- Amazon.co.jp ・本 (273ページ)
- / ISBN・EAN: 9784000227247
作品紹介・あらすじ
自衛隊の海外派遣、首相の靖国参拝、強制される「日の丸・君が代」…次々に空洞化させられてきた日本国憲法。憲法とは「守る」ものではなく、「獲得する」ものだ。日本の北で南で、日々たたかいつづける人びとの姿を鮮やかに描く。
感想・レビュー・書評
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憲法訴訟の原告のドキュメンタリーである。憲法裁判とは何かが理解できる。
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益永スミコさんも載ってるというので借りてきた本。カバーの袖には、憲法とは「守る」ものではなく、「獲得する」ものだ、とある。「権利の上に眠るな」を思い出させる。
「おかしい」「ヘンだ」「納得がいかない」と声に出し、動いてきた人たちを追ったドキュメントの著者は、「まえがき」でこう書く。
▼異議申し立てをした彼らの思いを支えている意識は、紛れもなく再び植民地支配/侵略戦争をくり返さない、荷担者にはならないという歴史認識と人権意識である。(p.vi)
それぞれの住む場所で、かんたんには根こぎにされない草の根を張りながら、小さな一歩をすすめる人たちは、すごくトクベツなマネでけんような人というより、思いのほか軽やかだという印象が私には残った。こんなふうに憲法を読み、こんなふうな角度からその「なかみ」を考えて求めていけるんか、とも思った。目を開かされるところが、あちこちにあった。
たとえば、横須賀で基地のないまちを求めて月例デモを続けてきた新倉裕史さんは、続いてきたのは「だらしなくて、止める勇気と力がなかったから」と言う。大阪で、在日中国人として納税者として「思いやり予算」違憲訴訟を提起した徐翠珍さんは「一人の力なんてたかがしれてると、思てるから、ね。ごっつう気が楽なんです。自分の信念に背かない程度にがんばろうよ、と思えるようになったから。…何べんもやっているうちに、どこか開けてくるんやと。…それには、アリバイでもええから、おかしなことには一つひとつていねいに異議あり、とゆうていこうと、と。そんな感じやね」と語る。
「アイヌ文化を尊重するにしても、箱に入れて観賞するのではなく、社会生活の中に活かせるようにしなければ」という多原葉子さんの言葉も、多文化共生とか異文化をみとめるとか文化を尊重するとか、それを「社会生活の中に活かせるように」ってどういうことやろうと印象に残った。多原さんは「たとえば、アイヌ語なら、実際の教室で使え、単位が取れるようにするとか」と例をあげる。
この本の続きに『憲法を奪回する人びと』という本もあるそうで、本の検索をしていて気づいたが、著者はこの5月に出た『大逆事件―死と生の群像』を書いた人でもあった(この本は読んでみたいと思っていた)。