人権を創造する

  • 岩波書店 (2011年10月13日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (320ページ) / ISBN・EAN: 9784000234986

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プレミアム

みんなの感想まとめ

人権の歴史を探求する本書は、共感を基盤にした人権の発展とその背景を深く掘り下げています。著者は、フランス人権宣言やアメリカ独立宣言を通じて、人権がどのように「自明」とされるようになったのかを明らかにし...

感想・レビュー・書評

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  • 人権を創造する リン・ハントを読んだ。
    すごい本だとおもった。

    フランス人権宣言、アメリカ独立宣言など初期の人権宣言において、人権は「自明」であるとされる。本書では、この自明性を、生理的な「共感」を基盤にしていることが、示されている。この共感が以下の2つの流れで社会にひろがったことが、一つの流れとなって18世紀末の各宣言につながるとする。
    1.拷問への社会議論(合わせて印刷による広い情報展開も)
    2.小説の普及による他者への共感体験と「個人」感覚の広がり

    この宣言から共感に基づく人権とそれによる平等の拡大がマイノリティなどに対して順に広がったことが示される。そういった拡大の歴史をみるとなマイノリティでは「ない」女性の人権/平等の進みが遅かったことには、驚く。また、「理念的な人間に生得的に平等な人権概念」の発生により、その後に、むしろナショナリズムなど歴史/物語をもった国家/民族、生態的な違いのある人種/性別などの区別や差別が刺激/強化されてしまったという皮肉が示されている。

    人権の自明性については、本書の締めくくりの言葉である、「あなたは(他者が)人権を侵されたときに心の痛みを感じるがゆえに人権の意味を知っている(自明である)」から、非常に納得できた。

  •  18世紀以降に大西洋両沿岸領域で成立した「人権」観念の歴史。「人権」が何であるのか、直接的に言及するものは誰もおらず、フランス革命の思想家、アメリカ独立戦争の建国の父らが「人権は神によって与えられた生得の権利である」(ジェファソン)、「善悪を識別する判断力を備えた自由行為者が持つものである」(ブラックストーン)など。
     人間である以上、それが何であるかは自明(Self-evident)であろうので、それが何であるかは述べなくてよいのである。リン・ハントは同意しないかも知れないが、それが何であるか、これまでの読書を含めて述べる。
    【前提】
    生得の権利、自然権(Natural rights)とは、物理世界の中にある物理的実体である人間が物理的に成し得ることである。
    【主張】
    人間が生得に成し得ることとは、1.社会契約によってgive upした物理的に可能な行動をすること、2.発明・発見を隠すことである。
    【結論】
    人権を守らなければならないのは、その人が1.抵抗権行使によって反撃してくるかもしれない、2.お前の生命を救う知識を教えてくれなくなるかもしれないからである。

     リン・ハントがどう考えているかについては今から読む(現在第1章)。共感性は「協力する個体は生き残る」ことから進化的に獲得されたに過ぎず、論理的帰結ではないのではないか。(2026/2/9)
    【論評】
     リン・ハントは、1.フランス革命期に拷問が禁止された、2.その禁止を含む国家による権利の承認が各人種コミュニティに広がった、3.拷問が禁止される際に、(当時の法廷特殊の社会習慣に依存する形式に導出される形で発生した)共感に訴えかける方法によって拷問禁止の法令(判例)が成立した、の3点によって「人権」が成立した、と論じる。
     2.について、その適用の拡大が人種コミュニティを包摂する形式で広がっていったことから考えて、その根源は「報復の可能性の排除」と考えたほうが、より動機を理解しやすい。ある人種のおじさんを拷問すると、そのコミュニティの人々が報復を仕掛けてきて、戦争になるのは歴史上例のたくさんあることであろう。それを避けるためにその領域の支配集団が自然に権利のある「拷問」をgive upすることを選択するのは、コミュニティのメンバーを刺激しないためと考えた方が人間の心理に即していると言えるだろう。このコミュニティのメンバーが拷問されたおじさんの報復を決断するのは「共感」に基づくと言えるかもしれないが、支配集団が拷問をgive upするのを「共感に基づく」というのは無理がある。「支配集団のメンバーが拷問されたらどうするか?報復するだろう」という共感が発動したということならあり得る。
     「人権の保障」のある特殊な場合として、「拷問の禁止」「傷つけられる者への共感」と言い換え、この時点の歴史において、カソリック、プロテスタント、ユダヤ人の集団を集団内に包含できたことはこのひとつの歴史の文脈としては正しいかもしれないが、それは特別な場合であって、ジェファソンやブラックストーンはもっと一般的な言明をしていると思われる。
     余談であるが、より多くの集団を包摂でき、より大きな集団を形成できれば、より強力な自由経済圏を持つことができ、全員が得をするというのが、経済学の教えるところである。

  • 「いったいどうして、奴隷制と服従関係、そしてあきらかに生まれながらの屈従に基礎をおく社会に生きていた人びとが、彼らとはまったくことなる人びとを、場合によっては女性をも、平等だと想像するようになったのだろうか。どのようにして、権利の平等など思いもかけない社会において、権利の平等が「自明の」真理となったのだろうか。」(p5〜6)

    あらゆる人間が、平等に人権を持っているという考え方は、それが実現しているかはともかく、現代の私たちにとっては、当たり前の常識となっている。ただ、それを当たり前だと感じられるのは、すでに、それが当たり前になっている時代に生まれたからである。
    しかし、全ての人間に平等な人権という概念が生まれたとき、つまり、アメリカ独立宣言や、フランスの人権宣言がなされたとき、それらは、「自明の」ものではなかった。だとしたら、なぜ、当時の人びとにとって、それは「自明の」ものとして想像できるようになったのだろうか。上の問いに対して、著者のリン・ハントは、個人の「自律性」と、それに基づく他者への「共感」の実践が生まれたからだと答える。

    一応、国語科の教員をしている人間として、特に考えさせられたのは、第一章の「小説を読むことと平等を想像すること」のところだった。リン・ハントは、一般の人々が、「自律性」を持って、自分とは異なる人々に対して「共感」する実践の一つとして、小説が果たした役割を指摘する。

    「『ジュリ』を読むことは、その読者が新しいかたちの共感に慣れ親しむ可能性をひらいた。ルソーは「人間の権利」という用語を流通させたが、人権は彼の小説の主題とはとてもいえない。それは、熱情や愛や徳を中心テーマとしているからである。それにもかかわらず、『ジュリ』は、読者に登場人物とのきわめて熱情のこもった同一視をうながし、そうすることによって、読者が階級や性や国境をこえて共感することを可能にした。」(p27)

    ルソーの書簡体小説『ジュリまたは新エロイーズ』(1761年)が、その文体と内容によって「新しいかたちの共感」、つまり、「階級や性や国境をこえ」た「共感」に「慣れ親しむ可能性」を生んだという。この考え方は、国語科教育としても面白いと思う。ある意味、子どもたちに、子どもたちにとって慣れ親しんでこなかった新しい小説を読ませることは、「新しいかたちの共感」に「慣れ親しむ可能性」を与えることだということになる。物語を読ませることの意義を考えるうえで、何か、大切なことを言われているような気がする。

    ただ、そうした文化的、社会的実践の変化によっても、その想像力の広がりには限界がある。その一つに女性の権利が挙げられている。
    フランスのプロテスタントやユダヤ人、奴隷や黒人の権利が、18世紀から論議されるようになったのに比べて、「女性の権利が、「想像しうる可能性」の尺度において他の集団よりも低いところに位置していたことは明白であった」(p179)と、著者は言っている。「共感」は、平等に対する想像力を生む原動力にもなったが、一方で、「相反する感情」(p227)の原動力でもあった。そういった意味で、人権が多くの人にとって自明なものとなるうえで、「共感」が果たした役割と、その限界について述べられて、この本は終わる。
    最後の二文が、とても印象的だった。

    「つまり、あなたは人権が侵されたときに心の痛みを感じるがゆえに人権の意味を知っているのだ。人権をめぐる真実は、この意味で逆説的であるかもしれないが、しかしにもかかわらずいまだに自明なのである。」(p231〜232)

    正直、ちょっとちゃんと意味が理解できていないが、なんかすごく大切なことをここの二文で言い切っているような気がする。
    わたしたちが、「心の痛みを感じるがゆえに人権の意味を知っている」のだとすれば、「人権」というのは、理屈で理解されるような類のものではない側面を持っていることになる。つまり、その「意味」は、「説明」できるような類のものではないことになる。そういった意味で、第一章の「小説」にはじまり、感覚の経験を共有する手段の役割を考えさせられる。

  • フランス革命の歴史家リン・ハントによる「人権」の歴史。

    人権がどのように発明(inventing human rights)され、どのように発展し、どこでその流れが反転しつつも、徐々に実現していったか、いっているか、に関するなるほどな本。

    リン・ハントの1984年にでた最初の本『フランス革命の政治文化』は、衝撃で、すごく知的な刺激をうけた。さまざまな歴史的文書を地道に読み込んだ定性分析にくわえ、統計データの定量分析が組み合わされていて、で、こうしたしっかりしたベースの上に、するどい、大胆な解釈が乗っている感じ。定性と定量と創造力が一緒に発揮された本って、希有だと思う。当時、アメリカで政治学をお勉強中の私は、分析の理想として、尊敬していたな〜。

    というリン・ハントの2007年の著作。

    以前の本に比べると、学術書と一般向けの歴史書の真ん中くらいの位置取りかな?人権思想を著者の得意分野のフランス革命の前後を中心に分析していく。ここのプロセスは、お手の物という感じで、納得感は高いが、まあそんな感じかな、というか、やや、以前にくらべると、ツメが甘い感じも?(一般的な読者を想定している?)

    で、人権思想が急速に一般化すると同時にそれに対抗するためのパワーがでてきて、それがそれなりの理論をつくってくる、という流れの説明になってくると、かなり冴えてくる感じ。人権思想が、ナショナリズムや共産主義などの思想との対抗のなかで、二次的なものになっていく流れが説得力をもって分析されている。

    で、最後のほうは、その対象領域が、18〜19世紀の欧米世界から、その後、世界的な広がりと現在までの流れの説明になって、良い意味でのスピード感とパワーがあり、エキサイティングでした。

    後半のほうは、著者の専門領域から、やや外れているのだろうけど、なんというか、個人の思いをグッと語っている感じがした。

    今、ちょっと「自由」と「人権」みたいな西欧的な価値が個人的な関心テーマだけど、これまた昔から気になっていたナショナリズムの方面も読んでみようかな。

  • タイトルから想像される通り、1789年フランス人権宣言が中心的対象の研究。しかし、アプローチの仕方は従来の人権宣言史とはいささか異なるものである。ハントはアメリカ革命やフランス革命における「人権」の宣言が、当時の人々にとって説得力を発揮するための条件として、18世紀中葉から後半にかけての人間観の変遷をたどり直している。人間が譲渡し得ない権利を有することは「自明」であるという主張が受け入れられるためには、他人を自分と同じ人間と見なすことができるようになっている必要があるとして、ルソーの『ジュリ』やリチャードソンの小説などに対する人々の反応、カラス事件ごろからの拷問に反対する世論の高揚現象などを通じて、他人、女性や異端も同じ「人間」として見なすことができるようになった知的背景が丁寧に描き出される。さらに、人権宣言の当事者たちが抽象的な言語によって権利を規定したために、その論理的帰結を武器として、従来権利を享受できていなかった人々が権利を要求し、西洋諸国に承認させていく過程にも焦点が当てられる。オランプ・ド・グージュの「女性の権利宣言」だけではなく、ユダヤ教徒や植民地奴隷などが権利を正当に要求する運動が人権宣言のもたらした不可避的な帰結として描き出される。最後に、フランス革命後から世界人権宣言に至るまでの人権史を概括して閉じられている。スケールが大きいながらも、各章には明確な主題があり、大変読みやすい研究である。

  • フランス革命史の大家による「人権」概念についての歴史的考察。人権概念の創造において、「共感 empathy」が重要であるという指摘は面白い。「共感」が作り出されるプロセスにおいて、小説による感情移入がトリガーになっているという考察は、常に新たな歴史叙述の可能性を切り開いてきた著者ならではの発想かと思う。

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著者プロフィール

アメリカ歴史学会会長

「2002年 『ポルノグラフィの発明』 で使われていた紹介文から引用しています。」

リン・ハントの作品

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