バン・マリーへの手紙

著者 : 堀江敏幸
  • 岩波書店 (2007年5月18日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (249ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000244367

作品紹介

ユセンにしないと出てこない味なのよ、と先生は言うのであった。直接火にかけないことで逆に奥深くまで火を通しうる「湯煎」のようにゆっくりと、彼方に過ぎ去った思い出や、浮いては沈む想念をやわらかな筆捌きでつづる最新散文集。

バン・マリーへの手紙の感想・レビュー・書評

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  • 「崩れを押しとどめること」

  • 牛乳は噛んで飲むものである / 落下物について / 崩れを押しとどめること / 挟むための剣術 / 十三日の金曜日ふたたび / 声なき猫の託宣
    がとくに好きだった。
    フランス文学(かな?それすらも危うい...)は全然わかんないけど、著者の日々の思索が物語に寄せてあって、それがとてもいいなあと思った。

  • カラメルのように、甘くほろ苦い読書録。

  • いかにも宛名めいているが、バン・マリーとは、人の名前にあらずして、ものを湯煎にかけること、もしくは湯煎鍋そのものをさすフランス語である。浴槽、お風呂を意味する「バン」に、マリー(マリア)をくっつけると「マリアの風呂」。湯を沸かした鍋の中に小さな鍋を浮かせ、その中でゆるやかな温度で調理したり、保温したりする技術が考案された14世紀頃はマリア信仰が盛んだったため、その優しさを喩えに使ったものとされる。

    著者は幼稚園時代、冬になると石油ストーブの上にのせた銅メッキ製のたらいに、水を入れた鍋を浮かせ、その中に牛乳瓶をいれ湯煎して飲ませてもらった記憶を持つ。大学生時代、その話を披露すると、ひとりの友人が、「だからお前はいつも白黒をつけずに平気でいられるんだな。煮え切らないのがいちばんよくない。きりっと冷えてるか、湯気がほくほく立ったホットにするか、どちらかに決められないような奴はろくな人間にならない」と、説教されたという。

    「友人の言葉に違和感を覚えたのは、それがどうやら重度の視野狭窄に見舞われつつあった時代の雰囲気を代弁しているようにも受けとりえたからだ。白黒がつけられないのではなく、白黒をつけない複眼的な思考に共感していた。そして今でも共感している私には、マリアの力を借りた湯煎に相当する中間地帯を設けることと表面的な優柔不断は、あくまで別物だったのである。」

    話は、そこから「ヨハネの黙示録」に飛ぶ。「われ汝の行為を知る。我は寧ろ汝が冷かならんか、熱からんかを願ふ。かく熱きにもあらず、冷かにもあらず、ただ微温きが故に。我なんぢを我が口より吐出さん。」という例の有名な一節である。

    いかにもキリスト教の神らしい二項対立的命題の立て方だが、階段の踊り場やら、回送電車やら、この本でいうなら飛び立たない飛行機という、中途半端というか、どっちつかずなものの様態を愛し、ものごとを一刀両断して二者択一を迫る思考法を嫌うのが、堀江敏幸というあり方なのだ。

    牛乳の喩えに戻るなら、「熱いものが冷めてぬるくなったのではなく、はじめは冷たかったものに熱を与えてそこまで温度を上げていくことが誰の目から見ても積極的な行為であることは明らかだし、微温状態の維持だってかならずしも容易なことではない」。

    このエッセイ集には、はるかな時を経て甦る記憶が、言葉の連想によって、今ここにある事象と交錯する類の話が多い。著者は、バン・マリーという装置に「すべての事象に適用可能な無色透明な濾過層としての役割を与えてみたい」と語る。日々の暮らしの中にある何気ないものから生じた、それだけでは生硬な素材が、がんがん火であぶり、炒めるような作業でなく、火加減に気を配りながら湯煎にかけられるようにして、まるで別物のように変化して現れ出たのがこれらのエッセイ群である。

  • この日本語のリズムだけで心地がいい。

  • 本書はまさにタイトル通り、買って、たなごころでゆっくりと自らの体温に馴染ませながらそして自らも行間に揺らめくテンポに馴染みながらゆっくりゆっくり読むに相応しい。借りて、延長しながら読了してそう思った。

  • あなたはこの本を手に取ったときに、その表紙の美しさと手触りに軽い驚きをもつだろう。
    そして、なにか記憶の遠いところの、柔らかなあたたかいかすかな懐かしさを覚えるだろう。

    その色はまさに湯せんされたミルク。
    幼いときに幼稚園で飲んだあたためられたミルク。

    ゆっくりと湯せんで時間をかあけてあたためられたミルク、その味わいが文章全体を包んでいる。日常の何気ない出来事、私たちの毎日に転がっているような見逃しがちな出来事さえも、彼の手にかかると魔法のようにやわらかく、やさしい日々の出来事に変わる。大切な思い出、宝物のように変わる。

    それは何気ない出来事だけではなく、膨大な知識に裏付けられた敬遠しそうな内容でさえもやわらかく包んで、「いつかわかるときがきたらわかればいいよ。待っているからね」とでもいうように変えてしまう。

    私の大好きな人が私に教えてくれた大切な本。
    その人はこれを読むたびに幸せな気持ちになるといっていた。
    そして私もこの本を読んで幸せをもらった。
    いまでもこの本を読むたびに彼を思う。
    悲しいときでもすべてのものをいとおしんでゆっくりとあたためられた文章は、おだやかに悲しみを包んで私に「ここにいてもいいんだよ」という安心とほんのりとした幸せをくれる。

    この本はきっとあなたも幸せにしてくれるはず。
    心の底からゆっくりと、ゆったりと「湯せんされた」ミルクを飲んだ子供のときのように。

  • フランスのことを知らないと分からないこともあるが、
    文章は心地よい。

  • 堀江氏の書く、なんとも、句点までの距離の遠い、しかし、深遠なる、静謐で密度の濃い文字列に酔いしれる。平日の昼間、さまざまの思いをめぐらすのに適している本といえる。一度読み始めると、彼の他の著作が気になってくる、不思議な、麻薬的な副作用をもつ。特に印象に残ったのは、デスモスチルスの話と冠詞の話。

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