ものがたりの余白 エンデが最後に話したこと

  • 岩波書店 (2000年2月21日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (280ページ) / ISBN・EAN: 9784000252881

みんなの感想まとめ

多様なテーマを通じて、人間の存在や創造性について深く考察する作品です。夢や演劇、ユーモアの違い、そして西洋と東洋の思想の交差点を探求することで、読者は新たな視点を得ることができます。特に、挫折を明るく...

感想・レビュー・書評

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  • この本で初めて、夢のことや道化のこと、詩のこと、演劇のこと、ユーモアとナンセンスの違い、箱庭のこと、西洋的な考え方と東洋的な考え方の違いあるいは通底するもの(曼荼羅とか)…とかそういう色々なことを意識しだした気がする。

    はじめて読んだときに付箋貼ったりしているところは、いまでも、そうだよなあ、と思えるところが多い。
    ただ、感覚的に共感している、こういう表現の受け取り方が出来たらいいなあと思っているだけで、分かってなかったかな?と思うところもある。
     今も全部は分かっていない。
    (初読:2003 春ごろ)


    ★いまぱらぱらと見返してみて覚えておきたいところ、一部。
    ・「『精神は語り、心は泣き、知覚は笑う』
    (略)
    つまり別の言葉でいえば、人間は二重の生物だということです。精神的な生物であり、物理的な生物でもある。そして、身体の知覚が、精神をしばしのあいだ遠ざけえたとき、私たちは笑います。精神が人間の物理的特質を完全に支配しているときには、悲劇が起きる。悲劇があらわれるのは、なんら惜しむべきことでもないし、悲しむべきことでもありません。
    (略)
    それが起きるのは、まさに人間の身体が壊れるとき、つまり現身のかたちが壊れるときです。その中間に心があり、泣いている、とわたしは思っています。」36頁

    ・ヤスパースの哲学は挫折の哲学である。
    「それは作家にとって一番大事なことだと、わたしはそう思っています。それも、苦い顔をして受け入れるのではなく、明るい顔をして受け入れること、それが芸術家にとって一番大事なことでしょう。なぜなら、芸術とはほとんど挫折だけでできあがっているのですから。」42頁

    ・「絵というのは、概念を超えて、そのもの自身の矛盾を含んだ何かを表現する手段です。」71頁

    ・「(前略)つまり、ここでもまた、『詩人は、言葉で言えないことを言葉で言う』ということに帰着します。」76頁

    ・「わたしの望みは、ものがたりの状況から本を書くことで……、ゆうべ、暖炉の前に座り、みんなは手にワイングラスを持っている。そこで、やおらわたしがものがたりをする。そうなると、これは、よい響きでなくてはだめでしょう。」81頁

    ・トリノの聖骸布の話 101頁

  • 遊び(シュピール)は強制されない自由。子供の頃は自ら作り出した規則を共有して皆で遊んでいた。遊ぶこと自体が目的だった。遊びの中では意図したことも、意図していないことも起きる創造性があった。しかし、いつからかそれをしなくなった。
    漠然と今の社会を面白くないと感じるのは、資本主義という規則を外的に強制され、本来の自由で創造性ある遊びを忘れたからではないか。
    ものすごく人間として根底的なところに戻れた気がする。(こうして言葉にすると安っぽく聞こえるのが残念だが)


  • 創造とはどのようなことか、創造のプロセスはどのようなものか、創造の秘訣などについて、文献から学んでください。特に、物語をつくるときに、先が見えないなかで時間展開を追いながら書いて/描いていくという「つくり方」について意識的に読んでみてください。
    ‐‐
    目次
    Ⅰ書くということ
    言葉、そして名
    物語の自律性、そして本という名の冒険
    船の難破体験、そしてユーモア
    遊びについて
    遊び、文学、そしてナチスと神話
    神話というもの
    自作品について
    『ジム・ボタン』と『モモ』のあいだ―「間」の話
    『鏡の中の鏡』について
    トリノの聖骸市

    Ⅱ少年時代の思い出
    エンデの家系、そして少年時代について
    少年時代―馬の話
    少年時代―サーカス芸人やピエロのことなど
    イタリアのこと、そしてパレルモの語り部

    Ⅲ思索のとき
    素潜りする病室の隣人
    シュタイナー人智学の芸術観
    漢字、身体、そして消える黒衣
    ヨーロッパの物質、アジアの霊性、そして歴史の流れ
    言葉と意味
    科学、経済、そしてイサクの原理

    Ⅳ夢について

    Ⅴ死について
    ‐‐

  • エンデとの対談を本にしたもの。
    エンデが日本とかなり関わりが深いことを初めて知った。二番目の奥さんが日本人で理解が深かったようだ。

    イタリアに関する思い出や憧れの話、ドイツから逃げ出したい話が興味深かった。

    わたしはその後パレルモへ行ってない。
    わたしがあの時見たパレルモを二度と見つけることはできないと確信しているからだ。

    60年代は本当にたまらなかった。当時は文学として書かれるものや劇場で演じられるものはすべて、いつもなんらかのかたちで政治的な教え、社会的な意義をもつものでなけれびならなかった。
    ドイツでらそもそも作家というものや画家というものが何の役に立つのか、いつも説明しなければならない。それがイタリアでは必要ないのです。

  • 川上未映子が最近の対談ですこし触れていたので読んだ。そのくらいの温度なので、自分はあまりエンデの良い読者ではない。「モモ」と「はてしない物語」は、大昔に読んだけれど、過剰に感銘を受けたわけでもない。

    悪く言っているように聞こえるかもしれないが、この本におけるエンデの話す内容は平凡だと思う。物質性と精神性を対置させ、それをヨーロッパ:アジアへ敷衍するのもありきたりな視点である。エンデが話す禅や漢字への意見も、よく聞くオリエンタリズムの域を出ないと思う。

    社会への洞察より、ちょっとしたエピソードのほうが良いと思った。動物をたくさん飼ってたとか、古い家を飼ったら失敗したとか、帯状疱疹をベシュプレッヒェンという謎の呪文で治していた曾祖母の話とか、そういうどうでもいい話のほうがおもしろかった。

  • ヨーロッパの物質、アジアの霊性、そして歴史の流れ

  • 子供の頃に大好きだったエンデの話。
    エンデ作品の翻訳をしてきた田村氏によるインタビューというのも、死を目の前にしたエンデの話というのも興味深い。

    もう一度エンデ作品を読んだらきっと以前気付くことがなかった行間に気付くことができるように思える。

  • 『モモ』の著者として有名なエンデの自伝。日常と非日常の接点としての物語、そしてそれを可能にする遊びという感覚についてエンデはとても敏感だ。

    現代人が求められているパラダイムの一つをまさにエンデは提供していると思う。その思想が余すところなく見える本。

  • 思想家でもあるエンデの、死を間近に語った貴重な言葉たちを知ることが出来る。

  • 卒論!

  • 1:− 2:− 3:川崎市立図書館にて、2006年夏。いずれ購入予定。4:ミヒャエル・エンデの翻訳を長年勤めた 田村都志夫が、エンデの晩年傍らに付き添い、語られた言葉を聞き、本にした。死に向かうひとりの人間の言葉としてだけではなく、創造に人生を賭けた人間の言葉としてじんわり心に響く内容。但し、作品をまだ読んでいないなら、作家の言葉云々に触れる前に作品自体に触れてほしいと思う。 5:本文より、「C・ヤスパース→挫折についての哲学」

  • 分類=エンデ。00年2月。(参考)「童話の森」黒姫美術館→http://www.avis.ne.jp/~dowakan/

  • エンデのかんがえを知ることが出来てうれしかった。いろんなヒントになってくれそう…です。

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