崩壊するアメリカの公教育――日本への警告

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  • 岩波書店
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  • Amazon.co.jp ・本 (208ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000247924

感想・レビュー・書評

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  • まだ読みかけ。
    アメリカの公教育の格差が大きいのは理解できるし、マックチャーターのような教育の画一化を批判する向きもわかる。
    しかし、元々の"Nation at Risk"のレポート('83)の背景にはアメリカの経済的な衰退と教育の質の低下があったのではなかろうか。日本も同じ、日教組に支配された質の低い教師へ批判がベースにあろう。
    国家は公教育への投資によって何を得るか、という根源的な問いに到達することを期待する。経済活動がそのまま戦争手段となっている今日、ひと握りの経済的エリートを国に惹きつけることすら難しい。国家とは、国民とはなんだろうか。
    【2章】
    "Pearson, Everyday earning"のジョークはまぁいいとして。オンラインエデュケーションは今後、間違いなく伸びるし、方向性も間違っていない。教師を安価な労働力に貶める、というのは一面的な見方でしかない。これからの先生のあり方を探っていかねばならないのではないか?
    【読み終わった】
    おわりに、の章が珠玉。答えしか与えない社会に自由はない。生徒によって評価も変わる。生徒一人ひとりに向き合って、その生徒の長所を伸ばす。いずれも今の時代に求められている事柄だが、公教育全体としては全く明後日の方向に行ってしまっている。著者の主張の底流を理解できた気がした。
    今日、自由主義の進展によって生活のありとあらゆる面での効率性を求められるようになった。消費者としては非常に便利でリッチな時代だが、反面、我々は「何のために戦っているんだ?」との問いに答えられなくなった。単にすべての人の社会的、経済的な生存を保証するだけで良いはずなのだが、それができないのは我々の中に時間泥棒がいるせいだからだろうか。

  • ・新自由主義
    ・公設民営

    教育基本法改正

  • 無批判にPISA型学力を受け入れることが何を意味するのか。今まで考えたことの無い視点でした。それを前提とした学力論議はいったいどこへ向かうのか、考えさせられました。

  • 2017/02/18

  • まさにアメリカがやって来たことをそっくりそのままやろうとしている日本。恐ろしい。国に不満を言ってもしょうがないから自分ができることを全力でやろうと思った。アメリカの公教育がここまで崩壊しているとは考えてもいなかった。日本よりひどい。

  • タイトル通りアメリカの教育制度の崩壊をその地にいた内側の視点から綴るルポであると同時に,著者自身の教育哲学に触れることのできる良書だった。

  • 「アメリカ」のところを「日本」に
    替えて読んでしまった

    日本では(どの国でも)
    誰でも 教育評論家になれる
    ただ それになれないのは
    唯一その立場にいる教職員たちだ

    自分に火の粉が降りかかってこなければ
    人はなんとでも言うことができる

    本書は 日本でも そして アメリカでも
    その「教職員」の立場に立ったことのある著者ゆえの
    説得力になっている

    この国はどこに行こうとしているのだろうか
    そんなことを
    力いっぱい考えさせてもらった一冊になった

  •  日本の窮屈な教育に飽き足らずに、自分を発見するためにアメリカに留学した著者。そこで繰り広げられていた,個性を生かす教育と文字通り個性的な同級生たちの姿。著者は「これぞ,日本の教育の目指すべき道」と思っていたそうです。
     が,その一方で,新自由主義のもと,公教育の場がどんどん民営化されていき,「公」というものがなくなっていくアメリカの教育界。著者には,アメリカの教育界が「格差拡大再生産の場」であることが,見えてきます。自分が体験したのは,エリートを育てる私立校だったんです。それはアメリカでも特殊な教育環境であることに気づきます。
     新自由主義に犯され,何ごとも経済最優先で突き進んだ結果の社会が,アメリカにあります。しかし,「数値,数値…」と追い立てられる教育現場の状況は,アメリカだけではありません。日本もまた,アメリカが進んできた方向に向かっているように思います。だからこそ,弐の轍を踏んではいけない…と思います。本書の副題が「日本への警告」とあるのは,そういう意味です。
     著者が何度か紹介する,チョムスキーの次の言葉は,深いです。
    「いかなる抵抗をも抑圧し得る賢い方法は,議論の範囲を制限し,その中で活気ある議論を奨励することだ。」
     確かに,チョムスキーの言うとおり,日本の教育現場も,学力テストの点数を上げるために,いかに研究するかということに閉じこもって,活発な議論がくり返されています。「学力」の枠組みそのものを問う議論などは,ずっ~と昔になくなりました。

     また,レスポンシビリティとアカウンタビリティーの違いなども,現場の教育を見る視点としておもしろいし,現状を打破するポイントの一つとなるでしょう。

     「おわりに」で紹介されているマキシン・グリーン女史との関わりやその言葉も頭に残りました。
    「答えしか提供しない社会では,自由は存在し得ないでしょうね」
     数値目標を掲げ,子どもをその数値を上げるための評価の対象としてしか見ていない教師たちがどんどん増えています。限られた枠内で頑張る姿は,輝いて見えるけど,滑稽でもあります。
     新自由主義をひっくり返さないと,全人教育にはつながらない…答えのない全人教育こそ,本来の教育のはず。

     数値化できなくて何が悪い?
     費用対効果が分からなくて何が悪い?
     教育とは元々そういうものだろう。
     子どもの不安定な心と付き合うことのできるプロの教師になりましょう。子どもは,そんな教師を求めているはず。そしてそれは親も同じ。

     今の状況を打破する方法として,「我が子に学力テストを受けさせない」テストオプトアウト運動というのがあることを知りました。実際,ニューヨークでは,2015年には50万人という規模でテストを受けませんでした。
     数値に反抗するには,その数値を意味のないものにすることが大切。保護者から出てきたオプトアウト運動は,日本でも起きるかも…。

  • 新自由主義が万延するアメリカの公教育で起きている教育の商業化を暴き、アメリカに傾倒する日本に対して警鐘を鳴らす一冊。

    とあるインクルーシブ教育研究者から聴いた、共生の実現を目指すアメリカの教育とは全く違う姿に愕然とした。時代の違いなのか、地域の違いなのか…

    日本では、教員の管理統制が厳しくなってきていて、統一学力テストの扱いも危惧される現状。アメリカの公教育の崩壊が他人事とは思えない。

    教育を考えることは社会を、政治を考えること。

    教職員として、親として、これからの日本の教育をどう進めていくべきか考えさせられる。

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著者プロフィール

米国コールゲート大学教育学部卒、スタンフォード大学教育大学院教育哲学科修士課程修了。16歳で単身アメリカのニューハンプシャー州の高校に留学。修士号取得後、帰国して教員免許を取得。2002年から2008年まで千葉市の公立中学校にて教員を務める。2008年秋からフルブライト奨学生としてコロンビア大学教育大学院博士課程に在籍。2011年より、同大学にてマクシン・グリーン(Maxine Greene)名誉博士の助教を務め、大学院生を対象にした教育哲学とアートを繋ぐ授業の教鞭を取る。

「2013年 『音楽中心音楽療法』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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