その日の予定――事実にもとづく物語

  • 岩波書店
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本棚登録 : 80
レビュー : 13
  • Amazon.co.jp ・本 (168ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000229722

作品紹介・あらすじ

「いちばん大きなカタストロフは、しばしば小さな足音で近づいてくる」。第二次大戦前夜、オーストリア併合に至る舞台裏を、事実の断片から描き出す。大企業家とナチ高官との秘密会合、オーストリア首相を恫喝するヒトラー、チェンバレンを煙に巻くリッベントロープ…。彼らの卑小で時に荒唐無稽な行動・決断が、世界を破局に引き込んでゆく。事実に基づく物語。仏ゴンクール賞(2017)受賞作。

感想・レビュー・書評

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  • 第二次世界大戦前、オーストリアがナチスドイツに併合されるまでの舞台裏を小説化した一冊。
    多くの資料を参考にしているようで、大変濃く難い内容となっています。
    頁数は少ないのですが、何度か読み返して理解を深めながらの読了となりました。
    オーストリアはドイツに近い国に違いありませんが、無理に併合すれば不和や軋轢が生じて当然です。
    ヒトラー率いるナチスドイツが強制的併合をじわじわと進める不気味さを、文学的に描いています。

  • オーストリア併合の実態は、その後の電撃戦のイメージとは程遠い、車両故障と渋滞の連続のお粗末な軍事侵攻で、旗を持って沿道で待ちわびる市民は諦めて家路につくほどだった。
    この時に真に驚くべきは、ポーカーのブラフにも似たはったりの前代未聞の成功であり、関わった権力者たちがまんまとヒトラーの虚勢に屈従したことである。
    とりわけ少人数の会見になるほど、魅惑の魔術に支配されやすかったが、この時のオーストリア首相との会見も、鬼気迫るものがある。
    扉の閉まった執務室のなかを縦横無尽に、興奮状態で喚き散らし、一転して笑顔で諭す。

    怪物はどんどんと要求をエスカレートさせ、シュシュニクに首相を辞職して、ナチ党員を後釜に就けよと指示を出す。
    この時の作者の文章が奮っている。
    「若い頃、第一次世界大戦でイタリア軍の捕虜になった時、シュシュニクは恋愛小説よりグラムシ(イタリアの思想家)の論文を読んでおくべきだった」。
    そうすれば「敵と論争する時は、相手の立場に身を置いて」みることを思い出せたに違いない、と。
    しかしこれまでの人生で相手の立場になったこともない小独裁者は、「声を詰まらせ鼻は赤く涙目で、弱々しく」イエスと言うほかなかったのだ。

    オーストリアでは権勢を誇る小独裁者シュシュニクも、唯々諾々と怪物に従順ではなかった。
    反論を試み、切り返しのカードも切ったが、なすすべもない。
    怪物はその度に、沈黙してじっと相手の目を覗き込むのだ。
    緊張の瞬間である。
    それまでのとげとげしい語調を変え、笑顔で「私の人生ではじめてのことだが、すでに踏み切った決定を見直すことにした」と宣言する。
    が、実質はさらなる要求の引き上げにつながるのだが、それでも相手は「降りかかった不幸を片付けて、もとの平和な状態に戻りたい」と譲歩を繰り返していくことになる。

  • 史実に基づきながら、一幕の芝居のような
    読後感。アウシュビッツへ繋がるカタストロフィへの
    序曲が喜劇的。

    いちばん大きなカタストロフは、
    しばしば小さな足音で近づいてくる

    私たちが心に刻み込むべき真理だと思う。

  • 難しくて二度読んだ。

  • 第二次世界大戦前夜のオーストリア併合の
    舞台裏、歴史の変換時の、なんとも言えない
    人間の行動。
    重苦しい作品。

  • ゲーリングは数年前の自分の大げさな表現を思いだし、おそらく、あの時の芝居じみたやりとりが後世の謹厳な歴史書の記述や重大な出来事について人びとが抱くイメージとはるかにかけ離れていると感じて、リッペントロープに向かって笑い始めた。すると、リッベントロープも引きつったような笑い声を立てた。、、、この廃墟のまっただなかで、二人は笑いが止らなかった。

    この瞬間も、それ以前の重大であろう会合の場での人びとの語らいも、刻々とただ時は過ぎていくのだ。偉大な指導者でも、一介の市井の人びとでもその時の進みは同じ。

  • フランスのゴンクール賞受賞作。まだ第二次世界大戦に至る以前、ナチスドイツは戦うことなくオーストリアを併合した。その舞台裏を短く簡潔にまとめた物語。あくまで事実に基づいているものの細部の会話は作者の創作、という意味でのフィクションは個人的な好みからすると翻訳のせいかもしれないが文体が少し華美に過ぎるかな。ナチに協力しオーストリア併合に際しても献金を行う今も存続かつ繁栄し続ける大企業家たち、オーストリアの独裁者を呼びつけ恫喝するヒトラー、併合の発表に対する動きを遅れさせるためにくだらない話でイギリスの首相をランチのテーブルに引き止め続けるナチの外交官、一見ばらばらな動きが流血なく一つの国が征服される過程のデタラメさを描き出している。ナチスドイツが権力を握る前に既にハリウッドにはナチの軍服が映画用に準備されそれをユダヤ人が手入れしていたエピソードや、ヒトラーによって追い落とされるオーストリアの首相と彼の後釜に座るオーストリアナチスのリーダーがブルックナーについて意見を交わす場面など、一見ストーリーに関係のないそれでいて興味深いエピソードの插入も効果的。ちょっと読みにくい部分はあるけどもかなり興味深い物語で面白かった。

  • 『トラムかバスに乗ると、混雑する車内をかき分けて屋上席にたどり着き、ひどい寒さの中で物思いにふける。だが、その年〔一九三三年〕の二月二〇日はありきたりの日付ではなかった。それでも、たいていの者たちは午前中仕事に精を出し、労働というつつましい、大きな嘘に浸りきって過ごした。彼らのちょっとした小さな動作には、都合の良い無音の真実がこめられ、我々の生存という英雄的行為のいっさいが勤勉なパントマイムに要約されているのだ』―『秘密の会合』

    世の中が将来どうなっていくのかを正確に予測できる人などいたためしはないが、だからといって未来を想像しても仕方がないと思ってはいけない。この告発の書が語るのは、つまるところそういうことだ。そしてもう一つ、世の中の出来事を他人事と思っているといつの間にか自分自身がその罠に捉えられてしまうことになる、ということ。

    時間の流れを行き来すると同時に、多面的な史実をつなぎ合わせる客観的な視点と過去の人々に語り掛ける主観的視点が交錯し、決して物語を読んでいる印象にはならない。もちろん、つなぎ合わせる糸は作家が選んだもの。その手繰り寄せる強さの加減次第で物語の色合いも変化する。その運針の後だけを辿るのであれば本書は歴史書的な読み物となるだろう。しかし、その糸が過去のばらばらの出来事だけでなく現在進行形の存在にも伸ばされたことで本書の趣はがらりと変わる。

    最初の章である「秘密の会合」と最後の章の「あの人たちはいったい何者なんだ?」を結び付けること。それこそ作家エリック・ヴュイヤールの意図したことと。そしてそう理解してしまうと、その告発の縫い針の先に今を生きる自分たちも含まれているのだということを意識せずには居られない。言い古された「歴史は繰り返す」という言葉が示唆するのは、人の内側にある、目を逸らしてしまいたくなるような闇の顔なのだ。それは決してあからさまな悪ではないが、人の善を信じる気持ちを砕く力を持つくらいにははっきりとした形を持ち襲いかかって来るもの。白黒をはっきりと着けたがる空気の中に偽りの勧善懲悪の誘惑を嗅ぎとる冷静さを失ってはならないと自戒する。

  • ★4.0
    第二次大戦前夜、ナチスによるオーストリア併合のみに視点を当てた1冊。冒頭で綴られるのは、1933年2月20日のとある会合。企業家たちにナチスへの資金提供を依頼する会合で、如何に彼らがビジネスの一環として資金を提供していたかが分かる。と同時に、高圧的だけれど建前を重んじる、ナチスの二面性が不謹慎ながらも面白い。特に、ニュルンベルク裁判で明かされる、ゲーリングの電話に纏わるあれこれは完全にコメディ。事実を基にしているものの作品としては小説で、ハリウッドの貸衣装店等、同時間軸の様々な出来事が印象深い。

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