またの名をグレイス 下

  • 岩波書店
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感想 : 19
  • Amazon.co.jp ・本 (355ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000248068

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  • 最後、グレイスはジョーダンへの手紙に「先生の興味を引きそうなことをうまく考え出すたびに嬉しかった」と語る。
    それは嘘とは言わないのか?
    誠実そうなジョーダンが後半、グレイスの過去をなぞるかのような行動にでて、アイデンティティーは揺らぎ、違う面を見せる。アトウッドは人間の多面性を突き付ける。
    ではグレイスはどうなのか?
    健気な薄幸な少女というだけなのか?
    人格は分裂するのか?
    公開催眠療法、あれはまやかし?
    それとも真相が明かされた?

    ますます分からなくなる。 
    そのわからなさの中に、人間の複雑な内面を垣間見せられた。
    当時の(一部は今でも)女性が置かれた状況の理不尽さ、哀しみも伝わってきた。

  • グレイスは無実の憐れな少女かそれとも妖婦か…?
    保守派と改革派で揺れる19世紀カナダで起きた実際の殺人事件をベースに描かれた物語。黎明期の精神分析医であるジョージ先生とグレイスのインタビューを中心に物語は進む。

    「事件」を証言するのは全てグレイスのみ。グレイスの上品で落ち着いた語り口には説得力があり、彼女の発言はすべて正しいと信じたくなる。しかし所々に差しはさまれる発言やエピソードから「本当に信じて良いのか」という疑念を常に突き付けられ、催眠術のくだりで完全に「何を信じて良いのか」分からなくなる。挙句にジョージ先生は自身の女性問題で、土壇場で物語から退場してしまう。

    物語の所々に「キルト」が出てくるが、ラストシーンで最高に効いてくる。グレイスの作るキルトの三角形、メアリーとナンシーと、囚人グレイスが分かちがたく組み合わさって物語は終結を迎える。

    主犯はマクダーモットなのか、グレイスなのか、はたまたメアリーなのか。痺れるような読後感を残して、グレイスは歴史の記録から姿を消す。

  • 19世紀カナダで、16歳のときに働いていた屋敷の主人と女中頭の殺害に関与した罪で有罪判決を受け、30年間服役した実在の女性、グレイス・マークスの事件に題をとった歴史小説。しかし扱っている主題は実に今日的だ。
    グレイスが失った事件の記憶を引き出し、彼女の正体を探ろうとする、野心家の若き心理学者。しかし彼女が語れば語るほど、その姿はいっそう深い謎に包まれていくようだ。彼女は彼に「真実」を分かち合おうとしているのか、それとも、飢えた犬に餌をあたえるように、聞き手が望む物語を作りだしているのか。
    強固な身分制と抑圧的な社会規範の下で生きてきた最下層の女性が、彼女を救済しようとする人々の欲望に黙って身をまかせつつ垣間見せる用心深さと大胆さには、どきりとさせられる。そして晩年のグレイスの穏やかな語りの中から浮かび上がる、死者たちへの激しく親密な感情。最後まで度肝を抜かれつつ、人の心の底知れなさに思いを馳せる。

  • 上下巻読了。『侍女の物語』が良かったので読む。『侍女の物語』は読んでいて作者の言わんとしていることがストレートに伝わってきたが、こちらは、どこに作者の伝えたいことがあるのかと思いながら読んだ。とはいえやはり巧みな構成の上、ディテールも手抜きなく念入りでリアル、夢中で読めた。

    1843年グレイス・マークスという女中(当時16歳)とジェイムズ・マクダーモットという下男が主人のトマス・キニアと女中頭のナンシー・モンゴメリーを殺したという、カナダでは有名な事件を題材にグレイスの生い立ちから事件、そして釈放までを描いている。ナンシーは主人のキニアの愛人であり、殺害された時妊娠中であったこともあり、大変なスキャンダルとなった。4人の愛憎関係を想像し、グレイスはマクダーモットに脅されただけだ、いやグレイスこそマクダーモットを唆して犯行に至らせた張本人である、など様々な憶測が流れ、当時犯罪者に人権があるはずもなく、あることないことまことしやかに書かれた。
    様々なグレイス像から、物語としては「これ」というものを描く、というのが普通のエンタメの作家。しかし、アトウッドはそういうことはしない。そんなに簡単にこの人はこうだと言える?ある面では善人であり、ある面では狡猾で、時代や生まれ育ちや社会規範に縛られて生きている。誰だって一歩間違えば犯罪者にならないとは言えない。自分自身ですら、本当に自分のことを分かっていると言えるのか?そんな問いかけをされたような気がする。
    この物語ではメアリー・ホイットニーが『侍女の物語』のモイラのように、主人公の精神を支え、体制に逆らおうとする人物だが、同様に悲劇的な最期を迎える。
    グレイスは貧しく、若く、教養もなく、ただひたすら主人に仕え、従うことが正しいことだと思い込もうとしている。自分を殺して生きている。それを長く続けた結果があのジョーダンへの語りに表れている。(作家としての上手さに舌を巻く。)
    グレイスが最初に奉公した屋敷でメアリーと友情を育み、束の間の幸せを楽しむところが、とても良かった。ジェーン・エアとヘレンを思い出した。ジェーン・エアは苦難を乗り越えてハッピーエンドになっているが、グレイスの人生はそうすっきりとはいかない。皆が幸せだと言ってくれる。しかし、本当に何が幸せなのか?と問う。極めて現代的で、アトウッドが意図するところはそこにあるのではないかと思った。
    各章が(グレイスが作る)キルトのパターンの名前になっていて、内容もそれに対応しているのも上手いなあ。

    このキルトの柄は「楽園の木」と呼ばれています。これを名づけた人は、意図したよりも正確でした。なぜなら、聖書は木々とはいっていないからです。もともと二本の違う木があったと言われています。「命の木」と「知恵の木」です。でも私は木は一本だけで、「命の木と善悪の実」は同じものと信じます。もし食べたら死にますが、食べなくてもやはり死にます。もし食べたなら、死ぬときが来た時に、骨の髄まで無知ということはないでしょう。P336

  • 結構厚いページなので最後まで読めるか心配でだったが、読み始めると崖から落ちて激流に流されるかのごとく身を振り回され、もはや自制の効かない状態で結末まで至った。文学ならではの傑作。

  • 作者の作品は一貫してフェミニズム的だという感想を読んだことがあるが、読了後、確かにと頷いた。
    以前読んだ『侍女の物語』もその視点で読めばもっと面白かったのかもしれない。

    素敵な精神科医だと思って読み進めていたのだが、全くそんなことはなく残念な医師であった…

  • トリイ.・ヘイデンの書いたような多重人格なのか、すごい嘘つきなのか、なんなのか、彼女に翻弄される人たち。実際にあった殺人事件を題材に書かれた話。

  • 海外ものだが読みづらさはない。

    結局、グレイスがやったのかやらなかったのか。みんながそれぞれに結論を持ち、自分なりの白黒を信じていいて、結末を迎えてしまう。
    それなりに長い、上下巻を読み終えた読者にだけは、ヒントがどこかに隠されているんじゃ…というわずかな期待を裏切られても、不思議と苛立ちは感じない。不思議な読後感だった。

  • 2013/2/6購入

  • 下巻はアトウッドに首根っこをつかまれて、男女の嫌なところ・ずるいところをぐいぐい見せつけられる展開になった。「記憶喪失でなくたって、あなたたちこれだけ自分に都合よくふるまえるんでしょう?」っていう。そうですね、ごめんなさい、という気持ち。サイモンは上巻から頼りなかったけれど、あの環境で成り立ちうる一番ぐずぐずな状況を引き起こして舞台から去って行った。ダメ人間がインテリだと一層見苦しいですね。

    最後になって突然に噴出するグレイスの本音に、胃がざらざらする気持ちになった。その一方で、メアリーとナンシーが彼女の中に分かちがたく組み込まれてしまっていることが悲しい。でも、グレイスはほかにどうしようがあっただろう? グレイスはメアリーの死後、心の中に彼女を作り上げて、つらいときは相談しながら必死で生きていたんだろう。読み終わってみれば、この本はつらい子供時代・それに続く囚人時代を生き抜いた女性の一代記だったように思う。

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著者プロフィール

1938年生まれ。英語圏を代表する作家。『侍女の物語』は女性の抑圧をめぐるディストピア名作として世界でロングセラー。『誓願』『昏き目の暗殺者』『洪水の年』など。ブッカー賞をはじめ受賞多数。

「2021年 『デカメロン・プロジェクト』 で使われていた紹介文から引用しています。」

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