幻の「長くつ下のピッピ」

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本棚登録 : 71
レビュー : 5
  • Amazon.co.jp ・本 (149ページ)
  • / ISBN・EAN: 9784000248198

作品紹介・あらすじ

アストリッド・リンドグレーン原作のピッピが、アニメーションになっていたら!1971年当時の高畑勲の字コンテ、宮崎駿のイメージボード、小田部羊一のキャラクター・デザインなどを一挙収録!

感想・レビュー・書評

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  • 請求記号: 778.77/Tak
    資料 I D : 50079486
    配架場所: 図書館1階西 学生選書コーナー

  • 誰でも思うこと。もし、この作品がつくられていたら…、でも、『ハイジ』と『コナン』があるからいい。

  • 過去にこんな企画があったのかと。きっとすごく面白かっただろうにと思うとすごく残念だが、まだハイジ以前のこの二人に、アニメ化を任せようという話にならなかったのは仕方なかったかもしれない。でも、宮崎のイメージボードを直接見てもらったらきっと話は違ってきたのだろうなあ。最近ピッピを読んだところだったので、世界観がよく伝わってきた。「マルコ」などで見た、リアルなヨーロッパの街並みの、ピッピの北欧版、どんなものだったのだろうと思う。自分で想像した街並みを立体の絵におこせる神技。

  • 本当にアニメ「長くつ下のピッピ」を観終わったような、不思議な気分…エヴリデイマジック!

  • エヴリデイマジック
    「子どもの心を解放するアニメーションを作るために、僕らは一生懸命考えました」と高畑勲監督。日常生活の中で、こんなスゴイ友達がいたら、こんなことができたら、こんな道具があったら、という子どもの願望や夢を叶えさせる。それによって子どもを夢中にさせ、まず子どもたちの心を解放してやろうと、まさに「エヴリデイマジック」です。

    「そもそも僕はスタジオに就職したのではなくて、“画工”になったんです。……安定を考えるならアニメーターなんて初めからやるべき職業じゃありません」。宮崎駿氏は、芸術家としての“画工(絵師)”を選択していました。45年前の「イメージボード」を見ると、作品のアイデアスケッチにおいて才能豊かなことがうかがい知れます。

    スタジオ・ジブリ社とピクサー・アニメーション・スタジオ社、双方の中心人物である宮崎駿氏とジョン・ラセター氏。二人と両社の親密な関係はよく知られていますが、「宮崎さんの全ての作品にはハートがあります。そして、作品ごとに必ず独創的なアイディアが取り入れられています。ネコバスというキャラクターもそうですし、ポニョが波の上を走るなんていうのも考えつかないことです。そうしたオリジナリティに私も刺激をもらい続けてきました」。「ピクサーの作品がほかのアニメスタジオの作品と違うとよく言われるのは、宮崎さんの映画のように静かな瞬間を祝福して、なおかつハートがあるからだと思います」と宮崎作品のピクサー作品への影響を明かしています。

    ジブリ社に代表される邦画はすべて伝統的な手描きの2Dを基本とするセル・アニメーション作品、ピクサー社やドリームワークス社などの洋画はフル3D-CG作品のみという、対極的な特徴が見られます。宮崎氏は幻のピッピのインタビューの最後に言っている、「アニメーションというものはほんとに献身的な大労働をしないとできないものですから」。当時、宮崎アニメーションはスタッフに一枚一枚の原図をきちんと描くことからはじめたそうです。

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著者プロフィール

高畑 勲(たかはた いさお)
1935年10月29日 – 2018年4月5日
三重県宇治山田市(現・伊勢市)生まれ。東京大学文学部仏文科卒業。長編漫画映画『やぶにらみの暴君』(『王と鳥』の原型)の影響で、アニメ映画を作るために東映動画入社。テレビアニメ『狼少年ケン』で演出デビューし、劇場用長編アニメ映画『太陽の王子 ホルスの大冒険』の監督を務め、宮崎駿と共に作品制作にあたる。
その後Aプロダクションに移籍して『ルパン三世』 (TV第1シリーズ)後半パートの演出を宮崎と共に担当。映画『パンダ・コパンダ』の演出を務める。ズイヨー映像(のちに日本アニメーションに改組)に移籍したのち、『アルプスの少女ハイジ』、『母をたずねて三千里』、『赤毛のアン』、『未来少年コナン』などの演出、『じゃりん子チエ』アニメ映画監督とTVアニメチーフディレクターなどを担当した。
その後、宮崎駿・鈴木敏夫らとスタジオジブリを1985年に創設。これに前後して『風の谷のナウシカ』(1984年)、『天空の城ラピュタ』(1986年)のプロデューサーを皮切りに、ジブリ作品に積極的に関わった。『火垂るの墓』(1988年)、『おもひでぽろぽろ』(1991年)、『平成狸合戦ぽんぽこ』(1994年)、『ホーホケキョ となりの山田くん』(1999年)、『かぐや姫の物語』(2013年)監督・脚本を務める。実写映画『柳川堀割物語』(1987年)脚本・監督も務めたが、作りこみすぎて製作期間を延ばしてしまい資金を使い果たしてしまったことが、『天空の城ラピュタ』とスタジオジブリ誕生の遠因にもなっている。
映像作品以外にも本の著作があり、『映画を作りながら考えたこと』『アニメーション、折りにふれて』といった映画に関わりが深いものから、『君が戦争を欲しないならば』といった講演を元にした著作など、幅広い切り口の評論を残している。
仏文学科出身ということもあってフランス語に堪能で、関わりが深い。在学中に影響を受けたフランスの詩人・作家、ジャック・プレヴェール『ことばたち』『鳥への挨拶』の翻訳を行っており、さらにはプレヴェール脚本のアニメ『王と鳥』、ミッシェル・オスロ監督の長編アニメーション映画『キリクと魔女』字幕翻訳にも関わっていた。

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