そっとページをめくる 読むことと考えること

  • 岩波書店 (2019年7月26日発売)
3.79
  • (10)
  • (11)
  • (3)
  • (2)
  • (3)
本棚登録 : 275
感想 : 22
サイトに貼り付ける

本ページはアフィリエイトプログラムによる収益を得ています

Amazon.co.jp ・本 (236ページ) / ISBN・EAN: 9784000237406

作品紹介・あらすじ

人間って不思議だなあと思わず唸ってしまう物語、誰かに教えずにはいられない漫画、忘れてはならない現実を伝える随筆……、世の中には数限りない本がある。あるとき著者はこの広くて深い森のような世界を旅した。そして旅行記が完成する。とびっきり楽しく、読み終えればふっと肩の力が抜け視界が開ける。著者と一緒に「読むこと」を考える紙上レッスンも付けました。

みんなの感想まとめ

多様な本の魅力を独自の視点で探求する作品で、著者が読み手を新たな思考の旅へと誘います。前半では数々の書評を通じて、それぞれの本の特性が丁寧に語られ、後半では「読むこと」そのものについて深く考察されるた...

感想・レビュー・書評

並び替え
表示形式
表示件数
絞り込み
  • 2年間温めて大切に大切に読みました~
    友人の一押しの本 凄く良かった
    それぞれの本の魅力を野谷さんの視点から魅力たっぷりに語る前半部の数々の書評も去ることながら、後半にかけてより深く本の世界に潜って様々に思考できて楽しかった!

    中動態
    私という現われを見せてくれている存在の襞
    情動 直感 道徳
    トレイル 場所 意味
    言葉の立体的理解 言葉の魂 言語と思考
    現代人類学 異なる世界と生を理解すること
    無分別を受け入れる
    現実と幻想・空想 
    ファンタジーの魅力~現実との重層性~
    かけがえのなさ 異なる価値づけ、意味づけた世界を受け止めること 喜びをもって自分を成長させること
    虚も実も区別はないこと


  • "通信制高校のすべて"より筆者が得た考えから、この世にあり得る選択肢はすべて平等であるべきと思った。

    "書割こそ芸術的で現実と非現実を統合してくれるのです"

    "私はけっこう迷子になるのが好きだ。いまどこにいるのだろうという、心細さがいい。ただし、その心細さを受け入れる気持ちの余裕も必要だけど。"
    ド共感!その気持ちの余裕がある時とない時を見極めて迷子にならないとな〜

    言葉の立体的理解があるゆえにこの場面でこの言葉は適切なのだろうかと迷う。

    哲学者は思考能力を商品価値としているから、思考を財産とできうる力、尊敬する。

    interest、興味関心から金銭の貸し借りを行う利害関係、に派生したのナゼ?

    "その膨大な努力に、天井をじっと見つめて妄想に耽るだけのものぐさな哲学者はいささか呆然とするのである。"
    この文章スキ

    英語は導管メタファー、日本語は液体メタファー
    英語は主語中心的言語、日本語は述語中心的言語
    なんとなく感じていたことをこうやってまさにな言葉で綴られると痒いところに手が届くってこういうことなんだなと。文化と言葉は鶏と卵理論と同じでどっちが先のことの方が多いのだろう。筆者の言うこともわかれば、逆じゃないか?と思うこともあり、表裏一体ってことでって勝手に片付ける。

    同姓同名って、同性同名だと思ってた、、

    かけがえのないものって考えてみると同時にかけがえのあるもので、そうしたらかけがえのないものなんてないんじゃないかと思えてきた
    かけがえのないものを失くす時は後悔が同時に生まれてくる
    かけがえがないとわかっているからこそ、かけがえを見つけられる

    まなざし、って言葉すきだなあ




    なんとなく思い出したこと。
    派遣バイトでショッピングモールに立っているとランニングしてるおじちゃん。何の変哲もないショッピングモールの一階に外周がついていてなんとランニングコースになっていた。目から鱗。ショッピングモールって田舎だと特に地元密着型だからなるほどこんな密着応援の仕方があるのね、と。

    好きになることは意味の再編成、の章。
    以前人から指摘された、人を好きになって恋愛するのではなくて好きになってもいいかも、とか好きになりたい、と思った人と付き合って後から好きになるタイプということを思い出した。
    対象が何であれ、好きになることが成長をもたらすについては筆者や田島さんと同意見。立派な人格への成長ではなく豊かさに向かっての成長。この成長のために知らないことをなくしたい・経験したいと私は思う。

    "ギャンブル好きが昂じて生活が乱れていってもギャンブルを好きになったということで意味が豊かになる。"ことを例に挙げて野矢さんと田島さんの意見は対立してる。ここに自己意見をいれて私がいつも目指すとこはギャンブルを好きになって、好きが昂じて生活が乱れていく世界や感覚を知るにとどめること、だな。一歩足を入れてすぐに引き返す。いつも頭のどこかで自分軸を持ちながら、別の軸で色んな体験にのめり込ませる。

    "よく生きることはよくよく生きること"
    "そのためには意味を豊かにしなくてはいけない。そして何かを好きになることは、そのための最良の方法なのです。もしかしたら、唯一の方法かもしれません。"
    知識も経験も好きがあってこそ。

    "私はこの(復讐)ような攻撃的な嫌悪感をもったことがないんですね。私の場合、『嫌い』はすみやかに『無関心』に移行するようです。"
    友達の感情で全く理解できない面があったのだけどこの言葉で腑に落ちた。

    "予想できる範囲での変化はさほど意味を豊かにはしてくれません。予想できない、思いもよらぬものとの出会い、それを好きになることここそが、より大きな新しい意味をもたらしてくれるのです。その振幅の最も大きいのが、嫌いから好きへの反転です。この事情こそ、田島さんが思いきって嫌いなものの中に踏み込んでみるよう『冒険』をすすめる理由に違いありません。"
    旅行、ビール、牛乳、チーズ、炭酸、ジビエ、福岡、わさび、辛い食べ物、カラオケは成功。
    魚卵、馬鹿騒ぎの飲み会はまだ未成功。
    モツは成功しそう。
    未成功は一生シャットアウトじゃなくて、また違う段階にきた頃にいつでも引き出しを開けられるように鍵をかけてる。今ではなかった、他に優先したいものがあるから、シャットアウト。

    かけがえのなさ、の意味で。
    "その人を好きになることによって、その人が発信してくる私とは異なる価値と意味づけを浴び続けることになります。それを私のものとして受け入れるかどうかはともかく、私は私が好きになったその人が価値づけ、意味づけた世界のすべてを受け止めようとするでしょう。これは、嫌いなものの中に踏み込んでいくよりもはるかに大胆な冒険だと思うのです。"
    容姿を例に挙げて、
    "私がその特徴を好きになるのは、私の価値観、美意識によるものです。つまり、その場合には、私の価値観や意味づけは変化しないか、あるいは変化しても大きくは変化しないことになります。"
    p166:12-16 田島さん派なんだろなやっぱ〜

    宮沢賢治の作品は古文が苦手でまだ読破できたことがなく、全文の掲載におお、、と尻込みしたけれど解説まで総じて読むととても勉強になった。作品の発表時期と内容を絡めて推察してくださるあたりもなるほどね

  •  
    ── 野矢 茂樹《そっとページをめくる ~ 読むことと考えること 20190726 岩波書店》
    http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/1/4000237403
     
    (20250128)

  • ふむ

  • 著者にとって気になる書籍を、独自の視点、切り口、文体、展開で、シュッとまとめたり、読み手をモヤッとさせたりで、最後まで楽しく読ませていただきました。
    ヨイ意味で捏ねくり回してくれるのが、著者の思索の森に分け入る感じで、不思議と落ち着きます。

  • 「語りえぬものを語る」以来好んで読んでいる野矢茂樹に
    よる書評を集めた本。後半の「読み方」についての文章も
    良かったのだが、やはり著者と私の波長が合うのか、書評に
    取り上げられている本の多くをまた読みたい本リストに追加
    することになった。読んでも読んでも(嬉悲鳴)。

  • 読了日 2022/07/30

    図書館で借りて読了。
    野矢先生は知人のラボの教授で、自分とはまっったく関わりのない人だけど、勝手に親近感を覚えて、いくつか本を読んだりしている。
    彼の哲学は(というか哲学一般的に)難しいが、『言語学の教室』で現れたような、認知言語学にさわる部分についてはとても興味深いので、そこに触れるものがないかと、今回の本も読んだ。


    「傾向として言えば、英語は導管メタファーが優勢であり、日本語は液体メタファーが優勢であるという」(『そっとページをめくる』野矢茂樹/岩波書店P125)

    こういう研究ってめっちゃ楽しそうだよなあと思う。

  • 【2022年4月入社 鈴木さんオススメ】
    哲学者の野矢茂樹さんが様々な本の書評を記した一冊。やわらかい文体で書かれるユニークな書評の数々は、読むだけでのんびり旅行をしている気分に。装丁もかなり凝っており、電子書籍やオンライン記事など、単なる情報媒体としての文字コンテンツが増える中で、本との向き合い方を再考させられる。

  • 友人に借りて読了。

    様々なジャンルの本の解釈がとても面白い。

    「言葉はそれぞれ遥か昔からの来歴をもち、今も蠢いている。そして今現在も新たな方向に動いていこうと揺らぎ続けている」

    「英語は名詞(主語)に重きを置き、日本語は動詞に重きを置く」

    「予想できない、思いも寄らなぬものとの出会い、それを好きになることこそがより大きな新しい意味をもたらしてくれる」

    宮沢賢治の「土神ときつね」
    最初に読んで???という感じだったけど、丁寧に読み方が解説されていて、今までなんとなく読んでいた物語を細かく解釈の分析をするのも面白いなと思った。

    1人だとそこまで考えられない(笑)

  • 著者が好き+綺麗な装丁+面白そう(著者が本をどう読みどう感じるのか気になる)ということで、気になっていた本。

    パート1は書評。
    パート2がめちゃくちゃ面白い。
    英単語と言葉の話。
    子どもの素朴な質問に真面目に答える話。
    (哲学者の回答を紐解いて解説。著者はこれを回答した哲学者に送るのだが、哲学者からの返答もまた秀逸。)
    最後は、『土神ときつね』から、小説を深く読む方法を解説してくれる。相貌という読み方。何度でも読んで読む練習をしたい。

    冒頭に、自由に読むのは良いが、勝手に読んではいけないということが書いてあり、「?」だったのだが、『土神ときつね』を読んで、言わんとすることが分かった気がする。

  • 【貸出状況・配架場所はこちらから確認できます】
    https://lib-opac.bunri-u.ac.jp/opac/volume/745348

  • 自分は書評というものが好きではなく、どちらかと言うと書評を買って読むぐらいなら自分で買って読むわぐらいのスタンスなのだが、とても楽しく読めた。

    取り上げる本のジャンルも書き振りもバラバラながら、スタンスは繋がっていてユーモアもたっぷりの野矢さんの短い書評がテンポ良く続き、読み進めていると野矢さんの眼差しのようなものに乗り移ったか、もしくは頭の中に飛び込んで探検しているような気分になってくる。(言葉を借りるならこの感覚が「相貌」を理解するのに必要なのがしれない)

    書かれている本の内容も面白そうで、文体もユーモアに溢れていて笑って読めるのはもちろんなのだか、この本の魅力は多分そこにあるような気がした。

    あと、最後の小説の読み方もすごく勉強になったし、和紙みたいな装丁もよかった。

  • 本の味わい方を色んな角度から学びました。
    読みたい本がたくさんできました。
    今年の楽しみにしたいと思います。
    特に「土神と狐」を読み、今まで何と
    もったいない読み方をしていたか気付きました。

  • ☆信州大学附属図書館の所蔵はこちらです☆
    http://www-lib.shinshu-u.ac.jp/opc/recordID/catalog.bib/BB28649944

  • 著者が書いた朝日新聞の書評をまとめている。
    何冊も読みたくなってしまう。怖いぐらい。
    書評が本に誘うことを実感した。

  • “われわれ人間が、そして自分自身がいかにポンコツであるかを自覚し、そのことを熟知した上で行動できる人、それが最も賢い人なのだ。”(p.96)


    “私とは異なる価値と意味づけをもった世界を生きている誰かを好きになるときには、私はその人を好きになることによって、その人が発信してくる私とは異なる価値と意味づけを浴び続けることになります。それを私のものとして受け入れるかはどうかはともかく、私は私が好きになったその人が価値づけ、意味づけた世界のすべてを受け止めようとするでしょう。これは、嫌いなものの中に踏み込んでいくよりもはるかに大胆な冒険だと思うのです。”(p.165)

  • もしあなたが、簡潔で核心をついた書評を読みたいか、小説をもっと楽しく読めるようになりたいか、もしくはその両方なら本書をおすすめする。前半は1、2ページほどの書評が46冊分。どれもいい本で、紹介されている本を片っ端から読みたくなる。野矢さんは、自身が書評した本の売れ行きが上がったという噂を小耳に挟むと、自書も書評するようなお茶目な人だ。後半は哲学的な話と宮沢賢治の『土神ときつね』を題材にした特別授業。小説を読み、疑問点を多様な視点による相貌描写(本文に説明あり)から読み解く。哲学者による最高の国語の授業をあなたも受けてみませんか?

    p40
    人生には無数の分岐点がある。小さな分岐点なら、ほら、いまも。そこで人生が変わる。別の道を行っていたならば、どうなっていただろう。

    p84
    私たちの多くは、自由に考えてはいないし、自由に喋ってもいない。そしてもしかしたらそのことを自覚してさえいない。常識、規範、人間関係に縛られ、場の空気を読み、思考の幅も発言の内容も無意識のうちに自己規制している。「考える」ということはその抑圧から解放されることなのだ。

    問われている事柄そのものに向かっていくことで、自分の意見を言いながらも、「自分の」というこだわりやこわばりがほどけていく。分からなくなっても、違う意見に出会っても、けっして追い込まれたりすることがない、そんな体験。
    哲学対話というのは、問題解決をめざした討論ではなく自分自身を解放するための身体的なエクササイズなのである。逆に、この本を読むことによって私たちは、いかに自分が息苦しい思考と発言の場に押し込められているかということを思い知らされるだろう。私たちは、きっと、もっと楽に呼吸できるはずなのだ。

    p96
    われわれ人間が、そして自分自身がいかにポンコツであるかを自覚し、そのことを熟知した上で行動できる人、それが最も賢い人なのだ。

    p142
    私の中に生じる変化がいっそう顕著なのは、やはりかけがえのない人を失った時でしょう。この場合も、折に触れて悲しみ・切なさや思い出が呼び起こされるでしょうが、それだけではなくて、こんなときあの人だったらどうするだろうとか、あの人だったら何て言うかなといった思いも生じます。つまり、いまはもういないその人のまなざしでものごとを見るということが起こります。

    かけがえのないものが私の目の前から姿を消してしまうことによって、私の内側に入り込んでくるのです。私はそのかけがえのないものを通してものごとを見るようになります。もう死んでしまったかけがえのない人のまなざしを通して、ものごとを捉えるようになる。そうして私のものの見方の内にさまざまなものの見方が入り込み、息づき、私のものの見方は重層化していくのです。

    p158
    むしろ、「生きている」ことは、別の何らかの目的や理由のためにあるのではなくて、それ自身の「おいしさ」を、生きていることによって開発し味わうためにあるのだと思います。

    p177
    小説はある特定の視点からの相貌描写を多用します。しかも、それは様々な視点からの相貌になるでしょう。登場人物達はそれぞれの視点からものごとを捉えるでしょうし、それだけでなく、語り手の視点もあります。さらに、語り手の視点と作者の視点が異なるということも起こりえます。あるいは、作者が読者に示そうとしている読者の視点というものもあったりするでしょう。なかなか複雑です。そんな多様な視点からの相貌がまじりあって描写されている訳です。それを解きほぐして、そこで提示されている相貌が誰にとってのどのような相貌なのかを理解すること、あるいは、自分もその相貌を見ているかのように想像し、追体験すること。それが小説を読むことに求められると思うのです。

    p218
    私が書評しようと決めるのはたいていの場合、読み進めている途中から、いわば本の声が聞こえてくるのだ。こんなふうに書いてよ。ここのところを取り上げてお書きなさいな。ほら、こんな言葉がいいんじゃない?
    最初はあまり字数を気にしないで書く。書き始めればわりと早い。逆に言えば、言葉がかってに出てきてくれる状態にまで自分を持ち上げておかなければいけない。だから、執筆そのものにはあまり苦労しない。むしろとても楽しい作業である。

  • 書評と、著者の本『子供の難問』と宮沢賢治の『土神ときつね』を深く一緒に読んでいって解説があるという構成。
    書評について、その本がどういう本かがあまりわからないので読んでいて、ちょっと入らなかったような感じです。

    でも、宮沢賢治の土神ときつねについては、とても
    よかったです。こういうふうに読むのだと気づかされました。子供の難問にこたえている内容についての、解説についても面白く読めました。

  • 読書論とともに、書評集的な本は好きなのだけれど、この本は「読みたい」と思えるものがなかった。この人、朝日新聞の書評を書いているらしいが、朝日新聞の書評を読んでも読みたい本がみつからない(逆に読売新聞だとみつかる。私の興味の範囲だけでなく、レベルとか教養とかの問題か)。
    それともうひとつ興味深かったのは、本のタイトルと著者が記されているものの、出版社は巻末にのみ書かれているところ。「書籍は唯一、メーカー(出版社)よりタイトル、著者で勝負できる」と聞いてきたけれど、こと私に関して言えば、出版社がどこかはとても気になる、みたいだ。

    p218
    私が書評しようと決めるのはたいていの場合、読み進めている途中から、いわば本の声が聞こえてくるのだ。こんなふうに描いてよ。ここのところを取り上げてお書きなさいな。ほら、こんな言葉がいいんじゃない?

  • 野矢先生、本当にかしこい。
    わたしはどれだけ、物事を鵜呑みにしているか、読解力がないか、主体性がないか、肩を落としてしまいます。
    読みこなして、特訓あるのみでしょうか。

    書評の書評があって、くすりと、しました。
    おもしろかったです。

全20件中 1 - 20件を表示

著者プロフィール

1954年(昭和29年)東京都に生まれる。85年東京大学大学院博士課程修了。東京大学大学院教授を経て、現在、立正大学文学部教授。専攻は哲学。著書に、『論理学』(東京大学出版会)、『心と他者』(勁草書房/中公文庫)、『哲学の謎』『無限論の教室』(講談社現代新書)、『新版論理トレーニング』『論理トレーニング101題』『他者の声 実在の声』(産業図書)、『哲学・航海日誌』(春秋社/中公文庫、全二巻)、『はじめて考えるときのように』(PHP文庫)、『ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』を読む』(哲学書房/ちくま学芸文庫)、『同一性・変化・時間』(哲学書房)、『ここにないもの――新哲学対話』(大和書房/中公文庫)、『入門!論理学』(中公新書)、『子どもの難問――哲学者の先生、教えてください!』(中央公論新社、編著)、『大森荘蔵――哲学の見本』(講談社学術文庫)、『語りえぬものを語る』『哲学な日々』『心という難問――空間・身体・意味』(講談社)などがある。訳書にウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』(岩波文庫)、A・アンブローズ『ウィトゲンシュタインの講義』(講談社学術文庫)など。

「2018年 『増補版 大人のための国語ゼミ』 で使われていた紹介文から引用しています。」

野矢茂樹の作品

  • 話題の本に出会えて、蔵書管理を手軽にできる!ブクログのアプリ AppStoreからダウンロード GooglePlayで手に入れよう
ツイートする
×