書物について: その形而下学と形而上学

著者 :
  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (400ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000233590

作品紹介・あらすじ

いつも手元にあって慣れ親しんでいる本/書物。書物とは何だろうか?「もの」としての書物が世に現れて、現代に至るまでその身につけてきた特質とそのありよう。書物という物体とその内容をなすものがひとつに溶けこんだ相において自在に語られる「書物への夢夢の書物」。その考察はおのずとヨーロッパ精神史を飾る多くの詩人、作家、思想家たち-マラルメ、ユゴー、ダンテ、プラトン、ビュトールら-の書物との関わり、文人たちの測り知れない書物への想いへと及んでゆく。

感想・レビュー・書評

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  • どんなものにも起源がある。それを知ることもなく、今あるものから恣意的な想像を巡らし、それに立脚して何かを考えることは、ありもしないものを捏造するという点において、ニーチェのいう「遠近法的倒錯」の病を冒すことに他ならない。たとえば、書物というとき、我々は平べったい直方体をしたものを想像してしまうのだが、それが「遠近法的倒錯」の一例である。

    『ベンハー』などのローマ史劇を思い出せば分かるとおり、かつて、書物といえば、パピルスを糊でつないで巻物状にしたものを指していた。その蔵書数で有名なアレキサンドリア図書館に収蔵されていた図書は、この巻物だった。外形だけではない。貴重なパピルスに余白を作ることを恐れたこともあり、記述法も今とはちがって、語の切れ目というもののないべた書きで綴られていたと言われている。我々が現在書物と聞いて思い浮かべる、章ごとにまとめられノンブルの打たれた形式は、所謂「小冊子(コデックス)革命」を待って初めて生じたのである。

    アレキサンドリア図書館がベルガモンの図書館の隆盛に危機感を覚え、パピルスの輸出を止めたことにより、それに代わる羊皮紙という媒体が一般化したことが、現在の書物の形式を呼び寄せたのは皮肉である。重ねて綴じることのできる紙という物の登場によって、ページ検索の道が開かれ、人は、書物を何かを調べる道具として用いることが可能になった。

    副題に「その形而下学と形而上学」とあるとおり、『書物について』は書物の形ばかりを問題にしているわけではない。音声言語中心であったギリシア時代を経て、西欧が文字言語中心社会に変化していく契機として「聖書」が登場する。「聖書」には、この世界を書物として解する叙述が頻出する。ユダヤ人こそは「書物から出てきた種族」と言えるだろう。書物が神を象徴する宗教であったればこそ、グーテンベルグ革命を評してユゴーが言った「これがあれを滅ぼすだろう。書物が建築を滅ぼすだろう。」という『ノートル・ダム・ド・パリ』の言葉が予言めいた響きを持つのである。

    建築とはノートルダム大聖堂、そのファサードのアーチに彫られた彫刻は、文字の読めない民衆に神の秘蹟を物語る「石の書物」であった。やがて、大量に印刷されたルター訳聖書の普及はカトリックの世界の牙城を揺るがす宗教革命の嵐を呼び起こした。神の言葉が教会から民衆の手へと移るのと、近代の誕生は機を一にしていた。しかし、大量印刷は書物の質の低下という一面も持っていた。愛書家達は、それに危機感を抱き、その反動が世界を一冊の書物の中に閉じこめたいと願うマラルメのような作家を誕生させることになる。

    シャルル・ノディエやノヴァーリス、シュレーゲル兄弟、それにマラルメ達の書物に寄せる絶対的希求の悪戦苦闘についての記述は、世界を一冊の書物の中に閉じこめたいというロマン的発想の強さを物語っている。しかし、頻繁に言及される「バベルの塔」の比喩で明らかなように、それらは如何に彫心鏤骨の作業であったにせよ不可能性を追求する試みとして語られるしかない。

    「電子革命」の時代、コンピュータのモニタ上で読まれる本は、ページごとに区切られる書物の形態から逸脱し、パピルスの巻物と同じくスクロールする活字の列を上から下に読んでいく形式に戻ったかのようである。形而下的には紙に印刷された書物という形態は、今しばらく残るだろうが、書物という物の形而上の様態は、大きく変化することになるかも知れない。そういう時代を迎えて、書物という物をあらためて考えてみるには、きわめて時宜を得た書物であると言えるだろう。

  • 大学3年生のとき。

    まずたたずまいに一目惚れして、
    ちょっと読んでみたら文章がかっこよくて。
    ひとつひとつの単語(日本語だけど)が難しくて、
    何が書いてあるのかかなり張り切って読まないとだったけど、
    私の漠然とした本への感覚を、学問風に完璧に武装して代弁してくれてる。
    って生協の隅で感動した21歳あたり。


    この本で形而下と形而上っていう言葉を得た。

    使いこなしたいけど、今だ使いこなせない。
    使う場面もないけど。
    そんなよそいき感のある言葉っていい。

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著者プロフィール

清水徹(しみずとおる)
1967年生まれ。技術者としてメーカー勤務。退社後フリーカメラマンとして活動を開始。フォトスタジオ「肖像館」代表を務めて、ポートレートから取材、物撮りまで幅広いフィールドに精通。現在はその知識を生かし様々なジャンルの撮影を手掛け、写真雑誌等の執筆やソニーαアカデミーの講師を務めている。ライフワークは日本各地とヨーロッパの古い街並み、スイスの大自然と街を撮り歩いている。

「2022年 『作品づくりのためのSONY α7Ⅳパーフェクト撮影BOOK』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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