長期脳死 娘、有里と生きた1年9ヶ月

著者 : 中村暁美
  • 岩波書店 (2009年11月7日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (133ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000238571

作品紹介

あのとき、娘は確かに生きていました-。脳死判定から1年9カ月。最期の瞬間まで、かけがえのないその一日一日を、母は娘とともに生きた。

長期脳死 娘、有里と生きた1年9ヶ月の感想・レビュー・書評

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  • 脳死というのが、死ではない、というところにとても深い印象を受けた。そして母親という存在の一つ一つの深さを再認識出来たし、地域と病気との関連性を実体験からみることが出来たのは大きな体験。
    それにしても、脳死は生きている、というのを身を持って知ることができた。想いというのは絶対に伝わるもの。
    私が介護実習に行ったとき、言葉の交わせない重度の障害を持つ方とコミュニケーションをとったのだけれど、確かに感情の行き来を感じた。そして、そういう施設で音楽ボランティアをやっていたこともあって、音を通したコミュニケーションもその人と深く繋がれることも知った。
    だからこの脳死の有里ちゃんの科学的な反応は本物だと思うし、私も改めてそういう人達がいること、そしてそういう人たちや家族も確かに生きているんだ、ということを学んだ。

  • 仕事で脳死について調べることがあったので手にとった本。
    多分仕事じゃなかったら、脳死について興味がなかったので読まなかったであろう本です。
    1時間もかからず、サラッと読めました。

    途中からもう涙が止まらなくて・・・会社で泣きましたw
    生死を扱う話というのは、だいたいが泣けると思んですけど、ノンフィクションであることが本当に涙を誘う。
    自分が親だったら・・・と思うと、絶対にやり切れないだろうし、「なんでうちの子だけ」とか、「あの時の救急隊員が」とか、他人のせいにすると思います。まして昨日まですごく元気だった娘が、突然の痙攣で脳死状態になるなんて、腑に落ちないはずです。
    著者の中村さんの葛藤も、すごく人間らしくて共感できました。

    改定臓器移植法で、脳死は「人の死」であることが前提となりました。
    私は、「脳死は人の死と言えるのか?」という問いの答えのヒントを見つけるために、この本を手にとったんですが、この本を読む限り、「脳死は人の死ではありません」。
    脳死状態でも、髪の毛は伸びるし、体も大きくなるし、排泄もする。なぜこの状態が死んでいると言えるんだろう。

    中村さんは、肝臓の機能を失ったら、肝不全といい、腎臓の機能を失ったら腎不全という。でも、なんで脳の機能を失っても、脳不全といわず、脳死と言うのか、と問うています。
    脳は人間のほとんどの機能を掌る器官で、脳に致命的なダメージを負ったら、それは限りなく死に近いと思いますが、それでもこうして身体は生きている事例がある。

    日本人は、身体と精神の結びつきが強くて、身体の一部でも生きて欲しいと願うことも多いと思います。それも選択のひとつだと思います。
    でも、脳死状態になってから、臓器提供の決断までの時間は短いと思います。まして、突然の人の死だったら、予測出来ない事態だと思います。

    そんな時、こうした長期脳死みたいな状況もあるとか、ラザロ兆候、脳死状態の患者から臓器を取り出す時は麻酔をかけることとか、すべてを知った上での決断であってほしいと思います。
    別の本で、あまり知らずに臓器提供をしてしまい、後悔したという記事を読みました。

    日本は臓器移植後発国。脳死下臓器移植は尚更。(日本の臓器移植は生体移植が中心。)世界の中では遅れを取っているかもしれません。
    でも、いまいちど、脳死下臓器移植は日本の実情に合っているのか、考えて欲しいと思います。

    この本に出会えて良かったです。いつか親になる身として、必ず知っておくといいことだと思います。

  • 『脳死・臓器移植 Q&A50』にメッセージを寄せられていた中村暁美さんの本。2歳8ヶ月で突然起こった痙攣の重積によって「脳死状態」を告げられた娘の有里さんは、それから1年9ヶ月を生きた。発病まで、そして「長期脳死」といわれる姿になってから看取りのあいだのことが率直に書かれている。

    それまで脳死になんの関心もありませんでした、と中村さんは書いている。「脳死とは、3~4日のうちに心臓が停止してしまう、限りなく死に近いものだというような」(p.v)知識しかなく、有里さんが「脳死」状態となったときには、近いうちに娘との永遠の別れがきてしまうという絶望と恐怖心しかなかったと。

    けれど、「脳死」と言われた娘の心臓は自力で動きつづけ、あたたかい体、成長する体があった。「生きる姿を変えただけ」で、ひとつの命を輝かせて生きた有里さんとの、かけがえのない時間。

    絶望のなかで、大人の脳死と子どもの脳死は違う、子どもの場合はなにが起こるかわからないと言われ、「有里はいま、生きようと頑張っているのだ」「この子に命があるのなら、最期のその時まで一緒に楽しく生きよう」と、中村さんは希望をもつ。

    だが、有里さんの容態はしだいに悪くなり、年内もつかどうか…覚悟してくださいと告げられる。有里さんの3人のお兄ちゃんが、血圧がどんどん低下していく妹の手を握り、体をさすって「元気になって早くおうちへ帰ろうね!」「がんばれ!」とずっと語り続けた。すると、下がる一方だった血圧が、少しずつ少しずつ上がりはじめた。

    この日のできごとを見守っていた看護師さんが、有里さんが亡くなったときに3人のお兄ちゃんにこう話した。
    「あの時、有里ちゃんの血圧が下がっていくのを、医療ではどうすることもできませんでした。けれどお兄ちゃんたちの励ましの声が有里ちゃんに届いて低下を止め、それを機に有里ちゃんは安定していきました」(p.35)

    突然「眠り姫」になった有里さんの姿に、じいちゃんが「目が覚めないと意味がない」とつぶやく。意識がなくても、目を開かなくても、しゃべることができなくても、愛する娘に変わりがない、と思っていた中村さんは、その正直なじいちゃんの言葉に、自分のいだいていた気持ちと同じだとドキッとする。

    がんばって生きようとする有里さんの前で、「意味がない」とは言ってはいけないと思う、でも「目覚めてほしい、またもとのように元気になってほしい」と願う気持ちがある。そのことも率直に書かれている。

    ▼…うるさいくらいお話ししてくれていた有里だったのに、突然、なんにも聞こえてこない。かわいい笑顔も見せてはくれない。目覚めてくれなければ、もう今までどおりの有里ではない。それでは意味がない。
     いや、違う。
     どんな姿になっても、かわいい、最愛なる娘の有里なのだ。必死に家族のもとで生きてくれている子を前に、なんてひどいことを思ってしまうのでしょう。親として有里のすべてを受け入れたはずなのに、それなのに、心の隅に、意味がないと言ってしまう、許されない思いを抱えた私がいました。(pp.81-82)

    脳死(脳の機能不全)状態の子どもについての情報があまりに少なく、自分自身も「脳死」について一般的なことしか知らなかった一人だったという思いから、中村さんは、娘のこと、自分が体験した現実を、もっと知ってほしい、考えてほしいとこの本を書いた。

    脳死宣告は死亡宣告ではなく、脳死は死ではないと、そこから始まる新たな人生があるのだと、中村さんは身をもって書く。眠りつづけながら、すくすくと成長していった有里さんのこと、ともに生きた家族の姿が、この本のなかにある。

    (6/21了)

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長期脳死 娘、有里と生きた1年9ヶ月はこんな本です

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