いと高き貧しさ』『カルマン』『現実化しえないもの』(いずれもみすず書房)、『アウシュヴィッツの残りもの』『瀆神』『到来する共同体』(いずれも月曜社)、『実在とは何か』(講談社)、『言葉と死』(筑摩書房)などがある。

「2025年 『言語活動の秘蹟 宣誓の考古学』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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