セネカ 現代人への手紙

  • 岩波書店 (2004年5月27日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (256ページ) / ISBN・EAN: 9784000236461

感想・レビュー・書評

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  • これは中野孝次の遺書である。

    あとがきを読んだ感想です。
    彼がセネカ現代人への手紙にあとがきを書いたのが2004年4月。食道ガンで亡くなったのがその三ヶ月後、7月の事でした。

    死の影が忍び寄る中、本著セネカの哲学を思い起こし、その恐怖を飲み込む姿。知識を知識として終わらせず、知恵として活かしている姿に感服します。
    この本はセネカの軽快な語りと、中野さんの絶讃。そして、最後のあとがき。この三本どれにも価値があります。ぜひ読んでいただきたい。

    前作、セネカの言葉を読んだときには彼の熱さに辟易していました。
    しかし、二冊目に至る頃にはそれも慣れ、いっそカジュアルで情熱的な文体を楽しめるようになりました。
    岩波書店といえど、アカデミックなものだけではないのだ。もやっとした先入観が晴れる思いです。


    セネカの入門書として。そして、その哲学を最期に実践した文学者の軌跡を追う一冊として、私の本棚に加えます。

  • 自分自身への嫌悪を引き起こすのは常に何もしないのらくら暮らしである。

    私はその日その日が我が最後の日と覚悟して生きている。

    哲学は理論的でもあるが実践的でもある。なので私はそれを探求しているのであって、君たちに忠告したり、警告したりするだけで満足する者ではない。

    何であれ、欲望によって得たものは全て他人のものであると考えよ。また運命が君のためにしてくれたことも君のものではない。他者から与えられたようなものは直ぐに取り戻されるものなのだから。

    精神的に自由になりたいなら、貧乏になるか、貧乏の真似をせよ。

    奴隷状態が人間を捉えていることは滅多にない。大抵は人間自らが奴隷状態でいることを掴んで放さないのだ。

    荷物を背負ったまま泳いで助かる可能性は限りなく低い。

    富の軽蔑こそ富へと達する最短の途である。

    どんな処に死が待ち受けているか誰にも判らない。ならばこちらから待ち受けるべきである。

    人は誰でも真に自分のもの~それは魂とそこから成熟した理性~以外は自慢してはならない。

    私は大きくて何の不安もない智慧の大国を知っている。そこでは所有物はすべての人のものであるという意味において全てを所有している。

    争いは獲物が存在するから起こる。しかしそれを得た者が最後まで幸福だった試しは一度もない。

    運命に身を委ねたる者は大いなる魂である。運命には逆う者、世界秩序について悪しく思う者、自分自身でなく世界を改良しようと思う者は墜落した人間である。

  • セネカによる、ルキリウスへの手紙のほぼ全内容を解説した本。一部を抜粋した「ローマの哲人 セネカの言葉」の続編ですが、先にこちらを読んでしまいました。
    「人生の短さについて」で語られている内容、以下に善く生きるべきかを考えることに、人生の時間を集中せよ、に加えて、友情、祈り、人々との付き合い方など、こちらは幅広い内容が語られています。既に70歳代と、当時では極めて長寿で、しかも、いつ皇帝から死刑を告げられるかわからない境遇にあったセネカの、しかし淡々としてブレない態度に感銘を受けます。
    著者の中野孝次さんは、あとがきでガンを患ったことを告白されています。その時に、セネカの言葉にいかに勇気づけられたかも。あとがきは2004年4月の記載になっていますが、その3か月後にこの世を去られました。本書は中野さんからの魂の手紙でもあります。

  • ふむ

  • 幸福な人生とは長く生きることではなく、より良く生きる。長短ではなく内容の充実。
    全ては汝の責任で善ともなり悪ともなる。


  • 我々が意を用いねばならぬことは、長く生きるということではなくて、満足して生きるということだ。
    なぜなら、君が長く生きるには運命が必要だが、満足して生きることは君の心次第だからだ。

    充実したものであるなら、人生は十分に長い。
    人生が充実したものになるには、心が心特有の善を発達させ、自分が自分自身の主とならねばならない。

    無為にただ過した生ならば、八十年生きたとて何になろう。
    そんな人間は生きたのではなく、人生に滞在していただけだ。
    遅く死んだのでなく、とうに死んでいたのだ。
    八十年彼は生きた。問題は、どの日から彼の死を数えるかだ。


    人生はその長さではない。
    己の所有するものは本当は自分のものではなく、肉体すらも運命に左右される。
    奪われることもなく与えられることもないもの、自分の魂、理性、自分自身に向かって、一日一日を生きること。
    そのような人生こそが生きるということなのだと学んだ。

  • ローマに生きた人なのに、「そうそう!」って共感しちゃう箇所がいっぱいある。

  •  
    ── 中野 孝次《セネカ 現代人への手紙 20040528 岩波書店》
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4000236466
     
    …… 当分は、新しい革袋にむらがって、みんなが古い酒を酌み交わす
    だろう。新しい酒は、たぶん僕の生存中は開発されないにちがいない。
    http://d.hatena.ne.jp/adlib/19960605 早くセネカ!
     
    (20100727)

  • 梨木香歩さんの「村田エフェンディ滞土録」を読んで、セネカの言葉が印象に残っていたので、書店でこの本が目に入ったとき、思わず買ってしまいました。
    哲学というととっつきにくくて、小難しいという印象があるけれど、セネカの言葉は実際的でおもしろく、なおかつ深遠です。キャッチコピーにも似て、まっすぐに人の心を捉える言葉ばかりで、お勧めです。

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著者プロフィール

ドイツ文学者、小説家、評論家。1925年生まれ、東京大学文学部独文科卒業。元國學院大學教授。カフカ、マックス・フリッシュ、グラスなど現代ドイツ文学の作家を多数翻訳。1972年に最初の著書を刊行後は、『ブリューゲルへの旅』(日本エッセイスト・クラブ賞受賞)、『麦熟るる日に』(平林たい子文学賞受賞)、『ハラスのいた日々』(新田次郎文学賞受賞)などを発表し、『清貧の思想』(1992年刊行)がベストセラーとなる。元神奈川文学振興会理事長。2004年に死去。

「2025年 『犬の年 下』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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