日本文化における時間と空間

著者 : 加藤周一
  • 岩波書店 (2007年3月27日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (264ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000242486

作品紹介・あらすじ

日本文化の特質とは何か。著者は時間と空間の二つの軸からこの大きな問いに挑む。文学・絵画・建築など豊富な作品例を縦横に比較・参照しつつ、日本文化を貫く時間と空間に対する独特な感覚-著者はそれを「今=ここ」と捉える-に迫る。その鋭い筆は宗教観や自他認識へと及び、この志向が今日のわれわれの日常や政治行動をも規定していると喝破する。日本文化の本質、その可能性と限界を問う渾身の書き下ろし。

日本文化における時間と空間の感想・レビュー・書評

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  • 恥ずかしながら、初・加藤周一。訃報を聞く少し前に新刊で買ったままほっぽらかしてあったのを読んだ。多分最後の著作ではないかと思う。やや牽強付会の感は否めず、全体的に迂遠で冗長ではあるが、恐るべき博覧強記。もうあと10年、いや、5年生きて今の日本を語ってほしかったも思う。

  • 日本文化を「雑種」と定義づけたことで有名な加藤周一。この本では、日本文化における時間と空間に関して考察がなされていた。西洋との比較・具体的な文献(例えば、古今和歌集の引用)などが多く、説得力があった。

    時間論の入門書として手に取るのも良いだろう。
    直線上の時間という考え方(キリスト教的)と、円周上を循環する時間(仏教的・輪廻転生)という考え方など勉強になる。

    また、日本の伝統としての空間に関する考察も興味深い。宗教的建築物や世俗的建築物に置いて、日本で縦の線を強調する建築ができたのは、第二次世界大戦以降だそうだ。それ以前は、水平の面に沿い地を這うような様式が一般的であった。また、舞台などでも地に沿う考え方があり、例えば日本舞踊は両足が同時に床を離れることはないという。
    こんな所にも、知らず知らずのうちに日本人らしさというものが隠れているのだと思うと、興味深い。

  • 日本の文化の特徴を、「いま」に対する認識の強さという観点からとらえている。

    例えば時間の感覚については、日本語の中には構造的にしっかりとした時制の体系がないということから、自らの意識の外にある時間の流れの中に物事を位置づける感覚が弱いといったことが挙げられている。過去を振り返り反省することや未来を構築することより、うつろう「いま」を中心に物事を認識するという日本文化の特徴につながっている。

    また、空間の面でも、日本の建築が初めから全体の構想を立てるのではなく、順次建て増しをしながら拡張をしていく作り方にもされているということも、挙げられている。これも、それぞれの時点で完成をさせながらも、次の時点では新しい完成に向かって移り変わっていく日本文化の「いま」のとらえ方の特徴を表している。

    日本文学だけでなく、絵画、言語、建築、政治・社会といった幅の広い分野に論点を広げながらも、大きくは「時間」と「空間」の観点から日本文化を分析していた点が印象に残った。

  • 「今=ここ」という考えは境地のものという印象だが、この本では真逆の視点が得られる。つまり、日本の典型的な考え方であり、必然的に至る考えであるという道筋。

    部分と全体という視点も面白い。建て増し・部分の自己完結性が日本の特徴。

  • この本を読了するのに数カ月かかり、2回目を読みながら感想文を書くのにまた2,3カ月かかった。一文一文の密度が濃く、格調高い。奥が深い。世界が広い。

    加藤周一は、これから日本人はどうあらねばならないかを考えるために、これまでの日本文化を分析している、西洋や中国と比較して。時間や空間にあらわれる日本文化の特質が日本人の優秀さや、逆に愚かさを生んでいると考えている。

    日本人の文化的な特質を加藤周一は「今」と「ここ」にまとめる。日本人には「今」と「ここ」しかない。だから過去は水に流し、鬼は外福は内なのである。

    米中の接近に際して、とっさに日中国交回復を成し遂げた座頭市的な早業外交。大震災後の市民レベルでの素早い対応。今には強い。

    一方で、それは日本人の大勢順応主義という特質に結びつく。
    攘夷が開国になり、西洋崇拝となる。米英撃滅の次に米国追随、保護貿易による経済成長の次に市場開放と「自由化」・・・「大勢順応主義は、集団の成員の行動様式にあらわれた現在中心主義である。」

    俳句の時間は瞬間であり、それを支える制度化された「季語」は日本独特である。

    随筆も日本独特の文学だが、面白いのは「全体」ではなく「部分」である。

    絵画、特に絵巻物の中の時間は常に「今」となる。

    日本語の語順は、文末に動詞を置き、「全体を知る前に細部を読むことを読者に強制する」

    都市空間や建築においては「左右相称性と非相称性が重要で」あり、前者は空間の全体にかかわり、後者は部分重視となる。

    「中国は徹底した相称性文化の国であり、日本文化は正反対の非相称性に徹底する。西洋はその中間に位置する」

    日本空間の特徴、第一に「おく」の概念、第二に水平面の強調、第三に建増しの思想であり、建て増すことによって非相称的な空間が生まれる。

    神社や徳川時代の武家屋敷にもこれらの特徴が明瞭に見られる。

    桂離宮、そして茶室、妙喜庵待庵。

    この本は3部構成で、1部は時間、2部は空間、第3部はその関係を取り扱っている。

    さらに1部と2部は、それぞれ3章構成であり、その第1章は古代神話や信仰体系すなわち世界観における時空間を取り上げ、第2章は芸術・文化における時空間の表現を考察の対象とし、第3章は近代から現在における日本人のとってきた行動様式をみている。

    第3部は時間と空間の関係、その両者に貫徹している共通法則をまとめ、さらにそれどう超えるかを考察している。

    空間とは行っても、自然、地理、社会(ムラ、国、そして外交)、建築など多岐にわたっている。

    時間についても、ユダヤ教、古代ギリシャ、古代中国、仏教、古事記、短歌、連歌、俳句などを取り上げている対象は広い。

    加藤自身、世界のあらゆる文化を縦横に飛び回り、引用している。時空間を超越しているかのように見える。

    本書全体で、時間における部分重視が「今」であり、空間における部分重視が「ここ」であるということをつまびらかにしている。

    しかし、なぜそうなのかについては、明確には述べていないように思われる。それは文化とは、人間社会における精神生活の総体であり、過去からの蓄積が層を成した結果としか言えないからなのだろうか。残された第一の課題である。

    時空間を物理的に超越するためには脱出すること、それを完成させるために亡命すること。そして、時空間を精神的に超越するのは禅であるとしているが、禅についてはそれ以上詳しく展開していない。第二の課題である。

    1部2部の1章における歴史意識は、丸山眞男のいう「古層」に近いという。これは私の勉強すべき課題である。

  • 「時と所の特殊性を超えて、普遍性へ向かおうとする精神こそが自由である」

    だって

  • 日本文化の特質を時間と空間の二軸から「今 = ここ」の強調と捉えて論じています。「今 = ここ」は、部分が全体に先行するものの見方、すなわち眼前の、私が今居る場所への集中することであり、それは大勢順応主義と共同集団主義へと向かう傾向が強くなることを導き出しています。日本人の宗教観・文学・建築・絵画など様々な分野を例証として説明している箇所は納得できるところが多いです。最終章で「今 = ここ」からの脱出について書いていますが、文字通り「今 = ここ」という時空間からの脱出について述べるのに留まっていたのが残念でした。日本文化の特質としての「今 = ここ」から、心理的に脱却するためにはどういうことが考えられるかについても筆者の考えを論じてほしかったです。

  •  日本文化へのアプローチとして、時・空の2相から、言葉、建築、芸術という多様な対象を引き合いに出している。彼の文章は何かを知るために読むものではない。「どのように考えるか」を実践するために読むべきだろう。

  • 図書館1階の学士力支援図書コーナーでは、大学の建学の精神に基づいた図書を3つのテーマに分けて配架しています。
    ・アイデンティティを求めて
    ・いかに生きるか
    ・視野を広げる、世界を知る力

    この本は→「アイデンティティを求めて」

    配架場所はこちら→http://libopac.josai.ac.jp/opac/opac_details.cgi?lang=0&amode=11&place=&bibid=2000036684&key=B129974253820502&start=1&srmode=0

  • 図書館所蔵【361.5KA】

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