日本海軍はなぜ過ったか――海軍反省会四〇〇時間の証言より

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  • Amazon.co.jp ・本 (192ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000242899

作品紹介・あらすじ

戦後三五年を経て密かに始められた「海軍反省会」。部外者に公開されることのなかった会の記録が、録音テープに残されていた。その長さ、四〇〇時間-。そこには、海軍トップエリートたちの実像や、戦争突入への実際の経緯などが生々しく語られていた。勝算もないまま、なぜ日本は、戦争へ突き進んでいったのか?反省会の肉声の証言がもたらす衝撃をめぐって繰り広げられた白熱の議論。NHK放送の鼎談番組を収録。

感想・レビュー・書評

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  • ●:引用 →:感想

    鼎談なので総論のようなものは分かるが、結論ははっきり分からなかった。

    ●「海軍の失敗を過去のことと語らず、現代への教訓を探す。その際特に重要なことは、それを自分たちの問題として語る」

    ●半藤 海軍の人も陸軍の人も、不思議に嘘が多いんですよね。要するに自己弁護する。ですから、よっぽどこちらが勉強していかないと、嘘をつかれていてもわからないんです。→保阪正康も同じようなことを言っていた。=歴史を学ぶ意味。

    ●半藤 伏見宮はもの言う人なんです。もの言うだけでなく、人事に介入する人なんです。(略)そのまさに艦隊派の総帥が伏見宮なんです。
    ●戸髙 トップに宮様を据えたこと自体が海軍の意向を示していて、これすなわち謀略である、という発言がありましたね。あれはまことにその通りだと思います。軍令部の権限強化のために、海軍大臣や総長の人事をする。(略)私は、この軍令部条例が、結局のところ、日米衝突の遠因だったと思っています。

    ●澤地 軍人さんは戦争を知らないんだな、と思いましたね。戦うことを知らない。シロウトが言うのはおかしいけれど、この人たちは戦争をしたことがないんです。
    ●澤地 おかしかったのは、「勝てると思ったんです、あはは」と笑っていること。そんなに簡単に言ってもらっては困る、私は思いました。
    ●澤地 そんな無責任なことは、やってもらいたくないですね。死んだ人がかわいそうすぎます。(略)知恵の限りを尽くしてやった戦闘のなかで死んでいくのなら、これはやんぬるかな、かもしれないけれど、「ああ、あそこのところがおかしかった、あはは」ですまされて、殺されるのはたまらないと思いますね。
    →澤地久枝が本気で怒っているが、印象的である。

    第一次世界大戦/英国への不信感/日英同盟破棄/アメリカへの不信感/反米英 という半藤の意見には違和感がある。 

    ●半藤 軍人というのは、過去の戦を戦うんです。
    ●戸髙 もう昭和19年になっても日本海海戦を夢想していた、と言っていました。
    ●半藤 対米作戦をするとき、どういう形でやるかという最新の海戦要務令が必要だったんですが、なんと、それがなくて、昭和9年の海戦要務令(第4回改正)のままで戦うんですよ(略)その根本は、明治以来の迎撃漸減の艦隊決戦です。
    ●戸髙 過去の戦争を戦っている、というのはまことにその通りで、日露戦争のころの戦争は、手持ちの、始めたときの戦力で、終戦まで基本的に頑張るんです。それでなんとかなるんですね。太平洋戦争は、平時定員のまま行ってしまって、これが消耗するうちに一定の結論が出るんじゃないかという、根拠のない願望のようなものスタートのときにあったのではないですかね。結局、とてもそれではいかん、ということで途中から急に増員したりするんですけれど、もうぜんぜん間に合わなかった。
    ●半藤 これは遊びでしたが、こういうことをやっていると、参謀が本当に足りないことがわかります。足りないにもかかわらず、太平洋戦争を始めた連合艦隊司令部は参謀の人数が、日本海海戦のときの東郷平八郎の連合艦隊司令部とほぼ、どころじゃない、まったく変わらないんです。(略)戦場は広大になっているし、出動している艦艇の数は10倍以上です。なのに、基本的には東郷さんたちと同じなんですよ。

    ●半藤 海軍は、先ほども言いましたように、必ずしも一枚岩ではなかったんですね。(略)そうなんですけれど、海軍の悪口にたいしては一枚岩になる。
    ●半藤 「俺たち仲良くやってんだから、おまえ、そんなつまんない変なことを言うな」というような、排除の精神が働くんです。どこの会社や組織でもそうだと思います。
    ●半藤 海軍は幹部2千人ほどの会社である、と。その中でいかに自分が出世していくか、ということを頭に入れながら仕事をしていく。
    ●戸髙 たとえば第一委員会とか、組織には権限があるんですね。(略)ところが、組織というものは当然、思考能力がないんですよ。思考能力は個々の人間が持つんです。ですから、個々の思考能力を持つはずの人間が考えることを放棄して、組織の決定に無批判に従ったら、人間としての存在意義がなくなるわけです。人間はものを考えないといけないんです。人間が組織を使うのでなくてはいけないのに、もう、第一委員会がそう決めたのなら、いいよ、と組織に従う人間になってしまう。おかげで、責任も組織に行ってしまい、個人としては誰も責任を取らなくなる。
    ●戸髙 海軍はとくにメカニカルというか、個人の能力だけでは戦えない組織なので、組織のほうに責任があって、個人にはない、という意識がずっとありますね。ですから、何か失敗しても「それは部署の失敗であって、私の責任ではない」というセンスが根底にある気がします。やはり責任というものは、どこかの段階で個人に行かなければいけないものだと思いますし、そういったところがないものだから、何があっても、どんな失敗をしても、「これはまずかったねえ。でも直接は、私の責任じゃないから」とみなどこかで思っているんですよ。こういった感覚がどんどん、被害を拡大している。真剣味が足りなかったところですね。
    ●半藤 責任者が出るということを嫌うんですね、日本の組織は。私もずいぶん長いことサラリーマンをやってきましたけれど、失敗したときには、一つとしてきちんとした記録として残したことがないですね。
    →組織論

  • 著者の対談集。澤地氏の本は渉猟してみたい。

  • 一気読みした本@図書館。この海軍反省会をもとにした鼎談本。
    読了後、また同じ過った方向に行かないかが気になってしまった。

  • 戦後密かに行われていた「海軍反省会」
    について、NHKの特別番組が放送された。この「反省会」の教訓について議論する鼎談を収録。

    他人事。個人が責任を追及されることがない。排除の論理。縦割り。視野が狭くて近視眼のため、国際情勢を読み誤る。
    他にも他にも…。

    現代にもこの弊害は色濃く残っていると思う。原発問題もそう。
    日本の色んな問題を考えるとき、この教訓を思い出さなければ。

  • 思っていたのと違って、反省会での発言ややりとりはそれほど紹介されていませんでした。

  • 海軍軍令部にいた人々の戦後35年経ってからの反省会テープをもとにした、半藤一利、澤地久枝、戸高一成の対談。日本のエリートの傲慢、視野狭窄、頑迷さがよくわかる。あの戦争はなんだったのかと言う問いに対する答えを個人個人が持たねばと思う。軍令部の醜悪さは理解できるが、日本のあらゆる組織に一般的なものでもあろうと思う。

  • 戦後三五年を経て密かに始められた「海軍反省会」。部外者に公開されることのなかった会の記録が、録音テープに残されていた。その長さ、四〇〇時間―。これについてNHK三人の識者による鼎談を書籍化した物です。

    これはもともとNHK放送の鼎談番組を収録し、書籍化されたものだということで、以前ここでも書いた『日本海軍400時間の証言―軍令部・参謀たちが語った敗戦 』のいわば解説版として三人の識者による対談となっており、僕はこの本で、400時間にも上る『反省会』のあらましが理解できたような気がいたしました。

    やっぱり、彼らに『死ね』と命令され文字通り『草むす屍 水漬く屍』と化した兵士たち。彼らを指揮する側に立った人間が『なぜわれわれは負けたのか?』ということは重要な記録であり、内輪だけで行われているだけあって、ざっくばらんに語られているとはいえ、やはり責任の所在は最後までうやむやにされ、彼らの失敗こそが、日本の組織が抱える『病理』のルーツであり、また、当時でも屈指のエリートたちが集まっている組織でなぜ、間違ってしまうのか?という命題はそのまま現代の永田町・霞ヶ関にも相通じるものがあり、本当に読み応えがあるものでございました。

    鼎談をされている三人もまた、それぞれの観点があり、刺激的なものでございました。特に後半で語られている半藤・久枝両氏の語る戦争体験は銃後の話しながらも本当に壮絶で、関東大空襲のさなかの話は本当に地獄だなと、つくづくそう思いました。本書から、当時の海軍批判、軍人批判、それを基にして現代の官僚批判をすることはとても簡単です。しかし、ただ批判するだけではなく、彼らがなぜ失敗したのか?ということを突き詰めて調べていけば、今後おそらくは繰り返されるであろう過ちのうちの何割かは回避できるのではなかろうかと。自身、甘すぎるだろうなという自戒を込めつつ、そうであってほしいということを切に願って、今後も彼らおよび陸軍の失敗に関する文献を追っていこうと思っております。

  •  「日本海軍400時間の証言―軍令部・参謀たちが語った敗戦」という本を読んで非常に衝撃を受けたことがある。
     本書は、その題材を著名な作家・歴史家である3人が鼎談した本ということで、手にとってみた。
     すでに当時の日本海軍に様々な問題が多々あったことはわかっていたが、やはり3人とも批判的な意見しか出てこない。
     3人とも当時の時代状況も歴史経過にも詳しい「泰斗」であると思うが、その彼らの話を読んでも「ため息」しか出ないような思いをもった。「なんと、当時のエリートたちの愚かなことか!」。
     本書では「なぜ過ったのか」について多々語られる。しかし、この内容がなぜ戦後の日本社会で語られず、極秘にされたのか。
     海軍・政府関係者は、敗戦直後に大量の公文書を焼却し、自らの歴史を語らず隠蔽し、さらに戦後に「反省会」を開いたものの、その内容を「極秘」とした。
     この軍人たちは、歴史を私物化していたとしか言い様がないのではないだろうか。
     唯一、評価できることは、「反省会400時間」の録音テープを残したことだけとは、あまりにも情けない。
     本書でも取り上げてはいるが、現在でも日本社会につきまとう組織の問題があるのだろうとも思えた。
     本書は、当時の歴史を知る上で非常に貴重な内容であるとは思うが、読後感はあまりよくない。当時の日本海軍のあり方に「腹が立つ」からである。
     「長期展望の欠如」「排除の論理」「国民の熱狂」「尊大さ」「隠蔽体質」等々、それは「現在の我が身」を見るような思いをも持つ。当時の「日本海軍の愚かさ」は、現在まで続く「日本社会の愚かさ」かもしれない。
     「海軍反省会」については、録音テープを起こした「証言録」が現在4巻出ているが、読むべきかどうか。読んでも腹が立つだけかもしれないと思い、ちょっと迷うところである。

  • 澤地さんの発言がどこかひっかかる。

  • 「日本海軍400時間の証言」を扱っているテーマは同じ。
    海軍第一委員会、伏見宮軍令部総長時代の海軍省から軍令部への権限委譲が開戦への原因の一つとなった。
    組織の思考の問題点についても触れられている。軍人の多くが、対米戦に勝てるかどうかわからないなかで、なかなかそれが言い出せないという、現代の会社人にも共通の問題点が指摘されている。
    対談している半藤一利は、東京大空襲を経験し、九死に一生している。
    澤地久枝も戦中満州に住み、日本敗戦後日本に帰国するまで壮絶な体験をしている。こうした経験が、戦争の事実を後生に残していこうとして著作活動すっる原動力になっている。

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著者プロフィール

1930年、東京都生まれ。敗戦で旧満州より引き揚げる。中央公論社勤務を経てノンフィクション作家に。主な著書に『妻たちの二・二六事件』(中公文庫)、『火はわが胸中にあり─忘れられた近衛兵兵士の叛乱 竹橋事件』(文春文庫/岩波現代文庫)、『滄海よ眠れ─ミッドウェー海戦の生と死』(文春文庫)、『世代を超えて語り継ぎたい戦争文学』(佐高信との共著、岩波書店)、『人は愛するに足り、真心は信ずるに足る─アフガンとの約束』(中村哲との共著、岩波書店)『原発への非服従─私たちが決意したこと』(鶴見俊輔、奥平康弘、大江健三郎との共著、岩波ブックレット)、『ほうしゃせん きらきら きらいだよ──「さようなら原発1000万人署名運動」より』(鎌田慧との共編著、七つ森書館)ほか多数。憲法「九条の会」「さようなら原発1000万人署名市民の会」呼びかけ人。

「2013年 『愛の永遠を信じたく候 啄木の妻節子』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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