はるかなる岸辺

制作 : 上野 直子 
  • 岩波書店 (2011年10月26日発売)
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  • Amazon.co.jp ・本 (400ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000244657

作品紹介

「いったいどんな場所に僕は来てしまったんでしょう」アフリカの内戦をのがれてきた男、ソロモンは、新しい友人に問いかける。家族も故郷も失くし、困難な旅を生きのびて、彼は、「はるかなる岸辺」、イングランドに辿りついた。新しい人生をはじめたいと思っていた。そう尋ねられ、途方に暮れるのは、中年のイギリス人女性、ドロシー。彼女もまた、さまざまな喪失を抱え、人生をやり直そうと思っていた。二人の間には、ソロモンに届けられた、「ここから出て行け」という村人からの憎しみの手紙の束がある。読者に届けられるのは、孤独な二人の現在の悲劇と、忘れてしまいたい過去。「なぜ」と読者は重たいこころで問うだろう。私たちと同じ小さな人間の、人間としての限界、そして苦いイギリスのいまと世界の痛みを、静かに描く、ポストコロニアル文学の傑作。

はるかなる岸辺の感想・レビュー・書評

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  •  目的地がどこなのかわからない。
     例え、その目的地がどこにある何なのかがわかっても、それは思っていたものとは随分違うものなのかもしれない。
     それでも構わない。ただ、ここではない何処かへと向かっていく道程を楽しめれば。いや、楽しめなくてもいいのだ。苦しみこそが生きている実感を唯一感じるなんて酷過ぎる状況かもしれないけど、その生の実感を絶たれることに比べれば、絶望するだけの余地が人生には残されている。

     イギリスへと遠くからやって来た難民である男と、ずっとイギリスに住み続ける女を主人公に、それぞれが問題を抱え生きていく様子を描いた作品。
     本来2人の間には何ら接点はないはずだったのに、2人の人生が交差する瞬間-そこは絶望の果てにたどり着いた目的地。何処かへと動き続けた人生がぶつかり止まる瞬間は、他人から見れば悲劇的な最期だったのかもしれない。
     しかし、時間と場所の移り変わりをバラバラに描いていくなかで浮かび上がる2人の人生の歩みは、目的地がわからず、わかっていても彷徨うしかないという生の実感を、逆に生き生きと表現していると思う。逆境のなかで主人公たちの心が揺れ動き、崩れ、壊れていく様。悲惨で痛々しい人生そのものなのに、それが逆に生の実感を伝えてくれる。
     “はるかなる岸辺”は、永遠にたどり着くことができない、何があるのかわからない目的地。その途中で、その結末で悲劇しか待っていなかったとしても、誰も皆、そこを目指して生き続ける場所なのかもしれない。
     
     

  • 大学時代の華僑の同級生Tは、所謂「団塊Jr的諦観」を持った面白いヤツで、彼の感覚は全く市井の日本人そのものだった。また、同じく華僑のSは、見た目はシュッとした男前で、いつもイイ洋服をきてはいるものの、性格はじつに最悪で、彼の感覚は全くもって嫌なセレブの日本人そのものだった。

    どちらも日本人そのもの。
    レイシストの人、ボクがなにがいいたいか解る?
    「日本人」なら「漢字」読めるんでしょ?ハハハ。


    「はるかなる岸辺」で描かれるのはイギリスの移民問題や人種差別問題。作者は大きな枠で捉えるさい「彼ら」を決して「虐げられた聖人」としては描いていない。だた一人の人物をのぞいては。そう。物語上は、単なる「ゲス」としか描かれない移民達も、そのただ一人の人物同様、過酷なバックボーンを持っているかもしれないのだ。


    表現的には、主人公の一人であるドロシーの物語が、時系列グッチャグチャで進んでいく第1章が非常に面白い。行間を空けることなく、突然、時間軸が飛ぶ展開――読者はその都度、ボンヤリとした風景の中に突然放りこまれ、徐々にピントをあわせていくのだが、しばらく話がすすむとまたしても時間は飛んでいる……!――は、ドロシーの混沌とした精神状態を見事に描写している。この表現は「文章」でしか表現し得ない面白さ。

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