物語のものがたり

  • 岩波書店 (2021年3月18日発売)
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Amazon.co.jp ・本 (164ページ) / ISBN・EAN: 9784000253277

作品紹介・あらすじ

『秘密の花園』の主人公はなぜ憎たらしく描かれたのか。『赤毛のアン』の作者モンゴメリは、グリン・ゲイブルスという場所に何を託したのか。児童文学の名作を読み解き、いぬいとみこ、石井桃子、村岡花子、ビアトリクス・ポターら先人たちの仕事の核心に迫っていく。物語の名手による初の児童文学エッセイ集。

みんなの感想まとめ

児童文学の名作を新たな視点から読み解くエッセイ集で、著者の深い洞察と熱い想いが感じられます。『秘密の花園』や『赤毛のアン』など、懐かしい作品が取り上げられ、著者自身の経験や感情を交えた解説が展開されま...

感想・レビュー・書評

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  • 作家の梨木香歩さんが、影響を受けた児童文学やその著者について解説した文章を集めた本。第一部がバーネット『秘密の花園』を解説した「秘密の花園ノート」で、第二部は『木かげの家の小人たち』(いぬいとみこ)、『赤毛のアン』(モンゴメリ)、『リンバロストの乙女』(ジーン・ストラトン・ポーター)、『不思議の国のアリス』(ルイス・キャロル)、作家として、石井桃子、ビアトリクス・ポターが取り上げられている。

    『秘密の花園』は今年読んだばかりだったので、「秘密の花園ノート」は特に興味深く、物語の理解が深まったところが多くあった。
    例えば、物語に出てくるたくさんの動物は、それぞれある象徴として描かれているという。自然や動植物に造詣の深い梨木さんらしい解説で、その情報を踏まえて再読したくなった。
    また、私は物語がラストに向かうにつれ、主役がメアリからメアリの従弟のコリンへと動き、終盤はメアリにほとんど言及されないことに釈然としない気持ちがあったのだが、梨木さんは、主人公をメアリでなく「家の抱える悲しみ」であると考えればそれも自然であるという。つまり、屋敷(庭)で最愛の妻を亡くしたクレイブン氏、病弱で屋敷に閉じこもらざるを得なかったコリン、これら屋敷を取り巻く「悲しみ」が、屋敷の外から来たメアリ(彼女も自然の中で見事に「再生」する)、豊かな自然にはぐくまれたディコンやその家族、コリンの生きようとする力、自然そのものの力によって再生していく、ということがストーリーの核であり、物語の後半からコリンに生きる力を取り戻させたメアリは、役割をある程度終えたという解釈なのだ。なるほど、と目から鱗が落ちた。

    その他に興味深かったのは『リンバロストの乙女』の解説。「けなげな主人公が無慈悲な母親の理不尽な仕打ちに耐え続け、しかも自活の道を探ることにも前向き、最後は魅力的な「王子様」と結ばれハッピーエンディング」という一見ヴィクトリア時代の「正統派家庭小説」らしいのだが、本書では、実の娘をいじめてしまう母親に注目し、当時流行していた自然を愛するナチュラリストの視点で小説が書かれていることを指摘している。
    この物語は、以前読んだ『シンデレラはどこへ行ったのか』という少女小説論でも取り上げられており、読んでみたいなと思っていた。これを機会に読んでみたい。

    やや内容が難しいものもあるが、自分にはない新たな視点で物語の世界を楽しめる、児童文学好きにはおすすめの本。

  • 梨木香歩さんがこれまでに各所で書かれてきた児童文学関係の書評や解説を一冊にまとめたもの。
    梨木さんの深い洞察に、児童文学に対する熱い想いが伝わってくる。
    表紙の女の子の暗く可愛げのなさにドキッとするが、『秘密の花園』ノートを読んで納得。
    改めて見直すと、その表情から複雑な心情が溢れていることに気づく。

    取り上げられている児童文学はどれも子どもの頃からの好きなお話ばかりで懐かしく、また手に取りたくなる。
    きっと新たな発見があるだろう。

  • いぬいとみこ、石井桃子、村岡花子、ビアトリクス・ポターに『秘密の花園』『赤毛のアン』ですって!

    物語のものがたり - 岩波書店
    https://www.iwanami.co.jp/smp/book/b559572.html

  • 梨木果歩のエッセイも小説も好き
    児童文学 大好き
    文体なのかなあ
    生き物への怜悧で愛にあふれた目ざしが好き
    すきッとした文なのにファンタジーみたいで魅力がある

    これは誰もが知っているような「児童文学」のエッセイということで、ワクワク読んだ

    おー、そうなのか!
    メアリもアンもピーターラビットもアリエッティも
    私は表層しか読んでないなあ
    でも
    メアリもアンもピーターラビットもアリエッティも
    大好きなのよねえ
    ほんと好き

    いぬいとみこ、モンゴメリ、バーネット、ポター、石井桃子
    ありがとう!
    そんな思いを抱かせてくれました。
    やっぱり好きです
    梨木果歩
    京都の梨木神社行きたいな

    ≪ 先人の 核心へ誘う 物語 ≫

  • 解説と書評で児童文学を深く語る、エッセイなど。
    I 『秘密の花園』ノート・・・岩波ブックレットに収められた作品。
        『秘密の花園』の世界へ誘う、案内書的な内容。
    II 物語の場所・・・アリエッティ、木かげの家の小人たち、
        石井桃子、赤毛のアン、リンバロストの乙女、アリス、
        ビアトリクス・ポター等を語るエッセイ的な解説&書評。
     座談会 物語をめぐって(鶴見俊輔・別役実・梨木香歩)
    初出一覧有り。
    梨木さんならではの、児童文学作品の解説と深い読み方を
    紐解いて、披露してくれるエッセイと大御所たちとの座談会。
    いぬいとみこやモンゴメリの作品に込められた、想い。
    石井桃子や村岡花子の翻訳で作品を紹介したい、想い。
    理想や憧れを込めた登場人物たち。
    自然に導かれ、扉を開き、母なる青空に包まれて、
    生きる喜びを教えられた、メアリとコリン。
    深い考察の中に、作家としての鋭い視線も感じます。
    そして『秘密の花園』ノートにある一文、
    「百人の読み手が居れば、百の主人公が居る。
    すなわち、百の読み方と受け取り方がある」は、
    凡庸なる読者の私に、勇気を与えてくれました。
    本と読書を楽しむために。

  • 梨木香歩さんの、物語への評論集。

    『秘密の花園』について、特になぜ主人公・メアリがあそこまでイヤな子どもである必要があるのか、が詳しく書かれており、とてもおもしろかった。

    また、ジブリ映画版「借りぐらしのアリエッティ」や『木陰の家の小人たち』「プーさん」「ビアトリクス・ポターの湖沼地帯の物語全般」「不思議の国のアリス」などが扱われていて、それぞれに深くうなずいた。(アリエッティと翔太の関係が「守られる者」と「守る者」とだけ思っている人間側の誤謬・家政婦のハルさんのように「狩る者」が小人を視認でき、憧れている翔太の叔母には決して見えないという関係性など)

    が、わたしにとっての白眉は、赤毛のアンについて書かれた部分だった。

    梨木香歩さんは、「赤毛のアン」について、こう始める。

    ―――
    日本ほど赤毛のアンを好む読者が大勢いる国は珍しい。…(略)…だが、そもそも最初に出版されたのが村岡花子訳でなければ、「赤毛のアン」が日本でこれほど熱狂的に受け入れられただろうか。少々誤訳があろうが文章が抜けていようが、そんなことは大した問題ではない、とさえ思ってしまう。どこか懐かしく慕わしい、けれど馴れ馴れしくない、生き生きとした香気のようなもの、それが醸されてくる源泉は、どこなのだろうか。
    ―――

    実はわたしは、子どものころ初読以来、「赤毛のアン」が好きではない。大人になって読んだら理解できるのかと思い、何度か再読したけれど、ただの一度も「いい」と思ったことがない。そして、アンとは友達になれないなあ、と感じていた。

    梨木香歩さんご自身は「アン」が大好きにもかかわらず、この本では、わたしが感じた「アン」への違和感がずばっと解かれ、しかも、その理由と、その「先」も指南してくれていたのだ。

    やっぱ、梨木香歩さんはすごい!!!!

    少し長くなるけれども、この美しい文章を引用しながら、備忘録として書いておきたい。

    まず、梨木香歩さんは、
    『こんにちはアン』バッジ・ウィルソン著(2008年新潮文庫)
    について、解説を書いている。
    これは、グリンゲイブルズに来る前のアンを書いたもので、わたしは未読だが、まあ、つまり、カナダ開拓期の田舎で虐待されていた子どもの姿を赤裸々に描いているらしい。

    ので、梨木香歩さんは、こう続ける。

    ―――
    「赤毛のアン」の読者、ことに村岡花子訳で同書に親しまれてきた方々は、読み終わって複雑な思いをかみしめておられることだろう。
    ―――

    なぜか?

    ―――
    (この本で)はからずも、この百年で私たちが何を失い、何を得てきたのかがはっきりとした気がする。そして村岡花子訳というものがいった何を私たちに「保証」してきたのか、ということ、ということも。
    ―――

    そして、考察が続く。

    ―――
    アンシリーズのなかで、もっともリアリティに掛ける2人の人物は、アン・シャーリーその人と、ギルバート・ブライスだろう。ギルバート・ブライスは、カナダ人がこうあってほしいと思う、カナダという国家そのものである。地に足の着いた理想を追求し、実際的で明るく分別がある。若々しく有能で合理性もある。アンはその理想(ギルバート)に恋い焦がれ、捉えようとしているスピリットなのだから、この2人には、換言すれば、リアリティなどなくてもかまわないのだ。……この主要人物としてはもっとも影の薄いギルバートはさておき、アンのリアリティのなさは、意識するしないに関わらず、やはり読者の心のどこかに引っかかるのではないか。
    引っかかりの一つ目は、悲惨な幼児期を過ごしながら、その影がどこにもないということ、二つ目は、がっこうにすらまともには通わせてもらえないほど、働かされていたのにもかかわらず、彼女が披露する、あっけにとられるほどの豊富な語彙と、文学作品に対するうんちくの多さである(以下略)。
    ―――


    そっ、そうなんだよ!!
    わたしが!
    子どもころ、アンを読んでキモチワルカッタところ!

    アンは、マシューとマリラに引き取られたら、即彼らの愛情を一身に浴び、ほとんどその愛情を疑わない。唐突に鏡に向かって「あんただけがあたしの友達」とか言い出したり、そのわりにリアルの友達には、イヤなことには強情に意地を張り、頻繁に癇癪を爆発させる。
    およそ、生後すぐからつい最近までひどい虐待を受けて育った子どもとは思えなかった。
    当時はそこまで意識していなかったけれども、学校に入学した時点でアンが成績優秀者ということにも、違和感をもったとおもう。

    要するに、キャラにリアリティが感じられなかったのだ。
    さらに、シリーズが進むと、アンは、ほぼ何の波乱もなく、村のみんなの憧れ・ヒーロー、ギルバートと相思相愛になり、なんの波風も立たず、島に戻ってくる。

    ――え?
    自立した女性を目指してたんじゃなかったの?
    ほんのちょっとも悩まなかったよね?

    医者になったギルバートを、内助の功で支えることにひとかけらの疑問ももたないアン。いや、学生時代あそこまでライバル意識むき出しで闘ってたのは、なんだったんだよ……、と。

    その点については、いろいろな解説が論じられている。当時のカナダのかなりド田舎で育ち、島から出なかったモンゴメリには、アンのその人生こそが「女の幸せ」であり、それ以外の道筋は思い描けなかっただろう、と。

    それならそれで、かまわない。
    プリンスエドワード島の美しさと、牧歌的ときにめんどうくさい狭いコミュニティの世界の生活を楽しむ物語なのね。
    わたしはあまり好みではないなあ、と思っていた。

    けれども、梨木香歩さんの解説は、以下、
    「なぜ赤毛のアンが、特に日本でこれほど愛されているのか」
    「モンゴメリと、村岡花子の共通点とは」
    を挙げて、さらに深く掘ってくれた。

    ―――
    表面的には自身の属する群れに従順だが、内側には深い孤独を抱え、内なる世界に自由を求める……、これはほとんど、モンゴメリの内面そのままの描写といってもいいのではないだろうか。モンゴメリと村岡花子にとって、アンは同じ資質を持ちながらも、葛藤と苦悩からは程遠い、「こうあれたらどれほど楽か」という存在であったのだろう。…(略)…思い切り愛し愛され、泣き、腹が立てば癇癪も起こし、自分の思うがままにふるまってなお、共同体に愛される、「赤毛のアン」は彼女(=モンゴメリであり、村岡花子でもある)の理想の共同体ストーリーであった。
    ―――

    アンと同じく、虐待され、親戚に預けられて育ったモンゴメリ。厳しいカトリック系の学校の寮でほとんど自由を感じずに育った村岡花子。
    そして、2人の育った時代と、それぞれの国の状況。

    そこには50年ほどの開きがあったけれど、鏡映しのように似た状況が、モンゴメリの「祈り」となり、村岡花子にとっての「救い」となったのだと、あらためて、初めて理解した。

    良い(と書くのも口幅ったく、恥ずかしいが)評論は、その作品の新しい面を見せてくれる。
    この本は、「これが正解だよ」という押しつけがましさはまったくないのに、嫌いな作品にすら好きな要素をそっと与えてくれた。

    読書が好きで、けっこう読んでいる、という人にほど、この本はオススメしたい。

  • 「秘密の花園」もう一度読んでみたいと思った

  • こんにちのわたくしを育てて下さったさまざまな児童文学に今更なが御礼申し上げます。

    と言うことで。
    大好きな『秘密の花園』は実はとても可愛くない子どもたちが登場人物だということに大人になってから気付き、大人のための物語なのだと思ってました。まさしく、梨木さんのこの本を開いたとき心の中で快哉を叫びました。
    この本に紹介してある児童文学に改めて接してみて、あの時代に置いてきぼりにしてしまった気持ちを思い出しました。(そうそう、アリスは私もヘンな物語!?と思ってた)

    これまでいっぱい本を読んできて良かった!
    これからもいっぱい本を読めますように!

  • 本書に収録されている「秘密の花園ノート」を昔興味深く読んだ思い出がある。児童文学に親しんだ梨木さんの言葉で名作を新しい視点で見ることができる。

  • 梨木さんの紡ぐ言葉は、ひたひたと心に沁みこんでくる。なんだか情報がたくさん飛び交いすぎている今、「想像力」の持つ力について、考える。映像と違い、流れる時間がゆっくりなのだ。自分の中で時にぱっと、時にじわじわと想う時間がある。最後の対談で出てきた「気配」という言葉もしっくりくる。

    最後に「自分は何に惹かれ、没頭し、どう感銘を受けてきたのか、書いてあるのは、実はそれだけである。」と書かれているけれど、その「それだけ」が今、とても尊い。現代に生きる私たちは、損得や実効性抜きに、どれだけ没頭できるものを持っている人がいるだろうか。どれだけ、その没頭できるものがあることの豊かさを共有できているだろうか。

    大好きな「赤毛のアン」「ピーターラビット」「秘密の花園」をもう一度ゆっくり読み返してみたくなった。

  • 梨木香歩さんによる児童文学のエッセイ集。
    原作を読んだことのある作品にはうんうんと首肯するしかないし、原作を読んだことのない作品には(読んでみたいなぁ)と思わせる、そんなエッセイでした。やっぱり私は梨木香歩さんの感性や文章が好きなんだなぁ。

    『秘密の花園』のエッセイが素敵だったので、原作読みたいなと思いつつ、帰りに立ちよった本屋さんでなんとなく石井ゆかりさんの占いの本を手に取ったら「水瓶座さんの風景は『秘密の花園』のイメージです」って書いてあって、ゾッとしちゃった。

  • ★★★

  • 梨木さんの児童文学をめぐるあれこれなエッセイをまとめた一冊。
    正直ここまで深く考えて読んだことないですわーーー。
    秘密の花園の解釈が大変興味深かった。
    あれ、読んだことあったはずだが、メアリのインド時代、そんな精神虐待的だったっけ?
    うーん、覚えてない。
    まあ、読み方は読む人それぞれにあっていい、というし。
    でも梨木さんの解釈を意識しつつ読んでみるのも面白そう、とおもった。

    赤毛のアンは、今ネットフリックスで孤児院時代の心の傷とかもふまえつつなドラマを観てるんだが、
    こんにちは、アン、はそっち風味なのかな。
    これはこれで面白いし、納得がいくんだが、
    その納得がいく、というのが、アン
    という存在が一番リアリティがないという言葉につながった。
    小学生の時に全巻買ってもらったときの嬉しさは忘れられないが、ずっと大好きだったことの奥にそのリアリティのなさが関わっていたのかも、と目がうろこ。
    いやあ、興味深い。

    床下の小人はミルクを運ぶ
    とゆーのだけはめっちゃ覚えている。
    が結構厳しい子供時代な話だったんだなあ、っと改めて。
    これもまた、小学生の時に読んで好きだった覚えがあるんだが、また読んでみたいなあ。

  • 秘密の花園の解説がとても面白かったのと、読み方の参考になった。

    最後の対話もよかった。
    「一皮むけば物語、というようなことがいっぱいあったからこそ、毎日を耐え忍んでいける。生きるエネルギーは、食べ物だけではない」
    その通りだと思う。

    「なぜなら、私たちが結局のところ目指しているのは、ポエジーを生の中に織り込むこと、生そのものの中にポエジーを見つけることだけなのですから」
    というミヒャエル・エンデの言葉を思い出した。

  • 「あの物語はこうだったっけ?」「この物語は読んでいないなぁ」と、あれこれ思いながら楽しく読了(^^)♪そして登場した物語、全てを読みたくなる( ≧∀≦)あと「昔話の深層」も久しぶりに読みたいなぁ

  • 梨木さんの、ものの見方が好きなのだけど、本の内容紹介でもそれは良い方向に効いていた。
    実は「秘密の花園」未読な私。ここまで面白そうな話とは知らなかった。
    梨木さんの解説を読んで、読みたくなった。

  •  そうです。最も大切なことは、こんなにもデリケートで、秘密裡に粛々と進行するのです。この場合、秘密、ということは、排他的であるということではなく、デリカシーを要する命の法則が、十全に働くための「術」を張り巡らすのに必要なことなのです。
    (P.50)

  • 児童文学の解説のようなもの(エッセイ?)でした。
    なるほど、時代や文化などを背景に読めば、より理解できる読み方ができるだろう。
    読んでないものは読みたく、読んだものはまた読みたくなる。

  • 「秘密の花園」や「赤毛のアン」「木かげの家の小人たち」「床下の小人たち」「ピーターラビット」「不思議の国アリス」等の児童文学についてのエッセイ。エッセイと言ってもその考察はものすごく深い。梨木さんがその物語の背景や舞台などを絡めつつ、表面的に読んでいては気づかない物語の深層部分を示してくれる。これだけの知識と感性で読み込めるのは梨木さんだから。それでももう一度自分も読み返して物語の深みにはまりたくなる。きっとまた違った何かが生まれるはず。鶴見さんらとの鼎談も印象深い。この世界、河合さんと鶴見さんの影響力は大きいのだなと思う。懐の深さ。

  • 少女時代に児童文学と深く触れ合ってこなかったが、本書で、梨木さん節で語られる物語の表面だけではない魅力に興味が湧いてきた。過去のエッセイを児童文学に絞ってまとめたのが面白い。幼少期にもっと『秘密の花園』や『赤毛のアン』を読んでいたら違う自分が形成されていたかな。

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著者プロフィール

作家。小説に『西の魔女が死んだ 梨木香歩作品集』『丹生都比売 梨木香歩作品集』(新潮社)、『家守綺譚』(新潮文庫)、『海うそ』(岩波書店)、『椿宿の辺りに』(朝日新聞出版)など。エッセイに『ほんとうのリーダーのみつけかた』(岩波書店)、『炉辺の風おと』(毎日新聞出版)など。児童文学作品に『岸辺のヤービ』(福音館書店)、絵本に『蛇の棲む水たまり』(ブルーシープ)などがある。

「2025年 『森のはずれの美術館の話』 で使われていた紹介文から引用しています。」

梨木香歩の作品

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