中国が愛を知ったころ 張愛玲短篇選

  • 岩波書店 (2017年10月27日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (192ページ) / ISBN・EAN: 9784000238922

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  • 1920年、上海に生まれ、
    日本占領下の中国で創作活動を開始し、
    戦後、香港を経てアメリカへ渡った作家、
    張愛玲(1995年没)自身の体験、
    思い出が細かく編み込まれたと思しき短編三作。

    「沈香屑 第一炉香」
     タイトルに「第一」とあるのは、訳者あとがきによると
     一話完結シリーズの第一弾だったため、らしい。
     イギリス植民地時代の香港が舞台。
     家の経済事情が苦しくなったが、
     学校をやめたくない娘が、
     伯母を頼って身を寄せたものの、
     自分を都合よく利用しようとする人たちに翻弄される。
     息の長い、緻密で端麗な文章が、
     派手な暮らしに馴染み、それを満喫しながら、
     同時に自らの堕落を恐れる少女の心の揺動を
     繊細に描出する。
     時代や社会の状況によって、
     経済的にも精神的にも自立を阻まれていた女たちの
     精一杯の足掻き。
     読んでいて、彼女らの屋敷に忍び込んで
     帳の陰から物語の進行を
     盗み見したいような気分になった。

    「中国が愛を知ったころ」
     英題は"Stale Mates"で、
     訳者あとがきによれば「古馴染み」の意。
     1924年、杭州での自由恋愛の模様。
     惚れた女と一緒になるために妻と別れるべく奔走する男、
     意趣返しを食らわす女、そして、話は二転三転。
     タイトルがstalemateなら、意味は「膠着状態」で、
     チェスにおいてはゲームの続行が不可能になる、
     対戦相手双方がそれ以上、
     駒を動かしようがなくなった局面のことで、
     思わず苦笑してしまうオチはまさに「詰んだ」状態か。

    「同級生」
     上海の女学校での友情と、
     卒業し、社会人になってからの薄い付き合い。
     相手はどんどん上昇していくのに、
     自分は一向にパリッとしないままだが、
     それを認めて静かに生きていこうとする主人公。
     時代と場所が違っても、やはり女同士の交際は
     死ぬまで続くマウンティング合戦なのかと
     身につまされる部分があった。

    中国人は面子(メンツ)を重んじる人々だ――と、
    何かの本で読んだ記憶があるが、
    この三編に共通するキーワードも「面子」かもしれない。
    自分の都合で女性を振り回しながら
    体面を気にする男が出てくるかと思えば、
    女同士の交友においても、
    相手のちょっとした言動にプライドを傷つけられたり、
    傷つけてしまったのではと気に病んだりする様が描かれる。
    しかし、作者と、その分身のようなヒロインたちは、
    その「常識」に逆らおうとしていたように読める。

    細部の描写の丁寧さ、
    特に女性のファッションの詳述ぶりに唸らされた。

  • https://historia-bookreport.hatenablog.jp/entry/2019/02/09/000000

    張愛玲の邦訳、色々読みたいものです

  • マルケスの「コレラの時代の愛」は、マルケスによるフェミニズムへの愛と棘をたっぷり含んだ返答だと思っているのだが(相当誤解されているみたいね)、これを女性が書いていたらどうだろう。
    そして本書の表題作「中国が愛を知ったころ」を読みながら私は色んな意味で「コレラの〜」に随分似ているな、と思ったのだ。
    例えばこんな風にも思う。もし「中国が〜」を男性作家が書いていたら、どのような反応を受けるだろうか、と。この苦いラストも、何だ、男の都合の良い幻想ではないか、と誤読するのではないか。女性が書いているからこそ、男性に都合の良い社会慣習の矛盾の中に甘んじるしかない女性、そして男性、という視点が難なく固定できるのだが。

    テクストの読み取りにも得てしてこうした二重の角度・基準があるものなのだが、そこは二重で良いのかどうか。そんなものは本来、上質であればある程、無い筈だ。
    本作も恐ろしいまでの硬度を持っている。だからそういう風に裏返して見ることは、読み手たる自分を試すものだと言える。そこで中心点がブレてくると、読みの純度が低いという事だろう。

    どちらも、常識はずれな試行錯誤の末、ある矛盾した地点に浮遊することによって、社会慣習と個人主義との矛盾を何とか無化させる、というユートピア的なオチを選んでいる。ここが、この2作の似ている点なのだが。
    甘さと苦さの違いはあるにせよ。そしてその矛盾点でキープすることが、お伽噺ではない、開かれた問いを与えてくれるものなのだ。

    短いながらも本作の硬度は物凄くて、何度も、いつまでも読み続けられるような深みがある。
    兎に角、角度を替え、矯めつ眇めつ眺めたい。多面的で、いろんな意味を読み取れて、非常に難しい。

    例えば冒頭のボートに2組が座る箇所の描写。
    「二人の男はそれぞれ自分の女友達の隣に腰かけていた。そうすると重量が釣りあうからというだけの理由である。」これだけでも相当な含意があり、またそれはラストの相当バランスの崩れた関係との対比になっている。素敵なメロドラマなのかと思いきや、もっと深くリアルで皮肉な話となり、そこで殆ど語られることのない元妻という存在のシルエットが、何の描写もなく影絵のように浮かび上がってくる。

    私はアニエス・ヴァルダ「幸福」も連想した。(あ、ちょっとヴォルテールの「カンディード」みたいでもあるよね。ミス笵とキュネゴンド姫。と思うと「カンディード」を男女の話として読む視点が出来る。)

    時代も作風も全く違う収録作3篇どれも最高。モダンで、意識的で、時代も場所も越えた力を持っていて、世界文学を読んでいるという充実感がたっぷり。
    敢えてこんな風に統一感の無いセレクトにした所が見識なのだろう。その背後に、まだ見ぬ幾多の作品とともに1人の作家の姿がくっきりと見える、息遣いが聞こえる。もっと読みたくなるではないか。

  • ラジオで紹介されていたのがきっかけ。
    中国語の翻訳小説(近代以降)を読むのは初めてかもしれない。

    まず漢字が、日本で普段見ない漢字が人物名に多く使われており、日本の音読み予想と違う音なのですんなり読み通せない(字幕みたいにフリガナをオンオフ出来ればいいのに)。とにかく慣れが大事。

    日本統治下の中国が主な舞台なので、映画のラストエンペラーで観た特権階級の暮らしをイメージしてワクワクした。国は違うけど、映画インドシナも思い出した。
    あとがきを読んで驚いたが、著者自身がひたすら時代に翻弄された生い立ちであったと。書くことが生計のためだけでなかったと思いたい、勝手ながら。

    表題作の「中国が愛を知ったころ」が一番不思議で風変わりに感じた。特別誰かの感情を語ることなく、星新一のショートショートのように淡々と描写される男女の成り行きが想像の斜め上(これはハッピーエンドなのか??)。
    検閲のある時代に書かれたものなんだろうか。

    他の二篇は著者自身の経験が投影されている物語らしく、特に「同級生」のヒリヒリした読後感は、生きる時代と関係なく多くの人が理解できるものだと思った。
    他の作品も読んでみたい。

    追記
    昔観た映画『ラスト、コーション』の原作者が張愛玲だったとは!

  • 戦前戦中の香港上流社会の様子。上流子女の考え方と扱われ方。どこの女性もこの頃は上流者と結婚するのが手っ取り早く安全だった。少女の考えの偏り方、金持ち子息のふさけた生き方がよくわかる。言葉が流麗に訳されていてよい。

  • 1956年執筆された中国の張愛玲の短編小説を7年前に翻訳されたものらしいが、もう少し上手に翻訳してもらえば、リズム感のある面白い小説になったのではと思う。

  • 美しい恋愛の話かと思ったら、自由恋愛を普通にできるようになる初めの年代がぶつかる弊害が皮肉な形で書かれていた。

  • 最高に面白かった。張愛玲の他の作品も読んでみたい。中国語はわからないけど、「沈香屑 第一炉香」での屋敷の調度品や衣服などの描写は、原語でもさぞ美しい文章なのだろうなあと思う。

  • 書籍についてこういった公開の場に書くと、身近なところからクレームが入るので、読後記は控えさせていただきます。

    http://www.rockfield.net/wordpress/?p=10787

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