忘却された支配――日本のなかの植民地朝鮮

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著者 : 伊藤智永
  • 岩波書店 (2016年7月22日発売)
  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000247917

作品紹介

戦争体験と比べて、意識されることの少ない「植民地支配」の記憶。だがふとした日常に、その消えない記憶、忘れられない遺物が見え隠れする。宇部、北海道、筑豊、紀州、知覧、そして四国…炭鉱や特攻で死んだ植民地出身の犠牲者を想起し、追悼しようとする人びとの営みをたどる。植民地支配の体験とはなにか、それは日本にどのような感情や記憶を刻み、当時と今になにをもたらしているのか。毎日新聞の連載「支配した国 強制の記憶」をもとに単行本化。

忘却された支配――日本のなかの植民地朝鮮の感想・レビュー・書評

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  •  〈戦後70年〉の2015年8-9月に『毎日新聞』に連載された記事「支配した国 強制の記憶」を増補・加筆した一冊。日本列島の各地に存在する「強制の記憶」の現場について、幅広い取材と調査を重ねたうえで記述された内容には、多くのことを教えられた。自分でも実際に足を運んでみたい場所も、いくつもあった(特に北海道!)。現在の日本社会が問われているのは、「押しつけられた脱植民地化」によって「自分たちが行った歴史の後始末を、他人任せにしてすり抜けた」ことへの落とし前をどう付けるかだ、という基本的な問題意識にも深く同意できる。

     だからこそ気になるのが、筆者の「運動家」たちへの視線である。紀州鉱山朝鮮人慰霊碑をめぐるくだりでは、「運動家」たちの思想性・政治性の強さが、否定的な文言とともに前景化される。「左翼全盛期の学生運動経験者だろうか」「糾弾や吊し上げのような詰問調は今ではかなり古めかしい」、「思想性も人によっては大事だが、度量の狭さは想像以上である。これでは、オブジェも泣いているだろう」(105ページ)。「生真面目すぎると息苦しい」、大衆性を欠いている、という指摘もあった。いっぽう、四国の郷土史家たちの「発見」を取り上げた東学農民戦争の「和解」をめぐっては、「先に被害者側からの働きかけと態度があり、それが加害者側に届くと新たな認識と感情を引き出す可能性を、巧まずしてささやかに実現した、その小さな例証と言えるのではないだろうか」(161ページ)という一節が読まれる。まず、被害者側から誠意を尽くし、加害者側の心情にも届く行動・言動を示せ、ということだろうか。だとすれば、言葉は丁寧だけれど、その底流にはややもすれば傲慢さが垣間見えないか。
     
     取材を重ねた者の責任として、「強制の記憶」をめぐる歴史の探究を、単なる「いい話」で終わらせず、碑文や施設が作られていく経緯にあった対立や葛藤を見逃さないことは大切なことだ。しかし、それを比較して相対化する、という手つきはいかがなものだろうか? 筑豊のある街の追悼施設建設に関する在日コリアン社会の中での対立を描く際、〈粘り強く行政との交渉を続けた人物〉を評価しつつ、対立した側の人々を権威主義的な考え方の持ち主と規定し、「名誉」欲にかられた吉田清治の行動と重ねていく。さらに、植民地支配の責任と強制連行問題への取り組みが政治化し、ゆえに対立を生んでしまっていく様子を「歴史修正主義者」が日本国家の体面・名誉をタテにとっていく姿勢へと接続してしまう。この書きぶりには、いわゆる「慰安婦問題」での日本知識人の立ち位置と通じるものが感じられてしまう。細かいことだが、

     結局のところ、自分たち日本社会の側には「自覚」「研究」を促し、被害者・被害を申し立てる側の〈歩み寄り〉〈工夫〉を求めていく姿勢は、筆者が問題視する戦後日本社会の植民地支配の「忘却」と、結果的にはいくらも変わらないということになりはしないだろうか。ただ「覚えておきましょう」というだけでは、より洗練された「どっちもどっち論」でしかない、ということになりはしないだろうか。

  • 8月になれば恒例のように原爆、空襲、特攻など、先の大戦での日本人の悲劇が語り継がれるが、植民地や併合の歴史に思いを馳せることは少ない。
    本書は、当時併合されていた朝鮮半島の人々が炭鉱や空港建設、特攻にまで投入された事実、またそれを掘り起こして記録に遺そう、追悼しようとする日本人を追ったルポ。毎日新聞の連載をもとに書籍化したもの。
    タイトルの通り我々は忘却しようとしているのかもしれないが、それでも知ろうとしなければならない。
    200ページ足らずの本だが、内容はずしりと重い。

  • ピーアのすぐそばに実家があり、その周辺の海で泳ぎ遊んできたのに、そんな歴史があったとは全く知らなかった。外は板張り屋根が半分崩れかかり朽ち落ちた長屋は恐らく炭鉱町の名残り。その崩落しかかった建物に未だに人が住む。

    今日、慰霊碑を見てきました。朝鮮総連と民団、それぞれ碑をたてていた。ここにも政治が持ち込まれている。悲しい現実だ。

    父から聞いた。この海底炭鉱で働いていた人々には、海上を走る船のエンジン音がはっきりと聞こえたそうだ。碑の記述によると日韓併合1910年後の1915年以来、約五百数十名の犠牲者があったという。

  • 欧州各地での重大なテロリズム
    近くではバングラデシュでのテロリズム
    シリア・アフガニスタンでの内戦がゆえの難民の問題
    その他…
    70年前に終結したとされる
    日本が関わった戦争
    そして、そこから派生し、今もくすぶっている
    日本国内外の問題

    場所は違えども、虐げられた立場からの
    命をかけた問題提起は終わることはない

    誰かの言葉に
    「戦争は始まりはあるけれども
     その終わりはない」
    改めて 実感させられた一冊です

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