クルド問題 非国家主体の可能性と限界

  • 岩波書店 (2022年2月25日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (164ページ) / ISBN・EAN: 9784000226462

作品紹介・あらすじ

「アラブの春」を発端とする紛争勃発から10年。主権国家の秩序がいっそう揺らぎ、非国家主体の影響力が増すなかで、その代表的存在であるクルド人勢力についての学術研究はいまだに手薄い。地域研究、国際関係論、政治学の方法論を駆使して世界最大規模の国を持たない民族、クルド人の実像に迫り、クルド問題研究のフロンティアを切り拓く。

感想・レビュー・書評

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  • シリア・クルド人のロジャヴァと、PKKの指導者オジャランについて知りたいと思って読んだ本。144頁の小著ながら、内容的には非常に興味深いものがあった。

    特に印象的だったのは、オジャランの人間形成について触れた第1章「クルド人リーダーたちの肖像」と、PKKの結成時からの武装闘争に際して戦闘員をリクルートする方法を論じた第4章「クルディスタン労働者党(PKK)のリクルート方法」であった。

    第1章には、オジャランが影響を受けたマレイ・ブクチンについて、「ブクチンは『エコロジーと社会』などで知られるアナーキスト(無政府主義者)である.オジャラン同様,元々マルクス・レーニン主義者だったブクチンだが,ソ連の崩壊によりアナーキストに転じ,特に地方の連合制を強調するに至った.」(18頁より引用)とあるが、ブクチンが Post-Scarcity Anarchismを書いたのが1971年であるように、ブクチンは若い頃にトロツキズム運動から転向してから長らくアナーキストだったのであって、ブクチンを「ソ連の崩壊によりアナーキストに転じ」とする上記の記述は、ブクチンについての研究を参照せずに書かれた事実に反する記述である。それを除けば、オジャランが90年代にマルクス=レーニン主義を放棄し、PKKという組織の生き残りをかけてどのような思想的な変遷を経たかを明らかにしてくれる大変有用な記述だった。概説的に言えば、レスリー・リプソンの「民主共和国」の思想と、マレイ・ブクチンの「リバタリアン地域自治」をオジャラン的に解釈した結果が、オジャランの「民主連合制」(democratic confederalism)の思想だとのことである(18-19頁)。他方、第1章では、欧米左翼が好むロジャヴァ革命についても、それがオジャラン自身が掲げる「民主連合制」の理念からはかけ離れた、クルド人武装組織やアメリカ軍の軍事力に依拠した存在であることが批判的に論じられている。長くなるが、以下引用する。

    “ それだけではなく,北・東シリア自治局は,YPGやシリア民主軍,アサイシュや内務治安部隊といった統合的な暴力装置と,米軍の軍事的後ろ盾があってのみ存立しているという点で,純粋な意味での自治とは言えなかった.PYDはロジャヴァにおいても,北・東シリア自治局においても,オジャランの思想を踏襲するかたちで中央集権的な国家の存在を否定し,分権制を強く主張した.だが,唯一,武装部隊であるYPG,シリア民主軍,治安部隊であるアサイシュや内務治安部隊だけは,支配地域全域において統合的で中央集権的な組織として再編された.中央集権的な軍・治安組織は,ISに対する「テロ〈←22頁23頁→〉との戦い」,シリア政府との軍事的対峙を遂行するうえで不可欠だということは言うまでもないが,それが民主連合制の理念と乖離していることに,オジャランの思想の限界を見出すことができた.それだけでなく,この中央集権的な軍・治安組織は,それ自体では何ら自律性を有しておらず,北・東シリア自治局の支配地各所に部隊を駐留させる米軍の存在によって裏打ちされていたことは,自治ではなく,むしろ傀儡ないし占領といった性格を感じさせるものだった.米国はトランプ政権期に二度にわたって北・東シリア自治局の支配地域からの撤退を決定し,これを撤回した.その際,シリア民主軍がシリア軍への合流を通じて存続を図ろうとした事実は,北・東シリア自治局の存立が内発的ではなく,シリア内戦の主要な当事者の軍事的プレゼンス,軍事的バランスに依拠していることを物語っていた(青木2021).”
    (今井宏平、吉岡明子、青山弘之「クルド人リーダーたちの肖像――バールザーニー親子,ターラバーニー,オジャラン」今井宏平〔編〕『クルド問題――非国家主体の可能性と限界』岩波書店、東京、2022年2月22日第1刷発行、22-23頁より引用)

    欧米左翼を中心に、ロジャヴァ革命をスペイン革命以来のアナーキズム革命だとする意見は根強いが、政治学者からはこのような限界が指摘されていることは念頭に置かなければならないと強く感じた。

    また、第4章では、オジャランのPKKが1980年代から90年代前半にかけて、マルクス=レーニン主義に依拠してトルコ政府との武装闘争を行なっていた際に、共産主義思想に共鳴して党に入った人間は思想の違いから裏切る可能性があったため、強制的に誘拐した人間を武装闘争に従事させることを好んだという、非道な性格が指摘されている(95-97頁、102-103頁)。恐らくPKKのみならず、また共産ゲリラに限らず、世界中の反体制武装組織でこのような戦闘員のリクルートが行われたのであろうことを示唆しており、本書で一番有益な記述はこの点だった。以下、本書の記述を引用する。

    “……PKKは公務員がトルコ政府の回し者であり,特に教師はトルコ中心主義をクルド人に植え付けようとしていると考えていた.1987年から92年までに18人の教師が殺害され,137の学校が破壊された(İsmet 1992:82).また,このゲリラ戦の開始の段階でPKKがリクルートのために行ったのが子供もしくは若者の誘拐であった(İsmet 1992:84-86).”
    (今井宏平、岡野英之「クルディスタン労働者党(PKK)のリクルート方法――なぜ人材を確保し続けてこられたのか」今井宏平〔編〕『クルド問題――非国家主体の可能性と限界』岩波書店、東京、2022年2月22日第1刷発行、96頁より引用)

    上記のİsmet 1992はİsmet, İsmet G.(1992) The PKK: A Report on Separatist Violence in Turkey(1973-1992),Ankara:Turkish Daily News Publications.のこと。

    “ 第3に,PKKが信頼できる者をリクルートしようとしたとき,そのチャンネルが限定されることになった.第1節で論じたように,信頼できる者を集めるには,すでにメンバーである者の人脈に頼るか,ローカルな人脈に頼ること〈←102頁103頁→〉になる.イデオロギーに共鳴して入ってきた「知人ではない者」は,最終的には信頼できない.そうした者は方向性の違いから裏切る可能性も少なくない.ゆえにイデオロギーに共鳴した「知人ではない者」をリクルートするよりも,誘拐によって強制リクルートした者を厳しい規律下に置くことで従わせた方が都合がよい.彼らは,方向性の違いから反旗を翻すことはないからである.”
    (今井宏平、岡野英之「クルディスタン労働者党(PKK)のリクルート方法――なぜ人材を確保し続けてこられたのか」今井宏平〔編〕『クルド問題――非国家主体の可能性と限界』岩波書店、東京、2022年2月22日第1刷発行、102-103頁より引用)

    周知の通り、PKKの指導者オジャランは、現在はロジャヴァ革命の思想的指導者となっているが、体制の苛酷なクルド人の取り扱いに対して、反体制運動が行ったこの種の残虐非道さをどう考えるかは、私も含めて、反体制を標榜する側の重い課題だと私は感じる。

    その他、第2章には、イラクで事実上の国家化を強めているイラクのクルディスタン地域について、イラクのクルディスタン地域政府(KRG)当局が、イラクのクルド人に対して古代メディア王国を起源とするというナショナリズム教育を行っていることが論じられている(34-35頁)。私はこれを、クルド人と非クルド人の障壁を強くしてしまうという意味で、危険なナショナリズムだと感じた。


    以上、本書は小著ながら、現在のアナーキズム運動の実践と、少数民族のナショナリズムを考える上で非常に示唆に富んだ良書であった。

  • 東2法経図・6F開架:316.8A/I43k//K

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著者プロフィール

独立行政法人日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所海外研究員
1981年長野生まれ。中東工科大学 Ph. D. (International Relations)。中央大学博士(政治学)。専門は、現代トルコ外交・国際関係論。著書に『トルコ現代史』中央公論新社、2017年、『戦略的ヘッジングと安全保障の追求:2010年代以降のトルコ外交』有信堂、2023年、『トルコ100年の歴史を歩く:首都アンカラでたどる近代国家への道』平凡社新書、2023年などがある。

「2024年 『国際学の先端研究』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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