今日の宗教の諸相

制作 : Charles Taylor  伊藤 邦武  佐々木 崇  三宅 岳史 
  • 岩波書店
3.91
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レビュー : 3
  • Amazon.co.jp ・本 (133ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000225700

作品紹介・あらすじ

現代の宗教に映し出されている、さまよう孤独な魂のゆくえを追って。国家をはじめとする共同体を離れ、また価値の規範を見失った「新しい個人主義」の時代はどこに向かうのか。一世紀をさかのぼるウィリアム・ジェイムズの宗教経験の探究が、今日もなお先見性を失っていないことを確認しつつ、その「宗教科学」が捉えた精神の現実に見合う、共同性の次元のダイナミックな変容に表現を与えようとする。大衆消費社会とIT革命に後押しされた、個人主義的で表現主義的な宗教現象から、私たちは明日の世界に向けたどのようなメッセージを読み取るべきなのだろうか。

感想・レビュー・書評

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  • 100年前に書かれた、ジェイムズの『宗教的経験の諸相』をもとにして、現代の科学が発達した現代における宗教の対立や様態の変化を論じ考察を試みる。
    完全に本書はジェイムズの宗教論になっている感じは否めないが、ジェイムズの立つ視点は、信仰箇条や教義ではなく、あくまでも個人の「経験」であり、また同時にそこにおいて働いている「感情」の在り方を突き止めようとするものであった。いわば、個人的体験、「感情的宗教」から、宗教の在り方を突き止めようとしたのである。
    現代にいおいて、宗教はもっぱら内的なものであるという見方が強いが、それ以前には連帯であったり、権威であったりしたのである。
    現代の段階では、個人の感情に忠実な霊性・スピリチュアリティの獲得が求められるために、伝統的な宗教の教義が拒否され、場合によっては非西洋的・ニューエイジ的精神性が求められたりする。
    宗教をめぐる無数の対立を生みだす大きな背景の一つに、我々誰もが感じる「世俗化」という世界の趨勢にたいする感情的なわだかまりや、知的不透明感というものを、わずかに解消できるのではないか。

  • 宗教学及び現代哲学の古典である『宗教的経験の諸相』に対するテイラーの批評である。

    要点ははっきりとしていて、あまりにも個人の宗教的経験を重要視しすぎ集団を軽視したジェイムズに対し、テイラーは「集団だからこそ」強化される個人的経験があるのだということを主張する。

    実際、テイラーの言うように、一時的な(超越的)興奮を手に入れるのは個人でも出来るだろうが、それを継続して得ようとしたときにはなかなか個人だと難しい。

    これは何も宗教という特殊な次元に限ったことではなく、たとえばそれは勉強をするときに一人ではなかなか勉強出来ない一方、集団でいると集中力が増したり勉強をする気がおきたりすることがある、というのと本質的には同じである。集団が行動を喚起させたり、あるいはある行動を強めたりするように、ある感情を喚起したり、あるいはある感情を強めるというのはまったく理に叶った話だと僕も思う。

    実際、日本でも島薗進先生が個人の体験を重要視する「新霊性運動」から集団を求めて何らかの宗教団体に着地することは考えうるということを指摘しているし、最近だと堀江先生の書いた本の中にもそのような事例が書いてあったことを覚えている。

    しかしこの本を読んで僕が気になるのは、このようなモデルがどの程度日本でも適用可能なのかということである。少なくとも米国のようにフランクに宗教団体に帰着するということはなかなか考えられないのだが、あるいはそれは日本とアメリカ(あるいはカナダの)宗教団体の持つ性質の違いだろうか、あるいは人々の認識の違いだろうか?

    真実はおそらく両面であろうが、もし日本ではこのモデルのように宗教団体への帰着という方向へ舵を取らないのだとしたら、その代替物として何が見出されていくのかには非常に興味がある。例えばそれはある種の特殊なシェアハウスだったりNPOだったりするのかもしれない。

  • 2010.6.28読了

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