磔のロシア―スターリンと芸術家たち

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  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (544ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000244107

作品紹介・あらすじ

なぜ、殺されたのか。なぜ、生き延びねばならなかったのか。革命の夢と大テロルを潜り、恐怖の詩神スターリンと対話した、芸術家と表現の運命。謀殺か、自殺か、病死か。ようやく公開された裁判記録や検事調書を解読し、もろもろの証言や作家自身の遺作に耳をすまして、その死の真相に迫る。

感想・レビュー・書評

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  • ショスタコーヴィチがあの交響曲第5番を発表したのは、スターリンが大テロル(粛正)を行った1937年。

    「大テロルの不気味な予感を高らかに響かせる死刑執行者たちの靴音を、耳元でこだまさせ(←著者いわく)」ながら書いた。

    そして熱狂的な成功。
    「彼は応えた、上手に応えた」と、聴衆は誰もが繰り返し口にしたという。
    こうして彼は名誉を回復したのである。

    当時西側では権力に迎合したなど批判もあったが、今では、巧妙な「二枚舌」が隠されているとも評されている。

    その第5番の「二枚舌」を少しずつめくってみようというのが、このショスタコーヴィチの章であった。

    荒唐無稽、人民の敵とこき下ろされた「ムツェンスク郡のマクベス夫人」や、交響曲第4番の解説も素晴らしい。

    この章が読みたくて手に取ったが、ゴーリキーをはじめ、他の芸術家も取り上げている。

  •  買ってから15年ばかし本棚に並べておいていま読んでいるのだが、その間にもっと安い岩波現代文庫版が出てしまった。『カラマーゾフの兄弟』新訳の訳者にして『新カラマーゾフの兄弟』作者の学者としての作品、大佛次郎賞受賞作。

     磔のロシア。なかなかいいタイトルを思いついたものだ。磔といったらふつうキリストの磔であり、それは処刑であるとともに民の救済である。ここにはそんな多重な意味が込められているのだろうか。
     とりあえずはスターリニズムの中で磔(処刑)に遭ったり、遭いそうになった芸術家の話である。
     まえがきによればテーマは3つ。「スターリン礼賛をめざした文学作品の持つ二重性の意味」「スターリン権力下における死の問題」「音楽と映画の二つのジャンルにおける『二枚舌』の表象あるいは権力と孤独の問題」であるという。

     最初のテーマは『巨匠とマルガリータ』のプルガーコフと詩人マンデリシターム。
     文壇から葬られ、スターリンに直訴状を書き続けていたプルガーコフにスターリンの還暦を祝う戯曲が依頼される。プルガーコフはスターリン礼賛劇を書くが、スターリンはそれを上演禁止にする。いけしゃあしゃあと反スターリンの詩を書いた反逆者マンデリシタームはスターリンから寛大な処置を受け、流刑から戻るが、スターリンと一体化した高揚感の中でスターリン賛美の誌を書く。だが、明らかな反逆者より面従腹背の「二枚舌」のほうが罪が重い。彼はとらえられ、送り込まれたラーゲリで精神錯乱のうちにこの世を去る。

     第2のテーマはマヤコフスキーとゴーリキー。
     革命の桂冠詩人として活躍するマヤコフスキー。愛人はチェカー(秘密警察)員。別の愛人との痴情のもつれからピストル自殺する。が、それには謀殺説がある。マヤコフスキーの愛のあり方はこれからソヴィエトが陥っていく全体主義のシステムと大きな差はなかった。マヤコフスキーは死ぬことで詩人として生き残る。
     ゴーリキーもまた革命に共感を寄せ、いったんはイタリアに移住するが、ソヴィエトに戻る。そしてスターリンという存在に引き裂かれていく。ゴーリキーが弄する「二枚舌」はスターリンの猜疑心を煽り、ついに両者は決定的な断裂に至る。そしてゴーリキーの謎の死。

     第3テーマは作曲家ショスタコーヴィチと映画監督エイゼンシテイン。
     ソヴィエトの生み出した最初の天才作曲家と讃えられたショスタコーヴィチは大テロル時代に「形式主義」と批判を受ける。批判の対象、歌劇『ムツェンスク郡のマクベス夫人』はスターリンの気に入らなかったようだが、形式面でさほど冒険しているわけではなく、大衆的人気をとり、体制側として許容範囲としてもいいようなものだった。その批判への回答で名誉挽回の糧となった交響曲第5番は「勝利によって締めくくられる長い精神的葛藤」とされながらも、虚心に音楽を聴くと勝利には聞こえない。
     『戦艦ポチョムキン』のエイゼンシュタインは第2次大戦後、『イワン雷帝』第1部でスターリン賞を受けるが、第2部の完成後に心臓発作を起こし、一命を取り留めるものの第2部は上映禁止となり、1948年に亡くなる。イワン雷帝と自己を同一視させようとするスターリン、そこにエイゼンシテイン自身も同一化するが、その幻想は打ち砕かれる。

     全体の背後にあるテーマは、独裁者に対峙するための芸術家の「二枚舌」と、その「二枚舌」の鍛錬の中で芸術家が独裁者と一体化する「悲劇」だという。ただ、ショスタコーヴィチだけがちょっと特異ではないか。交響曲第5番は時代の悲劇性をスターリンと共有することにあったと亀山は述べる。ショスタコーヴィチの独裁者との一体化とはこの程度でしかなかった。当局の対応も一枚岩ではなく、ショスタコーヴィチが仕掛けたかも知れず仕掛けてないかも知れない「二枚舌」も一筋縄ではいかず、錯綜とした様相をみせる。それがここに登場する芸術家の中で彼ひとりが大テロルも大戦後の批判もこえて1975年まで生きながらえた理由かも知れない。
     いずれにせよ、われわれはせいぜい「雪解け」後の視点からしかこの時代を見ることができないことを痛感する。まだこれから何が起こるかわからなかった当時の人たちは受け入れがたいものを受け入れざるをえず、そこで何とか対処するしかなかった。スターリンを批判してその罪を認めたほうが、この独裁者を礼賛して面従腹背と思われるよりも生存の可能性が高いかも知れないなどという社会。もちろんスターリンという人物の精神構造の歪みにも興味を惹かれざるをえない。そして今も世界のどこかで続く圧政について思う。

  • 亀山郁夫氏の講演があり、ロシア文学の第一人者。
    スターリン時代の芸術家の生き方と苦労、内容は少し難しかった。

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著者プロフィール

亀山 郁夫
名古屋外国語大学学長。東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。
著作に、『磔のロシア――スターリンと芸術家たち』(岩波現代文庫、2001年)、『熱狂とユーフォリア――スターリン学のための序章』(平凡社、2003年)など。

「2018年 『ショスタコーヴィチとスターリン』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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